戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年12月10日
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カテゴリ: 日光写真館
鳥居の近くにはこんなのが立っていた↓。


本宮神社14


「史跡探勝路」なるものの存在を知ったのはこの時。
「日光写真館」では堂宇ごとにタイトルを付けて記事を分けてますが、
今回史跡探勝路に沿う部分については通常の旅日記のように
一括して書いていきますのでご了承ください。

鳥居の近くにあったふた↓。
デザインは地味ですが、「日光社寺」と真ん中にあるのが気に入りました。


本宮神社15


鳥居をくぐると左に折れる作りになっている↓。


本宮神社16


社殿の方へ進む前に、まずは入口周辺を観察。
南側は国道から続く道がすぐ下に走っている↓。


本宮神社17


下の道がなかったら、対岸から望むと絶壁のように見えただろうな。
本宮神社はいちおう今も現役だろうけど、こういうものもあるので↓
「跡」と呼んだ方がふさわしい気もする。


本宮神社18


境内はそこそこ広いものの、手前側はぽっかりとしててものさびしい雰囲気。
で、参道に沿って社殿の方へ向かう↓。


本宮神社19


社殿の手前にはこんな石がある↓。


本宮神社20


 【笈掛石(おいかけいし)

  勝道上人が笈を立て掛けて休息したと伝えられる。】
  (現地解説板より)


後ろにある木の株の方が大きいくらい(笑)↓。


本宮神社21


でもこの石、横から見るとカエルみたいだな↓。


本宮神社22



社殿のあるエリアへの入口にある石垣はぴっちり切り込みハギ。
この石垣は昔のままのようだな↓。


本宮神社23


本宮神社25



社殿前の石段も綺麗な敷石。
これもそのまんまだろうな↓。


本宮神社24


さて、こちらが拝殿です↓。


本宮神社26


 【本宮神社(重要文化財)

  古くは、新宮(現在の二荒山神社)滝尾と共に、日光三社と呼ばれた。創建は大同3年
  (808)、祭神は味耜高彦根命(あじすぎたかひこねのみこと)。現在は二荒山神社の
  別宮。4月17日二荒山神社の弥生祭のとき、三社の神輿がここに渡御する。貞享元年
  (1684)の大火で焼失、翌年に再建された。境内には修験者が背にしていた笈を
  かけて参拝するところから「笈掛石」と名付けられた石がある。】
  (現地解説板より)

ふん?
4月17日?
家康の命日じゃん。

なら東照宮の春の例大祭と一緒にやるのかと思ったら、
例大祭の方は5月らしい。
二荒山神社のホームページによると、弥生祭は古くは3月に行われたそうで、
ゆえに弥生祭というんだそうな。
また、万事にわたって格式を重んじ、きっちりと作法にのっとって
イベントが進められるものらしい。

笈掛石については石のところにあった解説とは違っているけど、
おそらく修験者が立て掛けたから、ってのが実のところだろうな。
勝道さんが笈を立て掛けたってのは、日光山の祖であり
日光修験のパイオニアである勝道さんに敬意を表したところから
生まれた伝説かもしれない。

拝殿の前にある灯篭↓。


本宮神社27



本宮神社28


向かって左の側面から見た拝殿↓。


本宮神社29


拝殿の上にある紋↓。


本宮神社30



こばやか・・・いへ、三つ巴紋です。
尾の部分が重なり合っていて、普通の巴紋とは少し違うように見える。
これが神紋かな。

あっ、じゃあ、近くにあった灯篭の傘に付いてる紋↓


本宮神社31


コケに覆われててはっきり見えないけど、
ここは日光だからぱっと見葵紋かと思っちゃう。
でもきっとこれは三つ巴なんだろうな。

もうひとつある灯篭は傘が一部欠損しておいたわしいことになってます↓。


本宮神社32


なんか、火袋の台座の下にあるギザギザが恐竜の背中みたい。
あんまりこーゆーギザギザは見たことないような・・・と思ってかがんでみると


本宮神社33


ああ、花弁だったのか。
なるほどね。 

向かって右の側面から見た社殿↓。


本宮神社34


妻飾りは 豕扠首 (いのこさす)。
大きなお蔀(しとみ)の黒がきいてて全体的にシックな感じで
悪くはないんだけど、寺院建築に比べると神社の社殿てのはどうも味気なくてイカン。

で、奥にあるのが本殿です↓。


本宮神社35



本宮神社37


本殿前にある灯篭と水盤↓。


本宮神社36


本宮神社38


↑奥の大きい方の灯篭には【奉献 三社大権現】とあり、
幾人かの名前が刻んである。


本宮神社39


 【別●播磨守源●●
  安部主計●●●
  奥山●兵衛平●●】 

う~ん、かなりキビしいなあ
名前の上には奉納した日付があるようだけど、【九月吉日】はかろうじて読めるものの、
何年かがわからない。
でも2つめの文字が「享」のように読めるから、再建時の貞享かな。
それとも延享(1744-1747)かな。

本殿エリアにはもちろん入れませんが、中にも灯篭があったので
玉垣の隙間からちょっと覗き見↓。


本宮神社本殿内


 【日光山 本宮大●●
  慶安三年四月十七日】

へえ、慶安3年(1650)!?   
家光が死ぬ前年だ。
東照宮では 寛永の大造替 は終わってるな。
ここも4月17日ってのが気になるなあ・・・

これには名前らしきものも彫ってあったのですが、
こちらは草がジャマだわ摩耗してるわで相当キビしい。
が、【若狭国主従四位上】とあるようなので、若狭小浜藩主の酒井忠直が
クサい気がするけど、ちょっと官位が合わないような気もするし。

本殿エリアのもうひとつの灯篭↓。


本宮神社45


ちょっと面白い形してるけど、なかなか立派なもの。
が、あいにく銘の方は本殿に向かっていてこちらからは読めなかったので
結局どなたの奉納かはわからず

さて、ここまで地味な写真が続いてきましたが、
玉垣越しに本殿の意匠を少し撮ってきましたので文字数ギリギリまでご紹介しましょう。
ただし望遠はブレやすいので、イマイチな写真もありますが。


本宮神社40



本宮神社41



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最終更新日  2014年12月10日 23時40分36秒


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