戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年12月09日
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カテゴリ: 日光写真館
深沙王堂を取り囲む石垣↓。


深沙王堂5


ほほお~、綺麗な布積みになっとるぞ。
ここは古い石垣が残ってるみたいだな。

お堂の前にある向かって左側の灯篭↓。


深沙王堂6


灯篭は地味な存在だけど、よく見ると歴史を物語る証人だからな。
この灯篭の前面には「常夜灯」とあるようだけど、
今回出会った灯篭たちは寛永寺のとは違って表面の劣化がひどく、


わたくしの灯篭観察の出発点は御存じの通り寛永寺。
あれは大名による奉納だから材質が良かったのか、
それとも日光の方が気象条件が厳しいからろくに銘が読めなくなっているのか。

お堂の前の水盤↓。


深沙王堂7


石垣の造りといい、この水盤といい、
深沙王堂は古くからこの場所にあったものかもしれないな。
ジンジャ君を祀るには神橋のど真ん前のこの場所がベストだもんね。

お堂前の向かって右側の灯篭↓。


深沙王堂8


左の灯篭とは少しデザインが違う。

ハートのように見えるけど、これってもしかして 猪目 のつもり?


国道からお堂へ上がる短い石段の脇にも灯篭が密集しております。


深沙王堂11


あ、これは見慣れた形に近い灯篭だな。

後ろの立派なずん胴さんが太郎杉ね。
背面の銘はかろうじて「大正八年八月」と読める。


深沙王堂12


これはまた、面白い形してるな~。
裏は「田口」のような字が見えるけど、これも比較的新しいものかもな。

お堂の脇には山腹に付けられた階段がある↓。


深沙王堂13


このルートは東参道へ出られるハズだ。 
てことで、ジンジャ君に別れを告げて先へ進む。
( 「輪王寺12」 にも深沙王堂について追記あり)


ルートを少し行ったところからは神橋が見下ろせる↓。


深沙王堂14


今は国道になってる下の道は、おそらく勝道さんの入山よりだいぶ後になってから
ならされた道だろうな。
勝道さんがここにたどり着いた頃は大谷川を渡るとすぐに
山の斜面が始まってたんじゃないかって気がする。
だとすると、勝道さんが渡る前は山の斜面が落ち込んでそのまま川に
なってたかもしれないから、想像以上に険しいビジュアルだろうと思うんだけど、
よくこんなとこを渡ろうと思ったもんだよな~。

ただ、伝承の通りにここを渡るのはそれこそジンジャ君が橋を渡してくれないと
相当困難だったと思う。
ここよりちょっと西に行った田母沢(たもざわ:旧御用邸のあったところ)あたりなら
山が少し奥へ引っ込むし川幅も少し狭くなるし、そこらへんから渡ったと見るのが
妥当かな~って気もするよな。
あっ、また現実主義者の面が・・・

そんな事を考えて大谷川を見ながら階段を上って下りると、東参道に出る↓。


東参道


いつもは国道を渡ってこの道から山内に入ると、このまままっつぐ輪王寺へ向かいます。
が、お護摩の時間まではまだ余裕があるので今回は石段の途中から右へ曲がって
少し回り道をします。


東参道2


ここら辺の写真は 「山内入口1」 でも載せてますが、
奥の小高いところに立つ灯篭ね。


東参道3


ジンジャ君に捧げられた灯篭だったようです。
この灯篭も「山内入口1」で銘が読める写真を載せてるのに、
記事の中で触れていないから、これがどういう意味を持つのか理解していなかったようです。
その前の記事では山菅の蛇橋の話も紹介してるのにね。

「私、頭おかしいんちゃうか!?」

と我ながら呆れますが、まだあの記事を書いた時は寛永寺に行く前だったから、
灯篭そのものに興味がなかったのかもしれません。
人はこうやって成長していくんだといういい例ですね

さて、ジンジャ君の灯篭の先にある脇の石段を上がります↓。


本宮神社1


上がると、まっつぐ行く道と左に折れる道がある。
相当昔に1度だけこの石段の上に立った記憶があります。
が、よくわからないから元の道に復帰したのか、
あるいは左の道を進んだか・・・
覚えてないので、たぶん元のルートに戻ったんでしょう。
ので、ここから先は未知のエリアです。

ジンジャ君の灯篭の先の石段を上がっている時、
上の方からシャーシャーいう音が聞こえてきた。
竹ぼうきで地面を掃いてる音のように聞こえたのでどなたかがお掃除してるのかと
思ったら、上には誰もいなかった。

あれ?
おっかしいな・・・
確かに音が聞こえたんだけど。
しかし、その音はお掃除の音じゃなくてここから聞こえていたものだった↓。


本宮神社2

この下をね、勢いよく水が流れてたんです。
結構な勢いで、見てると時々どっぷん!!と言いながら
水があふれ出してくる。


本宮神社3
      (ふたの右はじから少し水が出ている場面)

ああそうか、東参道のところにナントカの滝があるってあったな。
たぶんこの水が下へ流れ落ちてるんだろう。
しばし水音を楽しんだ後で石段の上の分岐へ。
これが左への道↓。


本宮神社5


石垣が連なるこの細い道沿いには子院やら僧坊が並ぶ。
でも今回わたくしが行くのは正面の道↓。


本宮神社4


道らしい道でもないし、先がどうなってるのか見えないから
何も知らなければこの先へ進もうとは思わないよな。
少し進むと先が見通せるようになって、奥に鳥居が見えた↓。


本宮神社6


へ~え、こんな風になってたんだ・・・
左に写っている現代風の建物はちょっと荒れてたので
今は使われてないのかもしれませんが、途中にはこんなのもあったので


本宮神社7


古くから僧坊か何かの建物があったものと思われる。
で、鳥居の手前までやって来ました↓。


本宮神社8


手水舎の前の灯篭↓。


本宮神社9


これは彫りが深いのか銘の保存状態が良くて、


本宮神社10


 【願主 東都三十間堀住 和泉屋七右衛門】

東都って江戸のことだよな・・・
三十間堀なんてあったっけ?
と現地では首をひねってましたが、帰ってから調べてみると
中央通りと昭和通りを流れていた堀で、今でいうと銀座の松屋とか三越とかが
ある並びを流れていたようですが、戦後になって埋められてしまったんだそうな。
背面には「永代常夜燈」とあり、側面にも何か彫られているけどちょと読めない。

手水舎の水盤にも銘らしきものは見えるけど、こちらはキビしい
【在日光奉● 阿州諸臣敬白】のような気もするけど、「諸臣」じゃないかもしれない。
が、「阿州」が正しければ阿波の国の人による奉納ってとこだろうか。

手水舎の先には左へ入る小道がある↓。


本宮神社12


う~ん、古い石垣がお素敵
が、石垣の誘惑を振り切ってここはまっつぐ進みます。


本宮神社13


ほう、いい感じ・・・
ここが本宮(ほんぐう)神社です。

鳥居の銘を探したら、裏面に大きく彫ってはあるんだけど、ちょっと読みづらい・・・
【寛政十二年庚申五月】かな?
干支が合ってるからたぶんこれで正しいと思う。
江戸後期・1800年の建立のようです。


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最終更新日  2014年12月22日 23時51分10秒


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