戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年02月03日
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カテゴリ: 上野と寛永寺
引き続き、エリア1の灯籠群です。



上野・上野東照宮35



 【東照宮大権現 御寶前
  慶安四辛卯暦四月十七日
  小出●●守藤原朝臣吉親】

官途が読めないけど、名前が読めるから何とかなる。
但馬国出石藩主、のち丹波国園部藩初代藩主。
たぶん、伊勢守とあるんだと思います。


上野・上野東照宮37







上野・上野東照宮39



 【東照宮 寶前
  慶安四年四月十七日
  永井日向守大江直清】

山城長岡藩主、のち摂津高槻藩の初代藩主。
永井直勝の次男。
直勝は長久手で池田恒興を討ち取ったといわれる、あの永井さんです。

てか、永井氏って大江姓なの?と思って調べたら、
もとは桓武平氏の長田氏だったらしく、
主君・源義朝を弑した長田忠致の兄の家系らしい。
それが、直勝の代になって家康から大江姓永井氏に改姓させられたんだそうな。




上野・上野東照宮41


 【東照宮 寶前
  慶安四辛卯歳四月十七日
  青山大膳亮藤原●利】

これはたぶん、青山幸利と思われます。




上野・上野東照宮43



↑こちらも青山幸利の片割れ。

以上で第一エリアは終わりです。
ゴールから振り返ったところ↓。


上野・上野東照宮45



ここまでのところ、すべて正しく東照宮へ奉納されたもので
日付も同じでした。
まあ、東照宮はずっと場所の移動がなかったので
当然っちゃ当然のことかもしれないけど。

いずれも大名の奉納であるにも関わらず、
現在ではほとんど観賞されることもなく
ただひっそりとたたずむ灯籠たち・・・


で、ここから参道の方へ戻りますが、
まだ鳥居の写真があったのを忘れてました↓。


上野・上野東照宮46



 【右石華表者七世祖考雅楽頭忠世所奉献也今茲蒙
  合命加琢磨奉再建之
  享保十九年甲寅十二月十七日 厩橋城主従四位下酒井雅楽頭源朝臣忠知】

・・・と、これによって忠知が忠世の鳥居(=石華表)を綺麗にして
ここに再び設置したことがわかる訳ですね。

たいがいの訪問記では、酒井忠世の灯籠が関東大震災でびくともしなかったことに
驚愕された、って風に紹介されるんだけど、実際は忠知が建て直したんだから、
忠知の基礎工事がしっかりしてたってことになるよな。



さて、灯籠ばっかりでも飽きちゃうでしょうし、
一旦休憩を挟みましょうか(笑)。
こちらが鳥居の先にある門↓。


上野・上野東照宮50



上野・上野東照宮51



上野・上野東照宮52




慶安4年(1651)、阿部重次の奉納によるもの。
「上野第二編(6)」 で墓参りを断念した、あの重次さんです。
もともとは東照宮の御水舎の建物だったそうで、
上屋部分だけを昭和39年に門としてリフォームの上、ここに移築したそうな。

確かに、そう言われてみると


上野・上野東照宮53



上野・上野東照宮54



門にしちゃ変だもんな。
この下にあるのはやはり水盤が似つかわしい造りになっている。


水舎門をくぐると


上野・上野東照宮55



長い参道の両脇には、たくさんの石灯籠たちが整列してお出迎えです。
これがエリア2と7にあたる訳ですが↓


上野東照宮エリア分け



第二編(2013/7/20)からこれを書いてる今現在までの間に
都合3回上野東照宮を訪れてますが、このエリアは見るたび気力が萎えます。

単調なくせに数だけは多いし、しかもフツーの参拝客が沢山通るそばで
参道の石敷きを外れて一人寡黙に石灯籠を撮り続けるって、
もう考えるだけでげんなりです
たぶんエリア2と7は一番最後にいやいや撮るんでしょう。
(そんなにしてまで撮るなって?)


で、第二編では疲れてこのまま奥へ進みましたが、
第三編(2013/11/2)でエリア6を消化しましたので、
先にそちらをご紹介します。

が、その前に。


上野3・もんじゃまん



これが前回悩んだ「もんじゃまん」です。
第三編でも悩んだ末、買いませんでした。

第四編は寒い時期でちょうど「まん」モノの季節でしたが、
翌日は貞子が遊びに来る日で、話のネタに買おうかとも思ったものの、
人数分買うとなると7コ・・・
しかしケースの中には1コしかなかったので、やめました。

東照宮をコンプリートするにはあと数回行かねばなりませんので、
そのうち買うかもしれません。
けど、ここの売店はのぼりに「東照宮売店」とあるので、
もんじゃまんを買わなければコンプリートとは言えないかもしれんしな・・・


悩ましいもんじゃまんを売ってる売店のすぐウラにあるのがこちら↓。


上野3・東照宮・本多淡路守



 【東照宮 寶前
  慶安四年辛卯暦四月十七日
  従五位下本多淡路守藤原●●】

官途からすると、三河足助藩主・本多忠周(ただちか)あたりがクサい気がするんだけど、
ちょっと年が合わないかもな~。
名前が完全に磨耗しちゃってるからな~。



上野3・東照宮・太田備中守源資宗



 【奉献 石燈籠 
  武州 東叡山 東照宮 寶前
  慶安四年四月十七日
  太田備中守源資宗】

太田道灌さんの5代あとの子孫。
阿部重次らとともに、のちの若年寄に相当する「六人衆」になる。
あちこち転勤したようだけど、この時は遠江浜松藩初代藩主。



上野3・東照宮・小笠原壱岐守忠知


 【奉献 石燈籠 
  武州 東叡山 東照宮 寶前
  慶安四年辛卯四月十七日
  小笠原壹岐守忠知】


ちとバックがいただけませんが、お気になさらず。
えっと、この方の母は松平信康様の娘とあるから、
てことは家康のひ孫になるのか。
三河吉田藩初代藩主。



上野3・東照宮・三州額田部岡崎城主水野監物忠善



 【奉献 武州東叡山
  東照大権現宮 御寶前
  慶安四辛卯年四月十七日
  三州額田部岡崎城主 従五位下水野監物忠善】

同じ水野でも、カッチン(勝成)とは少し系統が違う。
カッチンのオヤジ(忠重)の兄弟の流れらしい。

こちらも水野忠善の↓。
どちらも補修の跡があるけど、下の部分の造りが面白い。


上野3・東照宮・三州額田部岡崎城主水野監物忠善2



上野3・東照宮・内藤豊前守藤原朝臣信照


 【奉献上 石燈籠二基
  東照宮大権現 御寶前
  慶安●辛卯年四月十七日
  内藤豊前守従五位下藤原朝臣信照】

陸奥棚倉藩初代藩主。
石川数正の従兄の娘の子(笑)。
縁戚関係が色々だなあ。

年の部分が読めないけど、「辛卯」だから他と同じく慶安4年と思われます。



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最終更新日  2014年07月30日 20時46分41秒


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