戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年05月16日
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カテゴリ: 江戸めぐり
それじゃ、回向院の境内へ入りましょう。


両国・回向院8


・・・なんか、寺っぽくないなあ。
少し進んだところ↓。


両国・回向院9



木に隠れちゃってるけど、正面に見えてるのが本堂らしい。
今では現代風な建物だけど、入口にあった史跡解説の高札には
かつての立派な本堂の写真が載っていた↓。


両国・回向院6・旧本堂



史跡整備の趣意文 には
関東大震災での火災によって区画整理が行われ、その結果
松坂町の名称が姿を消したとあったから、回向院も被害を受けたかもしれないな。
もしくはその後の東京大空襲で堂宇が焼失したかもしれない。


まずは、上の写真の左に写ってる場所へ。
ここにも回向院の歴史を物語る石碑があるんだけど、
先に古そうな灯篭の方へ目が行きました。
ああ、なんか灯篭オタクへの道を歩み出してる気がする・・・


両国・回向院10・力塚灯篭



両国・回向院11・力塚灯篭



この灯篭はどの角度からでも見られる訳じゃないので、

下部の裏には名前らしきものが彫ってあるけど、結構摩耗している。
ただ、向かって右側の灯篭の裏には朱で「相撲茶屋組合」となぞってあった。 


このブースのメインはこちら↓。


両国・回向院12・力塚



 【相撲関係石碑群<力塚>


  初めての興業にさかのぼります。以後、幾つかの他の開催場所とともに
  相撲が行われていました。天保4年(1833)10月からは、回向院境内の
  掛け小屋で相撲の定場所として、年に2度の興業が開かれ、賑わう人々の姿は
  版画にも残されています。

  明治時代に入っても、相撲興業は回向院境内で続いていましたが、欧風主義の
  影響で一時的に相撲の人気が衰えました。しかし、明治17年(1884)に
  行われた天覧相撲を契機に人気も復活し、多くの名力士が生まれました。そして、
  明治42年(1909)に回向院の境内北に国技館が竣工し、天候に関係なく
  相撲が開催できるようになり、相撲の大衆化と隆盛に大きな役割を果たしました。

  力塚は、昭和11年に歴代年寄の慰霊のために建立された石碑です。この時に
  この場所に玉垣を巡らせ、大正5年(1916)に建てられた角力記と
  法界万霊塔もこの中に移動しました。

  現在は、相撲興業自体は新国技館に移りましたが、力塚を中心としたこの一画は、
  相撲の歴史が76年にわたり刻まれ、現在もなお相撲の町として続く両国の姿を
  象徴しています。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


『両国物語』(墨田区観光協会発行)にはもう少し詳しい歴史が載っている。


 【江戸の大相撲は、寛永元(1624)年四谷笹寺境内で明石志賀之助が打った
  6日間の興業が最初と伝えられている。以後、深川八幡宮、神田明神など、
  場所を変えて行われたが、”勧進相撲”が回向院で初めて打たれたのは、
  明和5(1768)年である。

  大相撲興業はやがて江戸一の盛り場、両国の回向院境内で興業されることが
  多くなり、天保4(1833)年から年2回の定場所となった。以来、小屋掛け
  (興業直前に造り、興業が終わればただちに取り壊す)による”回向院場所”が
  続くことになる。】


ふんふん、つまりは江戸の中で巡業が行われてたようなもんかな。

最初は武家地としてスタートした本所両国は、
のちには見世物小屋なども建ち並ぶ一大繁華街へと発展した。

見世物にもいくつかの系統があるらしく、曲芸のような運動系、
からくりや各種細工の工芸系、それから舶来の動物を見せる動物系。
現代風に言うなら、サーカスや人形の館や工芸ミュージアムや動物園などの
各テナントが入ったテーマパークみたいな感じ?

杉浦日向子先生の『百日紅』にも両国の見世物小屋が登場する。
この中に出てくるのは、「大力女」と「蛇使い女」。
日向子先生は彼女らに

「ここのものはみ~んなウソ!!」

と言わせているので、高い技術を持ったホンモノの他にも
怪しげな見世物も混じっていたらしい。


して、大川沿いには回向院での勧進相撲を描いた絵が展示されていたので、
そちらを先にご紹介しましょう。


両国・勧進大相撲土俵入之図



↑こちらが「勧進大相撲土俵入之図」。
土俵以外はギャラリーも力士もぎゅうぎゅう詰め。
観客席からはみだしちゃってる人もいます↓。


両国・勧進大相撲土俵入之図2



両国・勧進大相撲土俵入之図-3


観客は男しか描かれてませんね。
江戸期の相撲興業は、なんと女性は見物できなかったんだそうな。

そしてなぜか、土俵の下にいる力士たちは密着してます。
お色気顔の力士がぴったりくっついてる図を見て、
なぜだか無性に腹が立ったわたくし・・・↓。


両国・勧進大相撲土俵入之図3



お次はこちら↓。
「東都両国回向院境内相撲の図」。


両国・「東都両国回向院境内相撲の図」



こちらもギャラリーがびっしり。

んで、こちらが立川斎国郷「両国大相撲繁栄之図」↓。


両国・立川斎国郷「両国大相撲繁栄之図」



こちらは外観を描いているので、勧進相撲全体の様子がうかがえます。
この絵の左側に描かれているのがメイン会場だな↓。


両国・立川斎国郷「両国大相撲繁栄之図」2-2


これが『両国物語』の解説にある「小屋掛け」だろうな。
3階建ての桟敷にもびっしり人がいる・・・
これを興業の都度造っては壊し、って大変な作業だよな。
屋根はないので、雨が降ったら興業は中止したんだろうか?

で、画面中央にあるのがこちら↓。


両国・立川斎国郷「両国大相撲繁栄之図」3



「日本一」の酒樽が高く積まれている。
シャンパンタワーならぬ酒樽タワーだと思って、
ニヤニヤしながら写真を撮ってました。

酒樽タワーのてっぺんにはお頭つきのタイが載ってるし、
回向院山門の外まで年末のアメ横ばりの大混雑。
江戸期の勧進相撲の盛況ぶりがよくわかります。


と、こんな感じで現在も両国は相撲の町だけど、
その歴史はここ回向院に由来するものだったようです。


力塚の大きな石碑の斜め後ろにも石碑がある↓。


両国・回向院13・力塚



この法界万霊塔は、現地には何も解説はなかったけど、
墨田区のサイトによると大正5年5月に初代梅ヶ谷が建立したとある。

法界万霊塔のところまで行ってみると、力塚の裏手にも碑などがあって
ぐるっと一周できるようになっていた。


両国・回向院14・回向院相撲記の碑



これは昭和14年に建立された回向院相撲記。


 【江戸勧進相撲が記録で判明した最初の場所は貞享元年(1684)深川八幡宮
  境内である。其後、新材木町杉森稲荷、浅草御蔵前八幡神社、芝神明社、
  本所回向院、市ヶ谷八幡宮、芝西久保八幡宮、市ヶ谷長龍寺、深川三十三間堂、
  本所一ツ目八幡宮、茅場町薬師、芝愛宕山、神田明神と転々したが、天保4年10月
  (1833年)から明治42年6月(1909年)に国技館が建設されるまで76年間
  に亘って回向院境内が本場所の開催地となっていた。

  其後昭和29年9月蔵前国技館完成とともに財団法人日本相撲協会はこの地を去るに
  当り力塚は残して永く先人の徳を慕い且大相撲回向院時代を偲ぶため、力塚修復祭祀に
  際し之を記す。
  昭和38年9月24日 財団法人日本相撲協会】


相撲の歴史は存外に古い。

もとは宮中行事として「相撲節会」(すまひのせちえ)が行われていたそうで、
相撲に関する最古の記録は神亀3年(726年)・・・
興福寺の東金堂が建立された年です。( 「春の寛永寺(6)」 参照」

つまり、本ブログでもすっかりお馴染みになってしまった
聖武天皇の時代ですね(笑)。
この頃が節会の成立した時期と見られているらしい。
相撲節会は平安時代まで続き、承安4年(1174)で廃絶。

が、相撲そのものがなくなったのではなく、武家社会で引き続き行われていた。
信長様が相撲好きだったという話は有名ですね。
安土には「近代相撲発祥の地」として、「相撲やぐら」が復元されてるしね↓。


相撲やぐら2



現在の大相撲は宮中行事でも武家社会での相撲でもなく、
回向院などで行われたような「勧進相撲」の流れを汲むものだという。


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最終更新日  2014年05月16日 22時52分51秒


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