戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年01月07日
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カテゴリ: 上野と寛永寺
では、今度は情けの鐘の向かい側にある石碑群を紹介しましょう。


小伝馬町・十思公園7



小伝馬町・十思公園8



右側にある石碑の中には何か碑文が彫ってあるようですが、
全然読めましぇ~ん。

この辺りは吉田松陰先生のための特設エリア。
公園入口にある「江戸三縁史」から残りのひとつを全文紹介します。


 【吉田松陰先生終焉之地


  次男として生まれた。幼い頃に吉田家をついだ。成人しての名を寅次郎という。
  吉田家は代々山鹿流兵学師範の家であったので、早くから山鹿流兵学その他の
  学問を修め、その道を究めて、子弟の教育につとめた偉人である。

  安政元年(1854)3月、師の佐久間象山のすゝめで海外渡航を計画し、
  下田から米艦に便乗しようとして失敗、下田の獄につながれたが伝馬町獄送りと
  なって途中、高輪泉岳寺の前で詠んだのが有名な次の歌である。
  「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」

  同年9月まで約6ヶ月伝馬町獄に留置されていたが、国元萩に謹慎の身となって
  帰って後の松下村塾での教育が最も偉大な事業であろう。薫陶を受けた中から
  有爵者6名、贈位者17名、有位者14名等多くの著名の士が出て、中でも
  伊藤博文、山県有朋、木戸孝允等は、明治維新の大業に勲功のあった人物である。


  であるが、その明治維新にこれら松下村塾の働きが大きな力となったことを
  深く考えたいのである。

  後松陰は安政の大獄に連座して再び伝馬町獄に入牢となった。安政6年(1859)
  7月9日江戸の長州藩邸から始めて評定所に召出されたが、その時
  「まち得たる 時は今とて武蔵野よ いさましくも鳴く くつわ虫かな」


  しかし幕府の役人を動かすことが出来ず、その後の3回の取調べで死刑を覚悟した
  10月22日に父、叔父、兄へ宛て永訣の書を送っているが、その中にあるのが
  「親思ふ 心にまさる親ごころ けふのおとづれ 何と聞くらん」
  の一首である。

  また処刑の時の近づいたのを知って10月25日より26日の黄昏までかゝって
  書きあげたのが留魂録で、その冒頭に
  「身はたとひ 武さしの野辺に朽ちぬとも とゞめ置かまし 大和魂」
  十月念五日 二十一回猛士 と記してある。松陰はこれを同囚で八丈島に遠島に
  なった沼崎吉五郎に托したが、20年後、当時神奈川県令で塾生であった野村靖に
  手渡したものが現在残っている留魂録である。

  それによって当時の法廷の模様、訊問応應答の次第、獄中の志士の消息等がわかり、
  自己の心境と塾生の行くべき道を示したもので崇高な松陰魂の指南書ともいえる
  ものである。

  安政6年10月27日は処刑の日であった。揚屋を出る松陰は、次の詩を高らかに
  朗吟して同囚の士に訣れを告げたのである。
  「今吾れ国の為に死す 死して君親に背かず 悠々たり天地の事 鑑照明神に在り」 
  次いで刑場では「身はたとひ」の歌を朗誦して従容として刑についた。
  行年30歳。

  明治22年11月正四位を贈位され、昭和14年6月十思小学校々庭に留魂碑が
  建設された。】
  (漢数字は戦国ジジイが変換、カッコ内一部補足。他は原文のまま)


ハア、超長くて腕が疲れた・・・(笑)。

この奥も、松陰先生のためのスペースです。


小伝馬町・十思公園10



小伝馬町・十思公園11


↑「松陰先生終焉之地」。


小伝馬町・十思公園13



↑「身はたとひ・・・」の歌碑。


小伝馬町・十思公園14


↑顕彰碑のようです。
本文は子供向けにやさしく書かれているので、
あるいはこれが十思小学校に建てられたものかもしれない。


これら石碑群の真ん前には、パンダやコアラがいます↓。
フツーの公園の風景です。


小伝馬町・十思公園16


公園の奥には池もあります↓。


小伝馬町・十思公園19



池の向こうには1基の灯籠。
池は渡れないので、ついクセでカメラを望遠にして
銘を探しましたが、残念ながら見えませんでした。


小伝馬町・十思公園17



この池の先にも石碑群↓。


小伝馬町・十思公園22



小伝馬町・十思公園23



小伝馬町・十思公園24



この前には、不思議なものがある↓。


小伝馬町・十思公園27


ナニコレ?
「土足禁止」って、足ツボマッサージかな?
忠魂碑の前で靴脱いで踏み踏みするの?
東京都の健康政策かな


忠魂碑の脇には、細い通路がある↓。
ああ、そうそう、こんなんだった~。


小伝馬町・十思公園25


この通路の奥に


小伝馬町・十思公園26


これが十思公園のもうひとつの入口。

昔はこの門を出た向かいに小さなパン屋さんがあったんだけど、
もうなくなっちゃったみたいだなあ・・・



公園に戻って、大安楽寺の方へ戻る。
公園の出口にはこんなのが立っていた↓。


小伝馬町・十思公園29



あ~、結構この公園てハトがいてね~。
おにぎりやパンをちょっとむしっては、ピンと弾いて
ハトさんにおすそ分けしてました。

皆が色々くれるもんだから、ハトの方も慣れたもので
遠慮なく側まで寄ってきてたもんなあ。


十思公園と大安楽寺の間の通りにあるポールには、
こんなものが付いていた↓。


小伝馬町・時の鐘通り


へ~、これはきっと最近付けられたものだろうな。



さて・・・
小伝馬町に着いたのが、8:40ごろ。
この後の予定があるので、ちゃっちゃと写真を撮って9時過ぎには
小伝馬町を出ようと思っていた。
もう9:10だから、ちょうどいい時間だな。

・・・なんだけど、せっかくだからもうちょっとだけ。     
もうちょっとなら、時間も間に合うだろう。
どうせ戦後の建物だろうから、ぱぱっと写真を撮れば
そう時間もかからないハズ・・・

と欲が出たので、急いで大安楽寺の隣の寺へ向かう。



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最終更新日  2014年07月31日 21時02分24秒


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