戦国ジジイ・りりのブログ

戦国ジジイ・りりのブログ

2014年04月15日
XML
カテゴリ: 上野と寛永寺
今回から久々に上野編を再開します。
いや、まさかこんなに再開が長引くとはね~

少し前の記事で、般若心経暗唱のチャレンジを始めたことをカミングアウトしましたが、
上野編が終わるまでに、を目標にしてたのに、天平のイタコになってる間に
仕上がっちゃいました(笑)。

通勤の時などにぶつぶつお経を唱えてますが、何だか無になれていいですよ。
般若心経ならメジャーだから、全文もネットで見られるし、
YouTubeでは動画も公開されてるしね。
マイナスの感情を引きずりがちな人にはオススメかも。


気がつくと途中で読経がフェードアウトして、頭の中が
TV画面の「砂の嵐」みたいになっちゃってる時も往々にしてありますが


じゃっ、本文に入りますか。
え~と、前回は上野東照宮拝殿前の御三家の灯籠の隣にある松平頼重の灯籠と
家康側室のお梶を紹介したとこまでですね。
( 「上野第二編(70)」 参照)



松平頼重の灯籠は2本並んで建っている。
これで唐門向かって右側の灯籠群はラスト↓。


上野3・東照宮・松平頼重2



で「立入禁止」の立て札がありますが、この先は庫裏・・・じゃない、


入るなって書いてあるのに無理に入るつもりはもちろんありませんが、
進行方向の左手、灯籠のすぐ裏には小道があって、小さな門がぴっちり閉められていた。
内部拝観ができない無念さで、ちょっとそちらの方を覗いてみたらば
門の中にも灯籠があった↓。


上野3・東照宮拝殿右・智恵伊豆2基




有料エリアだから今は入れないようになってるのか。
あ~、中見たかったなあ。
少し距離はあるけど、どなたの奉納か銘が見えるかな・・・
と思ってカメラをズームしてみると


上野3・智恵伊豆の銘



 【慶安四年四月十七日
  従四位下侍従兼伊豆守源姓松平信】・・・


うん?
一番下の文字がよく読めないけど、あれってまさか・・・!!
くそっ、こうなったら意地でも見てやる
とカメラ越しに灯籠を睨みつけると、どうやらやはり

 【従四位下侍従兼伊豆守源姓松平信綱】

で間違いないらしい。


伊豆だよ伊豆!
智恵伊豆~~~!!



わ~お、あんなとこにあんなものがあるなんて、さすがに東照宮だなあ。
先人の訪問記を見ても、歴史ファンで灯籠まで見てる人なんて皆無に近いけど、
徳川家にゆかりの深い寺社では絶対見るべき!
顔ぶれがホント豪華だから、見逃しちゃうなんてもったいない。


で、ほとんど恒例となってきた人物紹介ですが、
信綱さんの話に入る前にまずはそのお父上から。

お梶といい、江戸に特別興味もなかった頃からなにげに色んな人の話を
過去の記事で出してますが、信綱の父・松平正綱さんも過去登場しておられます。

日光写真館の 「山内入口1」 がそれです。
はい、日光の杉並木を寄進した方が正綱しゃんなんですよ。

大体の略歴は上記リンク先で書いてますので重複することはここでは書きませんが、
この方はもとは三河武士の大河内氏の出身で、松平氏の庶流・長沢松平家の
養子に入り、家康の天下取りを支えた1人。

この大河内氏ね・・・
源頼政の子孫らしいんですよ。


頼政は俵藤太(藤原秀郷)とともに、
「ウチの御先祖様」とあちこちの武家の祖として担ぎ上げられるのに人気が高い。

ので、頼政の子孫を称しているからといって素直に受け取れない面もあるんだけど、
宇治平等院における頼政の最後の戦い で、頼政の自害の時間をかせぐために
敵に立ちふさがったのが頼政の養子・兼綱。

兼綱は敵に討ち取られてしまうが、兼綱の子(2歳)は母に抱かれ
尾張から三河へ逃れてそこで土着したという。
ただ、兼綱は養子といっても頼政の弟の子らしく、つまりは実の甥。
なので、この伝承が正しければ、大河内氏は確かに頼政の血縁といえる。

大河内氏は三河で諸流に分かれ広がっていったらしいが、
正綱が生まれたのはこのうち臥蝶(がちょう)大河内氏。
正綱には兄・久綱がおり、久綱が臥蝶大河内氏を継いだ。

久綱は家康に仕え、弟・正綱とともに地方奉行(じかたぶぎょう:のちの勘定奉行)
として主に租税の管轄にあたったという。


正綱が6歳の時、家の前で遊ぶ姿を鷹狩で通りかかった家康が目にして
そのすばしっこい様子を気に入り、成長したら召し出すと言ったそうな。

11歳の時、家康の命により正綱が長沢松平家を継ぐ。
慶長元年(24歳)の時に正綱が具足をあつらえたことを聞いた家康は、
安月給じゃ支度も満足にできないだろうと兜を下賜してやり、
関ヶ原にはこの拝領の兜で戦陣に臨んだというから
家康から目をかけられていたのだろう。


慶長15年(1610)に駿府城が火事になった際、正綱は納戸から
晒(さらし)布を持ってきて布を結びあわせ、石垣の数か所に垂らして
城中の人間の避難を助けたという。


家康が駿府で大御所として江戸の秀忠と二元体制を敷いていた頃は
駿府方の勘定頭を務めた。

家康が久能山に葬られる際は棺のそばにいたという。
その1年後に日光に改葬される時には行列に従い、
徳川和子(松姫)の入内の際は松姫の輿に従っている。

寛永2年(1625)には大名になり、相模の甘縄(たまなわ)に居を構える。
玉縄城には前々から行きたいと思ってたんだけど、
正綱は戦国山城の玉縄城に入った訳ではないらしい。ちぇっ。

寛永10年(1633)になると、家光から出仕を止められる。
これは天海がとりなしをしたようだけど、以後は勘定目録から正綱の名前が消える。


正綱は日光とのかかわりも深い。
秀忠や家光の日光社参にもお供し、寛永18年(1641)には廟塔再建奉行、
2年後には 相輪塔 の普請奉行を務める。
同年、天海の葬送を監督。
日光山内の石垣の普請も正綱が関わっているらしい。

晩年は家光に疎まれたりもしたけど、家康から家光の3代にわたって
多方面で活躍したのが正綱。


そんな正綱の子が上の灯籠を奉納した信綱。
官職が「伊豆守」だったので、「いず」をかけて
「智恵(知恵)伊豆(出ず)」と呼ばれる。
まあ、頭がいい人だったらしい。

が、信綱は正綱の実子ではなく、養子。
信綱の父は正綱の兄・久綱だった。つまり、正綱の甥。


ある時、正綱が1人でいるところへ三十郎(のちの信綱)がやって来て、

「おじ上!一生のお願い!
私をおじ上の養子にしてくださ~い!!」


「・・・ハハハ
お前な~、まだそんな子供のくせして、
なんで大河内の姓を捨ててワシの養子になりたがるのか?
わけを言ってみろ、あ~ん?」


「ウチは代官じゃないですか!
大河内のままでは、御上のお側近くお仕えするのは遠い夢。
ですが、松平の名を賜れば願いが叶うかもしれません。
ですからなにとぞ、三十郎、三十郎をよろしく!
どうかこの三十郎を・・・」


「うっさい
まあ、お前の言うことはもっともだ。
けどな、まずは父母に話してオッケーが出たら
養子にしてやろう」


で、久綱との交渉が成立。三十郎は

「今日からは松平三十郎ナリ!!
エッヘン」


と喜んだという。


信綱の生家は、臥蝶大河内の宗家だと思うんだけどね。
それも嫡男。

長沢松平家は松平氏の庶流。
家康が若い頃にはいとこが長沢松平宗家の当主だったが、
いとこの子に後継ぎがいなかったので、家康の7男が養子に入り、
それも夭折すると家康6男の忠輝が入って宗家を継いだ。

正綱の松平家はその長沢松平の分家。
とはいっても、やはり臥蝶大河内と長沢松平では家格が違うってことか。

にしても、実父の久綱がよく嫡男の養子縁組を許したと思うけど、
今に残る信綱の数々のエピソードのすべてが史実じゃないにしても、
幼い頃から異様なほどの才覚と忠誠心があったようだから、
きっと久綱も三十郎の熱意に負けたのだろう

三十郎が正綱の正式な養子になったのは5歳のとき。
ので、上の話は5歳以前の出来事ということになりますが、
ホントに自分から養子にしてくれとせがんだのであれば、
かなりませたガキ・・・(笑)。


さて、智恵伊豆といえば有名な人ですから、
この先紹介する機会は色々あると思います。
ので、まずここでは政治向きの話じゃなくて、沢山あるエピソードの中から
いくつか面白いものをご紹介しましょう。


慶長8年(1603)、三十郎は秀忠に拝謁し、
翌年に家光が生まれると8日後に家光付きの小姓となった。
この時、8歳。

10歳くらいの時、秀忠が三十郎に剣を持たせて大奥へ入った。
草木も眠る丑三つ時、秀忠が表向へ戻ろうとすると、
長廊下の暗いところで三十郎が剣を持ったまま居眠りこいていた。

起こしちゃ可哀想だと思ったのか、秀忠がそっと剣をひいて持ち帰ろうとすると
三十郎は寝ぼけ眼のままがばっと秀忠に取り付いて

「これはやらんぞ!!」

と相手が秀忠だとも知らずに頑張った。
秀忠は怒るどころか、

「ほう、これは見込みのある・・・
その心、一生離すなよ」


とほめてやったという。


にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2014年04月15日 22時13分20秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

りりじい

りりじい

カレンダー

コメント新着

王島将春@ Re:浅草&寛永寺法要編(8) 東国の成熟(01/08) はじめまして。福井市在住の王島将春(お…
よー子@ 墓参り2014(2) 慈眼寺~芥川龍之介と小林平八郎の墓(08/02) 前略 初めてお便りします。 質問ですが、…
伊藤友己@ Re:上野第三編(12) 寛永寺105/清水観音堂~越智松平の灯篭(06/20) 越智松平家が気になって詳しく拝見しまし…

サイド自由欄

よみがえる江戸城 [ 平井聖 ] 価格:2916円(税込、送料無料)






PVアクセスランキング にほんブログ村

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: