戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年02月02日
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カテゴリ: 上野と寛永寺
これが噴水の先↓。

往時も参詣の江戸っ子で賑わっていたことでしょう。


上野・上野公園・にない堂付近



ここを右に曲がります。
奥へと進んでいたら右手に児童公園があり、
古そうな灯籠らしきものが見えたのでのどかに親子連れが遊んでる中へ侵入。


上野・都美術館脇公園


上野・都美術館脇公園2



灯籠のすぐ近くにも、石碑らしきものが↓。


上野・都美術館脇公園6



灯籠には名前なども彫ってあるものの、由来がさっぱりわからない。
石碑と灯籠がセットなのかもわからない。
でも、全然似つかわしくない児童公園にこんなもの置いておくってことは、
そこそこ古い由緒のあるものなのかな~。

気を取り直して先へ進むと、こんな可愛い郵便ポストが↓。


上野・上野動物園入口ポスト



パンダしゃん
だってこのすぐ先は


上野・上野動物園入口



まずは中へ入らず、写真の左に写ってる売店、桜木亭へ。
上野第一編で買いそびれ、第二編の先行プロローグ 「リベンジ報告」 で載せた、
あのパンダ焼きをめでたくゲットしました。
食べたかったんだよ、これが・・・


右にも左にも用がある。
とりあえず、そのまま道の奥へ進むことにした。


道なりに進むと、これが出る↓。


上野・上野東照宮2


はい、こちらが上野東照宮で~す。
この時、姉ちゃんがなかなかどいてくれなくってさ・・・

鳥居の前には、礎石らしきものがある。
灯籠でも置いてあったのかな?


上野・上野東照宮3



礎石の向こうに売店が写ってますが、まんじゅうケースの中に
「もんじゃまん」なるものがあった。
え~、もんじゃが中に入ってるのか?

好奇心で買うか迷ったけど、ケースの中を覗いてみたら、
普通の肉まんより小さいのに1コ200円もする。

3コ買ったら600円か・・・
どうせ私も母親も、あまりもんじゃって美味しいと思わないしな・・・
後ろ髪引かれながらも、この時はスルーした。


で、この大鳥居は国の重要文化財です。

 【奉寄進石華表一基
  東叡山 東照大権現實前 
  得鉅石於備前国迎慈南海運千當山 陽推而奉建

  寛永十年癸酉四月十七日
  厩橋侍従酒井雅楽頭源朝臣忠世】


上野・上野東照宮7



酒井忠世は秀忠から家光の代にかけて老中を務めて権勢を振るった方。
4月17日は家康の命日だな。

これを奉納した翌年、家光がお出かけしている時に江戸城で火事があり
西の丸が焼失。
家光に命じられて寛永寺で蟄居し、失脚する。
天海の取りなしもあったようだけどね。

どういう理由かはわからないけど、この鳥居は天和年間(1681~83)に
撤去され、地中に埋められたんだそうな。
それを、50年近く経った享保19年(1734)になってから
酒井忠知が掘り起こして同じ場所に築造したっていうんだけど、
忠知さんがどういう人なのかはわからない。

雅楽頭(うたのかみ)家には見当たらないんだけど・・・
まあ、一族の方ではあるんでしょう。
これは関東大震災の時にもびくともしなかったんだそうな。



さて、ここはかつての寛永寺の境内域ではありますが、
上野第一編からいろんな灯籠を紹介してきましたし、
東照宮でもあるので、極力「日光写真館」と同じ扱いをするつもりでおります。

何を同じ扱いかって、要するにここも灯籠が林立してるんです。
灯籠の撮影も疲れるので、本心ではスルーしたいところだけど、
なにかが私をせきたてる・・・

って大層なもんでもないんですが、とにかく沢山あって結論から言うと
とても一度では撮りきれませんでしたので、
まずはおおざっぱにエリア分けしてみました↓。


上野東照宮エリア分け


ピンクの「ぽち」が灯籠です。
「ぽち」の数は実数を表してません。
第二編ではこのうち、まずマル1のエリアにチャレンジしました。


上野・上野東照宮8



 【奉献 石燈籠両基
  武州 東叡山 東照宮尊前
  慶安四辛卯暦四月十七日
  従五位下井伊兵部少輔  藤原直之】

最後の官位と名前は読みにくい部分もあるので推測も交えてますが、
時期的におそらくこれで間違いないでしょう。
井伊直政の長男の子で、「赤牛」直孝には甥に当たります。

葵の紋使ってるけどな・・・
井伊なのに、いいのか?(笑)



上野・上野東照宮12


↑こちらは補修の石膏で名前の部分が思いっきりつぶれちゃってますが、
「井伊兵部」だし上の灯籠と同じ日付なので、井伊直之の片割れでしょう。



上野・上野東照宮14


 【東照宮 寶前
  慶安四年四月十七日
  従五位下内藤帯刀忠興】

早速言い訳ですが、灯籠を撮る目的は全体像の紹介と
いつ誰がどこへ奉納した灯籠なのかを知りたいだけなので、
「奉献」とかのぶっちゃけどうでもいい文言は写真に収める努力をしておらず、
したがって銘の全文を紹介できないものも多いのでご了承ください。

↓こちらも内藤忠興。


上野・上野東照宮17



上野・上野東照宮20



 【東照宮 寶前
  慶安四辛卯暦四月十七日
  青山因幡守藤原宗俊】

このくらい銘が綺麗に残ってると、私もラクなんだけどな・・・
この脇には取れた頭がちょこんと置いてある↓。
これだけちゃんと残ってるんなら、補修したらどうなの・・・


上野・上野東照宮21



ここからぼたん苑に沿った道沿いに入る。
うぎゃあ、まだあんなにあるう~・・・
もう今回はここでやめようかと思いました(←根性なし)。
もちろん、こんなとこで灯籠をいちいち撮ってる人なんていやしません。


上野・上野東照宮23


もうちょっとだけ頑張ろうと再び撮影モードに。


上野・上野東照宮24



 【東叡山 東照宮大権現 尊前
  慶安四辛卯稔四月十七日
  水野出羽守源朝臣忠職】

あ~、これはカッチン(水野勝成)の弟の子だな。
つまりカッチンの甥にあたる方ね。

え~と、母が前田利家の娘らしい。
てことは、利家の外孫にもなるのか。
信濃松本藩主。



上野・上野東照宮26



 【東照宮 尊前
  慶安四辛卯年孟夏十七日
  従五位下中川内膳正源朝臣久盛】

おっ!内藤久盛がまた出たぞ。
林光院 にあるのは慶安5年の日付だったから、
2年続けて灯籠を奉納しとるのか。
出費続きで大変だなあ。



上野・上野東照宮29


 【石燈籠両基
  武州東叡山 東照宮 尊前
  慶安四辛卯年孟夏十七日
  従五位下中川内膳正源朝臣久盛】

こちらも内藤久盛の片割れ。
日付の部分、「孟夏」の「夏」とした部分は旧字のような読めない漢字なのですが、
前後の流れから見て4月17日だろうと思われるので、
孟夏(陰暦4月の異称)としました。



上野・上野東照宮31



 【東照宮 寶前
  慶安四辛卯載四月十七日
  従五位下行戸澤氏能登守平姓●盛】

いやあ~、名前がはっきり読めないのでこの方は苦労しました~。
おそらくこの方は、出羽新庄藩2代目・戸沢正誠(まさのぶ)と思われます。
なんかこの方、名前をいっぱい変えてるらしくて、
最初の頃は「乗盛」を名乗ったようなんだよね。

「盛」の字を使うあたり、さすが平氏だと言いたいところだけど、
自称、清盛の父・忠盛の弟の系統らしい。
あくまで自称ですが。
てか、名前をコロコロ変えるのやめてくれる・・・

その隣も戸澤乗盛の↓。


上野・上野東照宮33



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最終更新日  2014年07月30日 20時46分58秒


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