戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年04月16日
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カテゴリ: 上野と寛永寺
これも仁和寺の法師・・・じゃねえ、三十郎が10歳頃の話。


酒井忠世・土井利勝ら錚々たる老中連がいるところで、
お召しだと告げられた三十郎は持っていた箸を投げ捨てて
自分の膳を飛び越えて走って御前に向かった。
それを見ていた正綱は、帰ってから三十郎を呼んで

「お前な~、今日のあの振舞いはなんだ?
よりにもよって老中のお歴々がいる中であんな無作法。
失礼にもほどがあるだろう。
ワシはもう恥ずかしいやら情けないやら・・・」


と言って泣いた。
三十郎は謝るどころか

「あんなの、別に今日だけのことじゃありません。
お召しと言うからにはとにかく一刻も早く御前に出たいと、
ただそれだけを考えてるんです。
周りに誰がいようと、無礼に見られようと
関係ありません」


と説明したので、上を大事に思う気持ちを正綱は大変喜んで
うれし泣きをしたという。



わたくしだけでしょうか・・・(笑)。


また10歳ころ。
稲葉正勝(春日局の子)らと「よしきり」という鳥を捕まえようと
城外に出たところ、夕方になり道を見失ってしまった。

「お、おい、どうする?
このままじゃお城に帰れないよ~」


「どうするったって、どうする?
だいぶ暗くなってきちゃったし・・・」


すると三十郎が

「日が落ちるのは西で、お城の方角じゃん。
日の入る方へ行けばお城へ戻れるよ」


と言ったので、一同は無事に城に戻ることができた、とな。



慶長16年(1611)には元服。
この頃、胃を病んだらしく、しばらく休養したのち全快して復帰した。
復帰した頃の出来事にこんなのがある。


家光が鉄砲場で鉄砲を撃っていたら、火が消えてしまった。

「弾薬の込め方が悪いんじゃないかな・・・
ちぇっ」


と銃を脇に置いたまま、そのことを忘れてうっかり銃口へ身体を向けてしまった。

その瞬間、弾が発射された。

間一髪のところで家光を救ったことに、居合わせた人々は感嘆の声を上げ、
青山忠俊は信綱を呼んで

「今の行いは、言葉に尽くせない忠節だぞ。
御家人が数万人いようとも、かなわないだろう」


と泣いて褒めたという。



慶長の終わり頃、家光が疱瘡にかかった。

着替えもせず月代も伸びていた。

家光がトイレに立とうとした時、身体を支えた信綱の頭に手をやり、
疱瘡で膿を持っていた掌に信綱の月代の毛が刺さった。

「いった!!
痛いよバカ!
なんで毛なんか生やしてるんだよ~!!」


「申し訳ございません。
ちょっとお待ちを・・・」


と謝って頭巾を取り出してかぶったので、毛が刺さらなくなり
家光は喜んだという。


真偽のほどはともかく、信綱の忠義心を表すエピソードは色々あります。
では今度は、頭の良さを物語る話を。
頭がいいといっても色々あるけど、頭脳というのとはちょっと違う面の
話ですが。



信綱が老中の頃のおはなし。

寺社奉行の安藤右京進がある朝、小姓を呼んで同役の松平出雲守へ手紙を持たせ、
「ちょっとウチで御相談したいことがあるので、あとで登城の途中に
ウチに寄ってください」と伝えさせた。

しばらくしてその使いは戻ってきたが、口頭で
「わかりました。あとで伺います」という返事をもらってきたのみで
手紙での返事はなかった。

しばらくすると、安藤家へ松平伊豆守信綱が突然やって来て
「右京さんはまだいるかな?」と言って書院へ上がってしまった。
突然のことに安藤家家臣たちはあたふたしたが、
右京も驚き慌ててかみしもを着けて

「ようこそおいでなされました。
ま、またずいぶんと急なお越しで・・・」


と応対に出ると、信綱は

「いや~、ちょっと家を出る時間を間違えちゃって。
テヘッ
ついては、お宅で時間調整をさせてもらおうと思って」


ということなので、やれお茶だ、菓子だと応接にワタワタしているうちに
信綱は小姓を呼び、

「お宅の家老達に会いたいんだけどね」

と言ったので、加茂下内記という家老が信綱の前に出た。
信綱が言うには、

「いや、ちょっと頼みたいことがあってね。

今朝、右京殿から登城の途中で寄って下さいという
手紙をもらってさ。
手紙の上書きは松平伊豆守となってたんだけど、はは~ん、
これはきっと松平出雲守殿と書き間違えたんじゃないかと思って、
了解の返事をしたんだ~。

もちろん、そんな小細工をしてもお城で右京殿と出雲守殿が会えば
すぐバレちゃうからさ、そしたら右京殿は手紙を書いた者などを
後で叱るでしょ?

人間だもの、「伊豆」と「出雲」の間違いなんて
よくあることだよね。
だからさ、間違えた関係者を叱らないでやって
欲しいんだよね。

それだけを言いたかったからここへ来たんだけどさ、
それでもなお右京殿のお叱りがあるようだったら、
君たちへは私からあらためて言いたいことがあるよ。」


信綱の言葉を内記は謹んで承り、

「御意、承りました。
早速関係者にはそのように伝えますが、
もったいない事でございます」


と信綱へ礼を言った。そばで聞いていた安藤右京も

「さてさて、かたじけない事です」

とお礼を言っているうちに登城の時間になったので、
信綱と右京は2人でそろって出勤した。


人んちの家臣まで心配する気配りの人、松平信綱・・・

こんな説教談もある。


「知ってる?
皆の家には貧乏神や福の神がいるんだよ~。
それはつまり、その家の女主人のことさ。

貧乏神ってのはね、朝は遅くまで寝てるくせに、
起きても不機嫌な顔をしている。
大飯ぐらいでものぐさ、気が回らない。
夫婦で協力して所帯を持つなんて知りもせず、
わがまま放題。
こんな女のことを言うのさ。
たとえ有力者の娘であっても、こんな女はすぐに
叩き出した方がいいね。

じゃ、福の神は?
朝早いうちに起き出して座敷を清め、髪を結って
家事をきっちりこなし、油断なく日々を送る。
夕方には翌日の準備をしておき、夫より遅く寝る。
1日中暇なく働く女のことを言うんだよ。

だから、よそに貧乏神や福の神がいると思ったら
大間違いってことだよ。ふふっ。」



朝から晩まで休みなく働けってさ。
女性のみなさん。

説教談の中には、生活の知恵も混ざってる。

「みんな、夜に月代を剃る時は前後左右にローソクを置くけど、
私は前に1本置くだけだよ。
ちょっとしたことだけど、節約になるじゃん?

夜に寝る時にはみんな髪を解いて寝るけど、
私は髪を結って寝るよ。
だって、夜中にお城から火急の知らせが入っても
これなら鬢をちょっと撫でつけるだけで
すぐ出かけられるからね。

御用の知らせが入ってから髪を結うんじゃ時間もかかるし、
出るのが遅くなるのは不忠じゃないかと思ってる。
だから、寝る前に髪を結っておくんだよ」



え~っと、本多忠勝だったっけ、
寝る時には具足を着けて寝ろとか他人にアドバイスした
戦国武将がいたなあ。

立派なお心がけだけど、 ケイキさんみたいに寝相が悪かったら
寝グセを直すのが大変なんじゃ・・・(笑)。


名君や名将といわれる人は色んな伝承をお持ちだけど、
数多くある信綱のエピソードのすべてが事実でなかったとしても、
ウィキペディアには「政治の天才」と書かれてるし、酒井忠勝は

「あいつはバケモンだから、智恵比べしちゃダメだぞ」

と阿部忠秋にアドバイスしたなんて話もある。

まあそれでも、家光の側近である六人衆(のちの若年寄)の同僚に
信綱がやり込められたなんてエピソードもあるようだけどね。

つまりは家光の六人衆は信綱と張り合えるぐらい才覚にあふれた方々だった訳で、
そういう人たちが単に権力争いという側面でのライバルではなく、
政治と忠誠のいい意味で競いあっていたと考えると
家光は幸せ者だと思う(家光自身も果報者だと言っている)。

こういう有能な人たちがそろっていれば、たとえ家光が無能でも
政治はうまく回っていくよな、って推測もアリだけど、
信綱の養父・正綱などの先代からの重鎮をあらたな子飼いの側近に入れ替えたのは
家光なので、家光は無能だとは思わないし、少なくとも人を見る目は
あったと思う。



さて、家光が死んだ時、初代六人衆からは2名の殉死者が出た。
堀田正盛と阿部重次がそれで、彼らの墓が寛永寺現龍院にあるのは
「上野第二編(6)」 に書いた通り(行かれなかったけど)。

六人衆のうちの1人、阿部重次のいとこの忠秋は殉死せず、
4代将軍の家綱に仕えてその後の幕府を支えた。

忠秋は遺言として「遺骸は家光公の御霊屋の近くに捨てるように」と言い置いたが、
側近の梶定良とともに現在に至るまで家光の墓の前後で主君を守っている。
(上記リンク先参照)

信綱も忠秋と同じように生きて家綱を支えたのに、
ウィキペディアによると信綱が殉死しなかったことを
江戸っ子は非難したらしい。


 「伊豆まめは、豆腐にしてはよけれども、役に立たぬは切らずなりけり」

 「仕置きだて、せずとも御代はまつ平、ここに伊豆とも死出の供せよ」


相当辛辣だとは思うけど、信綱はあまり人望がなかったとも言われるので
その辺も関係してるのかもしれない。

なんでも、茶の湯や歌の会、碁などの娯楽系での付き合いが悪かったらしく、
酒が飲めなかったともいわれ、好きなことは気の許せる者とたまに
政治談議をすることだったとか・・・
要するに、カタブツ?

ただ、「殉死して当然」と江戸っ子に思われるほど、
信綱が家光に重く用いられた証じゃないかとも私は思うけど。


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最終更新日  2014年04月16日 22時57分36秒


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