戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年05月05日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
前回の禅師の君の起請文の続きですが、
最後の方の文章に「墓」とか「骨」といった文字がある。
良源さんのように禅師の君も自分の死後の処置について遺言しておいたのかと
読もうとしたらば、あいにくここの文章には文字の欠損が多く
なんて書いてあったのかよくわからない。

が、自分の住したこの飯室谷に地味に葬ってくれといったような
内容だったんじゃないかと思う。
そうして今も禅師の君はあの聖域で飯室を守り続けているのだろう。


さて不動堂の前には仏足跡があった↓。


叡山3・飯室谷・不動堂19


むう、この上に立つお釈迦様を想像しなさいって言われてもな・・・
やっぱり「モノ」を作りたくなるのが人情ってものだよな。

左右を見ながら写真をぽんぽん撮ってるので
かなり記憶のアヤシイところもありますが、これが不動堂の奥の方だったかな↓。


叡山3・飯室谷・不動堂30



叡山3・飯室谷・不動堂31


不動堂のホームページによると、元亀の織田軍による「叡山攻め」で
不動堂も攻撃を受けて荒廃し、しばらく復興されなかったという。
今のお堂がいつの建立かはわからないけど、お堂正面の意匠からすると
やっぱり江戸期ってのが妥当なところだろうし、古い部材を残しながらも
一部は近年になってからの修築が入っているように見える。


『山門堂舎記』によると不動堂は禅師の君の在世中からあったお堂らしく、
良源さんが所持して霊験のあったお不動様を禅師の君が譲り受け、
それを不動堂に安置したんだそうな。

『比叡山 その歴史と文化を訪ねて』によると、不動堂のお不動様は重文で
東塔の国宝殿に安置されているらしい。

円仁さんと良源さんのお不動様は現存しておられるのだろうか。


お堂の向かって左側には小さなお堂がある↓。


叡山3・飯室谷・不動堂20


お稲荷様かと思いきや、「赤山明神」とあり、


叡山3・飯室谷・不動堂22



叡山3・飯室谷・不動堂23


お色気顔の狛犬がおわした。

赤山大明神は円仁さんが唐から帰国する際に円仁さんを守護したという
伝承のある神様で、円仁さんの死後に京側の山麓に大明神を祀る赤山禅院が
建てられたが、のちに赤山明神が語ったところによると
円仁さんの遺法を護るためにほうぼうにいたといい、
中でも横川には多くいたという。
そういう横川とは縁の深い神様なので、飯室でも祀ってるのかな。


普段の寺めぐりならそこそこ細かいところまで見たがるわたくしですが、
今回は山歩きに多く時間を割いていることもあり、
はっきり言って叡山の堂宇はロクな見方をしていない。

ので、これで不動堂は終わり。
不動堂は小高いところにあり、お堂の前の石段を下っていく。


叡山3・飯室谷・不動堂28


一段下がったところがわたくしが入ってきた横道のあるところで、
苔むした石垣は風格がある↓。


叡山3・飯室谷・不動堂29


石段を下りきると、ちょっとオドロキの空間が広がっていた。


叡山3・飯室谷・不動堂32


真新しい灯篭が沢山並び、さらに


叡山3・飯室谷・不動堂34



叡山3・飯室谷・不動堂35


真新しい仁王様の真っ白い肌がまぶしい(笑)。
仁王様の足元には


叡山3・飯室谷・不動堂40


ぬわんと照明器具まで置かれていたので、常時かはわかりませんが
ライトアップされる時もあるようです。
あと100年、200年でも経てば少しはくたびれてイイ感じになるんでしょうが、
とにかくこの時は洗濯用洗剤のキャッチばりの「白さがまぶしい」状態だったので
何とも・・・

あと、これがあったな↓。


叡山3・飯室谷・不動堂33



叡山3・飯室谷・不動堂37


これは修法用のお水だそうで、飲用不可とある。
親切に「ご自由にお持ち帰りください」ともあるけど、
詰められるようなペットボトルもないのでいただくことはしなかった。

開放ブースの隣は


叡山3・飯室谷・不動堂41


隙間から覗いたと思うんだけど、岩があったんだっけか?
それとも全然見えなかったんだっけっか?(←覚えてない)

不動堂境内入口はこんな感じで驚くほどのぴかぴかの空間でしたが、
まあこれも信者さんがいてこそだよな・・・
上の段の境内には日本橋の女性信者の方が寄進した記念碑のようなものもあったし、
そういう熱心な信者さんに支えられて維持整備ができるという現実がある。

そこから進行方向へ進むと、上へ上る石段があった↓。


叡山3・飯室谷・不動堂43



叡山3・飯室谷・不動堂44


八角のお堂だ・・・
あれも不動堂の一部かな。
境内図を見るとあの上あたりにも色々とあったらしいんですが、
まだこの先も長いのでそのまま先へ進む。


叡山3・飯室谷・不動堂45


飯室谷不動堂へは、ここまで車で入れます。
が、飯室奈良坂は入口だけはちょっとわかりにくいけど歩きやすい道だし、
このぐらいの距離だったら歩いてみるのもいいんじゃないかと思いますね。


さて、次のスポットへ行く前に、『今昔物語集』に面白い話を見つけたので
紹介します。
なんと、第18世から20世までの天台座主という
豪華キャストが登場するお話なんですよ。
内容的にはとても現実のものとは思えない話ですが、
それぞれの座主についてはここまでの記事でもあれこれ書いてますので、
素直に楽しめる内容じゃないかと思います。
残り文字数が少ないので記事をまたいでしまいますが、ご容赦を。


 『今昔物語集』巻第20の2
  「震旦の天狗智羅永寿(ちらようじゅ)この朝(ちょう)に渡ること」

  今は昔、震旦に智羅永寿という強い天狗がおり、日本へ渡ってきた。
  永寿は日本の天狗に会い、

 「ワシの国には悪僧が沢山おるが、ワシにかなう奴はいない。
   この国には修験の僧がおるそうだが、ひとつ、力比べをしてみたいもんじゃ。
   どうだ?」


  と言った。
  日本の天狗は面白いと思い、

 「この国にも高僧はおるが、みなワシの思うままじゃ。
   気に入らない奴には思う存分ひどい目にあわせてやったものさ。
   お主がそう言うなら、近々ワシがこらしめてやろうと思っていた者どもが
   おるので、教えて進ぜよう。
   ついておいでなされ」

  そして2人は飛んでいき、叡山の大嶽の石の卒塔婆のところに並んで座った。
  日本の天狗が言うには、


   お主は老法師に化けて、ここを通りかかる奴を必ずやっつけて下されよ」

  と下のヤブに隠れて永寿の様子を見ると、もう永寿は偉そうな老法師に化けて
  座っていたが、その目には尋常でない光をたたえいかにも恐ろしげなので、
  これは期待が持てると思って永寿のお手並み拝見とほくそ笑んだ。
  しばらくすると名僧との評判の高い余慶律師が山の上から手輿に乗って降りてきたので、

 「さあ、どうやってやっつける?」

  と日本の天狗はわくわくした。
  いよいよ余慶が卒塔婆の脇を通ろうとする頃、期待を持って永寿の方を見ると
  永寿の姿は影も形もなく、余慶は大勢の弟子を引き連れながら平然と下っていった。

  「どうしたんだ、アイツ・・・」

  と思って永寿を探すと、永寿は南の谷に尻を逆さまにして隠れていた。
(つづく)


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最終更新日  2015年05月05日 22時54分44秒


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