戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年05月10日
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カテゴリ: 江戸めぐり
大川屋さんを出て、本所松坂町公園前のルートに復帰。
これが大川屋さんのあるブロックを北東から見たところ↓。


両国・吉良邸跡42



現在住宅が建ち並んでいるこの場所に、かつては東西に長い吉良屋敷が建っていました。
画面の右はしに小さくオレンジの郵便局の看板が写ってますが、
だいたいこの辺りが台所で、ウィキペディアには

 【富森正因の証言によると礒貝正久が軽い者を捕えてろうそくを出させ、
  真っ暗だった吉良邸内を明るくしたという。後に取り調べの時にこれを聞いた
  大目付仙石久尚も礒貝の機転の良さに感心したという。】


命乞いをしたところ、

「早々に菓子蝋燭出し候へ
さなくば首討ち申すべし」


とローソクだけでなくちゃっかり菓子も出させて、
殺人現場で菓子をむさぼる浪士の姿が描かれる。

凶行のさなかに菓子を食うって異様な気がする・・・が、
私はもちろん人を殺したことも、戦に参加したこともありませんが、
案外人間て神経が高ぶる時ほど頭の中は冷めているもので、
別に人を殺した手で菓子を食う浪士達を鬼!悪魔!!と非難する気もないのです。

「ジジイ、頭おかしいんじゃない!?」

と言われようが、結構人間ていろんな面を持ってるもんですよ。
むしろ、自分の中にもそんな異常さが眠ってるなんて露ほども思わない人の方が、
いざって時に抑制が利かなくなったりするんじゃないかなって気がするんだけどね。



本所松坂町公園の周辺では、毎年12月に忠臣蔵のイベントが開かれるそうな。


その名の通り、吉良義央と家臣たちを供養するもので、昭和48年に始まったとのこと。

それから「元禄市」として、地場産の衣料品、物産などの大売り出しに加え、
ちゃんこ屋台が出たり和太鼓の演奏もされるなど、
多くの買い物客で賑わう写真が『忠臣蔵外伝 その日の吉良邸』に載っている。
この2つは日を限定せず、土日の開催らしい。


こちらは毎年12月14日の討ち入りの日と決められており、
本所松坂町公園内で赤穂浪士を供養する神事だそうな。
12月14日なら吉良義央の供養の神事にするべきじゃ・・・
って思うのは私だけ?


さて、ここでの用事は済んだから、佃煮を買ってから移動しよう。
で、本所松坂町公園となりの「小松屋」さんへ向かう。

お店の入口にも色々貼られてて、何の佃煮を買うかまず店の外で悩む。
ああ、江戸前の佃煮とか買ったことないけど、高いんだろうな・・・
買って帰ると言った手前、高くても買うしかない。
佃煮の貼り紙の他に、たしか「歴史カフェ」みたいな紙も貼ってあったな。

中へ入ってみると、品数は多くないけど、地元みやげの小物とか
割に色んな種類のものが置いてあった。
ここまで参考にさせていただいた、墨田区観光協会発行の
『両国物語』と『忠臣蔵外伝 その日の吉良邸』がここにも置いてあった。

店内には誰もお客さんはいなかった。
入口からゆっくり見て行って、佃煮の手前にある棚で

「なんだろう、これ?」

と足を止めて見ていたら、お店のお兄さんに声をかけられて、
色々教えてくれた。

 【煎酒(いりざけ)

  日本酒に梅干と花がつおを入れ、ことことと煮詰めた江戸時代の食卓には
  欠かせなかった調味料です。有機肥料で栽培した紀州南高梅の質の良い
  梅酢を使用し、塩分は一般的な醤油より四割も少ない、まろやかな調味料に
  仕立てました。かつお節の旨みと梅干しの酸味と塩けが、いろんな料理に
  よく合います。】
  (銀座三河屋のリーフレットより)

お兄さんは、しょうゆの代わりに江戸で使われていた調味料だという。
あれ?
でも甲府の武田家には信玄が生きてた頃から野田のしょうゆが
納められてたような・・・
そう聞き返したら、

「でも、庶民にはまだ簡単に手に入れられるものでも
なかったでしょうしね」


と言われた。
なるほど、確かにそうかもな・・・

まだこの後ももう少し歩くし、沢山のみやげや江戸博で買った地図で
荷物も重かったけど、初めて見たので気になってしょうがない。
びん詰めの調味料とか持ち歩きたくないけど、
せっかくなので小びんのを買うことにした。

帰ってから早速開けてみたけど、美味しかったッス。
味は梅干し風味の麺つゆって感じなんだけど、
市販の麺つゆとかドレッシングは味が単調なのに対し、
こちらは飽きが来ないとゆーか、かなり気に入りました。


で、本命の佃煮・・・
小さい木のわっぱに入ってるんだけど、やっぱり高かった

一番お値段張ったのが、あさりとあなご。
個人的にはアナゴさんの方が好きだけど、ここはやっぱり定番のあさりでしょう。
後日、このあさりをおにぎりにしたけど、あさりも佃煮もどちらも苦手な私が
大変美味しくいただくことができました。

最近ではコンビニのおにぎりも豪華なものが増えつつあるから、
江戸前のあさりの佃煮おにぎりなんか出したら売れるんじゃないか・・・
そんな風にも思いました。

あさりのお値段札に「大潮限定」とか気になる言葉が書かれていたので、
どういう意味か聞いてみたら、大潮の方があさりが浮き上がって
大きなものも取れやすくなるんだと。
ほお、なるほど~。
世の中には知らないことが沢山ある・・・

こちらの小松屋さんのお兄さんは、品のいい若旦那といった風情。
後から地図を見てたら、大川の向こう側にも佃煮の小松屋さんがあるようなので、
松坂町公園の隣のは支店なのかもしれない。

このお兄さんが従業員じゃなく、婿さんでもなかったら江戸っ子ってことになるけど、
だからと言ってどの佃煮を買おうか悩んでいても

「えい、早く選ばんかい!
こんべらばあめ!!」


とせかされる事もないので、安心してください(笑)。

あさりの他、海老の佃煮があまりしょっぱそうでもなかったので
あさりと海老と煎酒お買い上げ~。

包んでもらってる間、店内を見渡すと
和スイーツなども店内でいただけるらしい。
この時はまだ後の予定があったし、なるべく早く帰りたいと思っていたので
買い物だけで終わらせたけど、とっても優しい若旦那(←決めつけ)だったので
今度行った時に誰もいなくて時間に余裕があれば、
若旦那とおしゃべりしながら休憩するのもいいかもな


帰り間際、若旦那が付近の地図をくれた。
「本所Wデビュー(9)」 にも少し書いてますが、
付近に相撲部屋が結構あるのを知ったのはこの時。

当然この付近ではお相撲さんもよく見かけるので、
若旦那が言うには少し前に自転車でお相撲さんが走ってくると思ったら、
なんと横綱(白鵬)だったそうな。

わざわざ相撲部屋を観に行くほどの時間と体力の余裕はないけど、
小松屋さんのすぐ近くにもいくつか部屋があると教えてくれたので、
通りがてらちょっと見ていこうかな・・・
若旦那にさよならをして、小松屋さんを出る。



本所松坂町公園の脇の道をちょっと北に行くとあるのがこれ↓。


両国・時津風部屋



何の変哲もないマンション風ですが、こちらが時津風部屋。
ここには案内の高札もありましたが、長いので割愛します。

本所松坂町公園の前に戻って、さらに西に進む。


両国・吉良邸跡43



現在ではフツーの住宅街。
ここは、下の図で緑の★の位置にあたります。


両国・吉良邸見取り図-8


多少のズレはあるかもしれませんけどね。

★の下にあるグリーンの区画が義央公の部屋。
で、部屋の下に赤丸を付けましたが、
これ、冨森家所蔵の吉良邸平面図には「上野死骸」と書いてあるんです。

義央の部屋には近いけど、義央は自室で殺された訳じゃありません。
裏門の近くに、「柴小屋」と書き入れましたが、ここが殺害現場。

「柴小屋?
屋外の炭小屋じゃないの?」


って思った方もおられるかもしれませんが、『吉良供養』によると、
屋内にある柴小屋が正しいとのこと。
『忠臣蔵外伝 その日の吉良邸』では「茶道具収納部屋」だとする。
炭小屋というのは浪士側の覚書によるものらしい。


午前3時すぎに始まった討ち入りは、1時間ほどで家臣の惨殺は終了した。
が、邸内をくまなく探しまわっても肝心の義央の姿が見つからない。
空は白み始め、上杉家の加勢も気がかり。
このまま義央が見つからなければ、この場での切腹も覚悟したともいう。

「忠臣蔵」だとここからがひとつのハイライトなんでしょうが、
裏門付近の台所からひそひそと話し声がするので中へ踏み込むと
ここに2人の吉良家臣がいたのでまずバッサリ(2人とも死亡)。

台所にある小屋をまだ調べてなかったので、
戸を破ってローソクを差しかけてみても中の様子がわからない。
矢を射込んでみると、小屋の中から茶碗やら炭やら狂ったように投げつけられ
中から2人の吉良家臣が躍り出るも、すぐさまバッサリ(また2名死亡)。

その後は中を槍で突き、義央が出ようと刃向ったところを袈裟懸で斬られて絶命。
だから上の写真だと右側のブロックの奥で殺されたはずなんだけど、
検分のために赤丸の場所まで引きずられていったのかもしれない。

浪士側では吉良義央の顔を知る者がいなかったのか、
浅野長矩がつけた額と背中の傷で本人と確認し、
さらに吉良家の生き残りにも確認させている。
その現場が、上の写真の道の奥あたりと思われる。


自邸への侵入者がいないか見張っていた お隣の土屋さん は、
浪士達が義央を探す声を聞いて「取り逃がしたか」と思っていたが、

「素直に吐かんか、ゴルァァ!」
「額に傷ある?傷!」


という声が聞こえてきたかと思うと、少し間を置いてから
わあっと泣きだす声が聞こえてきたので、その瞬間に
浪士達が本懐を遂げたことを悟ったという。
享年61歳。


義央公へ合掌。


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最終更新日  2014年05月10日 22時53分40秒


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