戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年05月17日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
前回の天狗にだまされて魔往生した僧の話は、聖自身にはそれほど
落ち度がなかったようにも思えるけど、今度は本人のミステイクによる失敗例です。

今は昔、比叡山の横川に1人の僧がおった。この聖は教学面での知識も深かったが、
  長年の間念仏を唱えて極楽に往生したいと願っていたので、他の聖人たちもこの人は
  必ず往生できるだろうと言って尊んでいた。この聖は丈夫な人だったが、70歳を
  過ぎると風邪などもひきやすくなり、食欲も落ちて体力も衰えていった。僧は死期の
  迫ったことを覚悟して、以前にもましていっそう念仏に余念がなかった。

  そのうち聖は重い病にかかったが、病床にあって一心に念仏を唱え、弟子たちにも
  「ただ念仏だけを聞かせてくれ」と命じたので、弟子たちも往生のことだけを話し、師に
  念仏を勧め続けた。9月20日の明け方頃、ひどく弱ってきたようなので弟子たちは
  枕元に阿弥陀仏を安置し、仏の手にかけた五色の糸を持たせて4~50回ほど念仏を
  唱えているうちに眠るように息が絶えた。弟子たちは間違いなく師が往生できただろうと
  喜んで葬儀を終え、四十九日が過ぎて弟子は去っていったが、1人の僧が僧坊を受け継いだ。

  ところで、聖は生前素焼きの小さい瓶にいつも酢を入れていた。僧坊を継いだ僧がある時
  納戸の棚の上にあるくだんの小瓶を見つけ、
  「あ、こんなとこにあったのか。なくしたのかと思ってた」
  と瓶を洗わせようとしたところ、中で何か動く気配がする。中を覗いてみると、5寸ほどの
  小さい蛇が中でとぐろを巻いていた。僧は怖くなったので、離れた場所にある長押の上の
  棚に上げておいた。すると、その夜の夢に師の聖が現われて言った。

  「お前達も知っての通り、わしは長年ただ極楽往生だけを願って念仏以外のことは
  しなかった。臨終の時には余念を抱かずにただ念仏だけを唱えて命を終えようと常々思って
  いたが、棚の上の酢瓶をふと目にしたとたん、『わしが死んだら誰がこれを持っていくの
  だろうか』と、口では念仏を唱えながらたった一度だけ心の中で思ってしまった。また、
  そのことを罪だとも思わず、悪いことを考えたと反省することもなく息が絶えた。
  その罪のために、わしはこうして酢瓶の中に小蛇として生まれ変わることになってしまった。
  どうか、今すぐ小瓶を誦経料に換えてわしのためにねんごろに経文を供養してくれ。
  そうすれば、きっと往生ができるだろう」

  そこで目が覚めてあの小蛇は師の聖人だったと初めてわかり、非常に悲しく思ったが、師の
  言う通り翌朝すぐに小瓶を中堂に誦経料として奉り、仏像と経典を用意してねんごろに
  供養してやった    
  思うに、あれほど尊く念仏に明け暮れた聖人でさえ、臨終の一瞬につまらぬ物を見たがために
  小蛇に生まれ変わることになったのだ。まして、妻子に取り囲まれて死ぬ人はどれほどの
  信仰心があったとしてもよほどの仏縁でもなければ往生は難しいだろう。そう考えると、
  なんとも悲しい思いがする。
  こういうことがあるから、死ぬ時にはつまらぬ物は一切隠して、仏以外は見てはならぬと
  横川の源信僧都はおっしゃったということだ。
  (『今昔物語集』巻20の23)


ここは後の記事にかかってくるところなので今は先へ進めますが、
こんな面白い話もあります。

南都に一生不犯を守った尼がいた。浮ついた噂なども聞かなかったので、この尼の臨終の時は
  一体どんな奇瑞が現われるだろうかと人々は思っていたが、そのうち病で危険な状態に
  なった。心安らかな臨終を迎えられるよう、小僧を1人招いて念仏を勧めさせたが
  尼は念仏は唱えずに
  「まらのくるぞや、まらのくるぞや」
  と言ってそれで息絶えてしまった。
  一生の間、立派に仏の教えを守ってきた尼だったが、心の中ではこのことを思いかけて
  いたからこそ、こんな最期の時にも言ったのだろう。何事もただ心の引き締め方が善悪の
  果報を決めるのだから、よくよく準備をしておくべきなのだ。
  (『古今著聞集』巻16、552)


「まら」は本ブログでもおなじみですね~
とはいっても、註釈には

 【ただ、「魔羅」は単に魔、あるいは欲界の第六天の魔王を意味するので、尼は実は

  (「新潮日本古典集成」西尾光一・小林保治氏の校注によるもの)

ともあるので、尼がどちらの意味で言ったのかはわかりませんが、
話の筋が「心の中じゃこんなこと考えてたんだね~」となってるので、
臨終に侍った僧も、これを伝え聞いた者も、そして 橘成季 も
わたくしがよく使う方での「まら」と受け取ったのでしょう。

わたくしも気をつけないとな・・・
て、いつも「まら」の事を考えてる訳じゃありませんが(笑)。

この尼が往生できたのかどうかは書いてないけど、たぶん無理でしょう。
不犯は貫いたもののこれまでの説話に出てきたような念仏行者だったとも書いてないし、
単に「魔が近づいてくる」という意味で言ったにせよ、念仏も唱えてないもの。


今回の記事での2話から言えることは、要するに

死に際が大事

ということです。
これ、覚えておいてね。
往生には死に際が大事だからこそ、余計なお世話とも言いたくなるぐらい



とはいっても、中には思うがままの振る舞いをして往生したツワモノもいます。
ここでは源信の兄弟子である 増賀 を紹介しましょう。
本シリーズではあえて増賀については極力触れないようにしてきていますが、
色々と奇人変人のエピソードが多く、死に臨んでも独特な人でした。

80歳頃になるとなんとなく身体の調子も思わしくなくなり、死期を悟った聖人(増賀)は
  死の10日ほど前に弟子を集めて
  「わしの長年の願いが今ようやく叶えられようとしている。極楽浄土へ往生する時は
  もう近い。これこそ、わしが最も喜ぶことなのだ」
  と言って講義を行い、論議をさせて教義を語った。また、弟子たちに極楽浄土によせた歌を
  詠ませ、聖人も和歌を詠んだ。

  竜門寺の春久聖人は増賀聖人の甥で長年親しく付き合ってきたが、この時はそばに付き添って
  喜んだ増賀聖人とともにあれこれ語りあっていた。
  やがて入滅の日を迎えると、竜門の聖人や弟子に向かって
  「今日、わしは死ぬ。おい、碁盤を持ってきてくれ」
  と言うので、碁盤の上に仏像でも安置するのかと思って持って来ると、抱き起こさせて
  竜門の聖人に碁を一番打とうと誘った。
  「えっ・・・念仏も唱えずに?頭がおかしくなったんじゃないだろうか」
  と竜門の聖人は思ったが、日頃から敬っている聖人の言うことなので、言われるがままに
  お互いに碁盤の上に石を10個ほど置くと、聖人は
  「もうよい」
  と言って石を崩してしまった。

  「あの~・・・なんで碁を打たないんですか?」
  と竜門の聖人が恐る恐る聞いてみると、
  「わしがまだ小坊主だった頃、人が碁を打つのを見たことがあってな。今、念仏を唱えて
  いたらふとその事が思い出されたので、『わしも碁を打ちたいな~』と思ってちょっと
  打ってみたのさ」
  と言う。

  その後また抱き起こさせると、今度は泥障(あおり:泥よけの馬具)を持ってこいと言うので
  探して持ってくると、泥障を結んで首にかけさせた。聖人は苦痛をこらえながら両の腕を
  伸ばし、
  「古泥障をまとって舞っちゃうよ」
  と言って2~3度舞う仕草をしてから、泥障を外させた。
  「あの~・・・なんで舞なんかするんですか?」
  と竜門の聖人が恐る恐る聞いてみると、
  「わしが若い頃な、隣の僧坊から笑い声が聞こえて賑わしかったので覗いてみたら、
  1人の小坊主が泥障を首にかけて
  「胡蝶胡蝶と人は言うけど、古泥障をまとって舞っちゃうよ」
  と歌いながら舞っていたのを見て、『わしもやってみたいな~』と思っていたが、すっかり
  忘れてしまっていた。それが今、急に思い出されたので、昔の思いを果たそうと思って
  舞ったのだ。これでもう思い残すことはない」
  と言ってみなを帰し、聖人は仏堂に入って西を向いて縄床に座り、手に金剛合掌の印を結んで
  そのまま入滅した。その後、多武峰の山に埋葬した。

  こういう訳で、最期の時に思い出したことは必ずなし遂げるべきである。それを知っていた
  聖人は碁を打って舞を舞ったのだ。
  聖人の死後、竜門の聖人の夢に聖人が現われて、
  「わしは上品上生に往生したよ」
  と告げたということだ。
  (『今昔物語集』巻12の33)


往生にはランクがある。
まずは上品・中品・下品があり、さらにそのそれぞれに上生・中生・下生と来るもので、
合計9つのランクに分けられる。
増賀が報告したという「上品上生」(じょうぼんじょうしょう)は最高ランク。

往生以外にも物や人の性質を同じ9つのランクに分ける分類法があり、
現代人もフツーに使う「上品」(じょうひん)や「下品」(げひん)は
この九品(くほん)がルーツだという。

増賀はもうすべてやり切って思い残すことはなかったから往生できたのか・・・
いやでも、最後の最後、死に際にはちゃんとしてるしな。


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最終更新日  2015年05月17日 22時41分48秒


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