戦国ジジイ・りりのブログ

戦国ジジイ・りりのブログ

2015年04月12日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
祝・1000記事


想像もしませんでした。
ブログを始めた3年半前はバリバリの戦国モードだったのが、
建築にも興味を持つようになり、最近ではひょんなことから仏教にまで手を出し、
少し前の記事で神社を「ちょっと薄っぺらい存在」と書いたせいか
最近ではあちこちの神様から

「ワシのところへ来てみろ!!」

とお誘いを受けてまして、今年は神社へのお出かけが多くなるかもしれず、
我ながらずいぶん興味の幅も広がったものです。

でも神社仏閣も結局は人間が支えてきたものであり、

自分では全く後悔してませんし、もっともっと勉強して色んな歴史を知りたいと思ってます。

最初に比べて歴バナの分量が増えたので未公開の写真が溜まりすぎて
大変なことになってはいますが、ブログのためにお出かけしている訳ではないし、
それなりの歴史もあわせて紹介していくのは当然のことだと思うので、
当面はこのスタイルを変えるつもりはありません。

先月末の人間ドックの後で諏訪神社に行って、その後図書館で史料を
大量にコピーしてきましたが、平日の日中の参考図書室や勉強室は
実に年齢層が高かった・・・
わたくしも自称・ジジイですが、その時図書館にいたのは
ホンマもんのジジイばっかり。

あ~、私も早く定年を迎えて心ゆくまで勉強したい・・・



特に決めている訳ではないものの、わたくしが行くのはマイナーな所が多く、
そういう場所も色々知ってほしいと思ってブログで紹介している訳ですが、
それも結局は自分のため。

本や史料を読んで自分の言葉で書いていくと、ただ読んでいるだけよりも
自分の身につきます。

それでも読み続けて応援してくれる方がいるというのは嬉しいもので、
色々コメントをくれたりブログ更新のお知らせツイートをリツイートして下さる方々には
いつも感謝しておりますし、毒を吐いたりしてもいちいち反応せず
静かに読み続けて下さる方々にもこれまた感謝しております。

1000件めの記事をわたくしの大好きな良源さんの歴バナで迎えられるのも
嬉しいこと・・・
が、実は今日車にひかれそうになってね。
いや、もうダメかと思いましたよ~。
わたくしにも相手方にも何事もなかったからよかったものの、
1000記事達成を前にして死んだりしたらまるで深草少将みたいじゃないか~
なんて思ったりして・・・

冗談こいてる場合じゃありません。
今日のは完全にわたくしが悪かったので、反省してます。
皆様も交通事故にはくれぐれもご注意ください。

さて感慨と反省はここまでにして、前回の続き。



良源さんの「打算」の裏に一貫して流れるもの、それは藤原師輔への感謝であり
師輔との約束を守るという律義さだった。

師輔は死に際して、遺言で近江国岡屋庄の土地を横川法華堂に与え、
また師輔の生前中に近江鞆結(ともゆい)庄の土地が在地領主から師輔を通じて
法華堂に寄進されてもいる。

そして、禅師の君も父から遺産を受け継いだ。
山城国はもちろんのこと、西へ西へと分与の土地は広がって
遠くは備後まで計11ヵ国に上る所領の土地を分配された。

ただ、その当時禅師の君はまだ入山3年目でしかも若い修行の身。
ゆえに所領の管理は叡山が、実質的には師である良源さんの管理するところとなり、
良源さんはより潤沢な資金を得られることになった。

禅師の君が受け継いだ遺産が現在の金額に換算してどの程度のものかは
わからないものの、

 【尋禅を手許に置きさえすれば、その師として尋禅に附託された莫大な所領を
  管理することもできる。】
  (『人物叢書 良源』より)

悪意のある見方をすれば、「師輔は死んだけど、尋禅にはまだ利用価値は残っていた」
という表現もできる。
が、のちに良源さんが書いた自身の遺言にはあれこれの堂舎や房地を
色々な弟子に譲るとしているものの、その中でも禅師の君への委譲は多く、
特に自身の住房である定心房は禅師の君に譲るとし、これに従わない僧は
一門から永久に追放すると厳命している。

つまりは良源さんの正当な後継者は禅師の君だと宣言した訳で、
藤原一門から出た僧が宗教面で師輔一族を守るという師輔のビジョンを
最後まで遂行しようとしたことがうかがわれる。


師輔の死により良源さんは確かな足がかりを増やした一方で、
実力者・師輔の死は政界にも大きな影響を与えた。

前にも書いたけど、師輔は次男で兄には左大臣もおり、
弟の中にも出世欲を持つ者がいた。

師輔の子の中では村上天皇中宮・安子とその同母兄弟の長男から3男までが
比較的安定していたものの、師輔が死んだからといってその子が
のほほんと政界の中心者におさまるほど世の中は甘くなく、
藤原北家の中だけでも次の実力者になろうとする者たちの思惑が入り乱れた。

そういう中、師輔の8男であり禅師の君と同じ雅子内親王から生まれた高光は
それまで順調な人生を歩んできたものの、父というバックを失い、
妻の父は師輔の弟であるものの、その舅は野心がない人でもあったので
高光の将来にも影が射すことになり、そういう状況に疲れたのか
師輔の一周忌から7ヶ月後に高光が横川を訪れ、衝動的に剃髪するという事件が起こる。

これは当時かなり話題になったようで、『多武峯少将物語』という
書にもなっているんだけど、この中で高光が禅師の君に頭を剃れと言っても

「などかくはのたまふ。
御心がはりやし給へる」


と禅師の君は泣いて断るので、「阿闍梨」に剃れと言っても

「いとあさましきわざかな。
御はらからの君たちも、おのれをこそ、
のたまはめ」


とこれまた泣くばかりで剃ってくれないので、
高光はみずからもとどりを落としたとなっている。

ここの解釈には先人たちもずいぶん頭を悩ませたようで、
ゆえにわたくしもあえてセリフを現代語訳しませんでしたが、
「阿闍梨」が誰かとは明記していないものの、平林氏はやはり良源だろうとした上で

 【高光の兄弟、伊尹以下の思惑を気にしている様子は明らかで、出家希望者に
  対する高僧の言葉とはとても思えないのである。高光の恣ままな出家に対して、
  尋禅・良源側の困惑が如実に描写されている。】
  (『人物叢書 良源』より)

とする。

つまり、禅師の君が良源さんの下で修行しているのは師輔と良源さん双方の
目的の遂行のためであり、予定のコースだった。
契約相手の師輔が死んでも禅師の君を大切にすることで良源さんは経済的なバックを得、
円仁派を受け継ぐ後継者を育てることにもなり、師輔家では一門の繁栄を祈願してくれる
僧侶を得ることになる。
そして禅師の君と共に良源さんはこれから次なるステップへと進む時期でもあった。

 【尋禅の兄高光の出家は、良源・尋禅の計画路線の中で、足手まといになるばかりで、
  何の益することもないのである。たんに自らの安心立命のために、或は尋禅と
  二人して藤原氏の繁栄を祈るという単純な発想で片づく状況ではないのである。】
  (『人物叢書 良源』より)

ここからも、禅師の君の入山は明確なビジョンに基づくものであったことがうかがわれる。
高光さんにはお気の毒だけど、師輔の子なら誰でもよかったという訳じゃ
なかったみたいね。

前回再掲した系図でおわかりのように、高光も禅師の君も醍醐天皇の外孫で
時の村上天皇の甥にあたる。
高光は子供の頃から秀才の誉れ高かった人で、この甥を愛した村上天皇は

 都より雲の八雲たつ奥山の
   横川の水はすみよかるらん
(『新古今集』)

という御歌を寄せられたというが、既定のラインを走る禅師の君と良源さんの結び付きは固く、
結局高光は半年ほどで横川を去り多武峯(とうのみね)へ移っていくことになる。


高光の剃髪より少し前の夏、中宮安子は東宮護持僧である良源さんへ
自分の子の皇太子の無病息災祈願を依頼している。

 【良源は寛忠と共にこの祈祷の功労として度者一人を得ているが、ふつう東宮の
  御修法には度者を賜らない定めとなっていたが、この度は例外であった。
  師輔という後見を失った安子が、いかに皇太子憲平親王の成長に心を砕いて
  いるかが窺えよう。】
  (『人物叢書 良源』より)

安子さんという人は面白い人で、村上天皇へ入内した最初の妃であり
子も多くもうけたことから存在感ばっちしの人だったのが、
自分の従姉妹が同じ村上天皇から寵愛を受けた時には心穏やかでなく、
天皇と従姉妹が一緒にいるところへたまたま立ち寄った安子は
壁に穴をあけさせて隣室から覗き見したという。

この従姉妹・藤原芳子は幼い時から妃となる教育を受けた人で、
しかも絶世の美女。
当時の美人の条件でもある長髪も豊かにたくわえており、
芳子が牛車に乗って体は車の中に入っても髪はまだ
部屋の中に残っているほどだったそうな。

そういう芳子を見てムラムラ来た安子は、覗き穴からかわらけを投げつけた
安子を重んじていた村上天皇もさすがにこれには呆れ、
安子の兄弟に謹慎を命じたものの逆ギレした安子が天皇に直談判し
謹慎命令を撤回させてしまったというからすごい。
ちなみに、芳子さんは『源氏物語』の光君の母・桐壺の更衣のモデルだという
説があるそうな。

ライバルいじめが史実でなかったとしても気丈な女性ではあったようで、
師輔亡きあと父に代わって一族をリードするが、
皇太子に関する祈願は良源さんが東宮護持僧という立場である以上
当然のことかもしれないけど、師輔の一周忌も横川で行ったりしているので、
師輔の路線を引き継いだだけでなく、安子自身も良源さんへ篤い信頼を寄せていたものと
思われる。



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最終更新日  2015年04月12日 22時25分16秒


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