戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年05月16日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
それでは、往生譚をいくつか紹介していきます。
全文を書いてたら相当長くなるので、往生に関する部分を中心とした要約です。
まずは成功例から。

トップバッターは玄奘三蔵に大切に扱われたという、 道昭 (原文では道照)さんです。


今は亡き道昭法師は河内の人で、中国に渡って玄奘三蔵の弟子となった。三蔵は弟子達に
  「この方は国に帰って多くの人々を教化する方なので、決して軽んじることなく、
  よくよくお世話するように」と言ったほどだ。道昭の知恵は無欠の玉のように円満完璧で
  あり、知識は曇りのない輝く鏡のようであった。帰国してからは各地を歩き回り、仏法を
  広めた。晩年には寺に住んで持ち帰った経典をもとに弟子たちを教え導いた。

  死に際しては身体を洗って着物を着替え、西方極楽浄土の方を向いて正座した。すると、
  部屋の中が光で輝いた。道昭は弟子を呼んで、この光が見えるかと聞くと弟子は見えたと
  答えた。そこで、道昭は「このことをむやみに人に言いふらしてはならぬ」と口止めをした。
  夜が明けようとする頃、光が部屋から出て庭の松の木をしばらく輝かせ、その後光は西を
  指して飛んでいった。弟子たちは皆驚いて不思議に思ったが、ちょうどその時、法師は
  西を向いて正座し、静かに心安らかに息絶えた。ひじりが極楽浄土に往生したことは
  疑いのないところである。
  (『日本霊異記』上巻第22) 


「浄土に往生する」ということについては 龍樹 (150-250年頃)も書いているようなので、
その歴史は相当長いことになるけど、タイトルから探した霊異記唯一の往生譚は


霊異記にも「死」は色々出てくるけど、転生してナントカになったとかって話の方が多い。
もっと多いのが現世の報いを現世で受けるという類の話で、
バリバリの因果応報話集であり現世に比重を重く置く。
たぶん、景戒や最澄の頃にはそれほど他人の死の状況がクローズアップされては
いなかったんだろうな。
これが、『今昔物語集』になると浄土教カラーが前面に押し出される。


今は昔、比叡山の西塔に仁慶という僧がおった。幼い頃に出家し長年山に住んでいたが、
  暇さえあれば法華経を読誦し真言の行法を修行していた。年輩になって山を下り、
  人の世話を受けて京に住んでいたが、諸国の霊場を旅することもあった。それでも毎日
  法華経一部を読誦することは欠かさなかった。最後は京にとどまったが、年をとるに従い
  世のはかなさを思い道心なども起こったのであろうか、わずかばかりの自分の僧坊の道具
  などを売り払って曼荼羅を描き、阿弥陀仏の像を造り、法華経を書写して四恩と世界の
  すべてのために供養をした。

  その後ほどなくして病になり、数日間病床で苦しんでいたが、それでも法華経の読誦は
  欠かさなかった。自ら誦経したほか、僧を招いて法華経を読誦させて心をこめてそれを
  聞いていた。そうして数日を過ごしたあと仁慶は息絶えたので、彼を葬った。
  その後、隣の人が夢を見た。

  空から五色の雲が妙なる音楽とともに大宮大路に降りてきた。髪を剃って立派な僧衣を
  身につけ、香炉を持った仁慶が西を向いて立っていたと思うと、空から蓮華の台が降りて
  きて、それに仁慶が乗るとはるか西を指して去っていった。その時、誰かが「仁慶持経者が
  極楽に往生するよ」と言っているのが聞こえた    

  目覚めた隣の人は、仁慶の僧坊に行って夢の内容を仁慶の弟子に告げた。それを聞いた弟子は
  尊んで喜んだ。また、四十九日の法事を終えたその夜、別の人が隣の人とまったく同じ夢を
  見たといって弟子の元に報告に来た。これを聞いた人々は、仁慶は必ず極楽浄土に往生
  したのだと言って尊んだということだ。
  (『今昔物語集』巻15の11)


往生譚で語られる往生のサインの定番はいくつかある。
仁慶の場合は五色の雲、妙なる音楽、蓮華の台、で西に向かうというものだけど、
その他には紫の雲がかかったとか、死臭どころかかぐわしい香りが部屋いっぱいに
広がったとか。


死者を極楽へ迎え入れるために雲に乗って出張サービスをしてくれるという
ありがたい仏様。
その親切な出張お迎えサービスの様子を描いたものが来迎図で、
阿弥陀様に従って雲に乗ってやって来る菩薩たちは音楽を奏でたり踊ったり、
みやびやかなパレードを展開している。

そこから発せられる音楽や香りが往生のサインとされたのだろう。
お迎えが来ているなら、行き先は間違いなく西方極楽浄土のはずなのだから。

仁慶は他人の夢の中で西を向いて立っていたけど、
道昭は西を向いたまま死んだ。
これはもちろん極楽浄土が西にあると考えられていたからで、
ゆえに 源三位頼政も平等院で西を向いて自刃した 。

ただ、死ぬ時だけではなく、阿弥陀様を信じる者は西方に対して
シツレイな事をしてはいかんというのがマナーだった。
たとえば、背を向ける。放屁放便をする。
これらはタブー。

平敦盛を討ったことで有名な熊谷直実はのち出家し、浄土教の巨人・法然の弟子となる。
そのため、京から鎌倉へ下向する際などは馬の背に鞍を前後逆に置いて
西に背を向けず後ろを向いて馬に乗ったという。
ことほどさように、浄土信者は西を大切にする。


次はギリ往生できたというケース。

今は昔、比叡山に明請(みょうじょう:原文では明清)という僧がおった。幼い頃に出家して
  真言密教を学び、長年密教の修行を怠ることはなかったが、その一方で道心も深く、日夜
  念仏を唱えて極楽に往生することを心から願っていた。やがて高齢になって軽い病になった。
  明請は弟子を呼んで、

  「わしは極楽への往生を願って長年念仏をひたすら唱えてきたが、わしの期待に反して今
  地獄の火が現われた。実に残念なことだが、だからと言ってやはりわしには弥陀のお力に
  すがるより他はない。だから、お前たちもわしと共に心をこめて念仏を唱えなければならん」

  と言って僧を集めさせ、明請の枕元で念仏を唱えさせた。
  しばらくして明請は最初の弟子を呼びよせて言った。

  「先に話した地獄の火はわしの眼の前にあったが、たった今それが消えた。そして西の方から
  月の光のようなものが射しこんできた。これは念仏を唱えたがために、まさに弥陀がわしを
  助けてお迎えに来てくださるという前兆なのだろう」

  と言って泣く泣く念仏をいっそう唱え始めた。弟子は喜んで、招いた僧たちにもそのことを
  伝えた。みなも尊んで一同でまた念仏を唱えた。
  それから数日後、死期を悟った明請は沐浴して身を清め、西に向かって端座合掌してそのまま
  息絶えた。その様子を見た弟子は、師の言った通り往生したことを喜んで、いっそう念仏を
  唱えた。これを聞いた比叡山の僧侶たちもことごとく尊んだということだ。
  (『今昔物語集』巻15の10)


説話集には失敗談もあるので、いくつか紹介しましょう。
ま、失敗してるのでこれらは往生譚とは言わないんでしょうが。

昔、美濃の伊吹山にひたすら念仏を唱えて過ごした僧がいた。ある時、夜もふけて仏前で
  念仏を唱えていると空から声が聞こえた。

  「お前は私を頼みとし、今はずいぶん念仏の数も積もった。そこで、明日の午後2時頃必ず
  やって来てお前を迎えよう。それまではゆめ念仏を怠ることのないように」

  聖はこれを聞いて一心に念仏を唱え、また約束の刻限にそなえて水を浴び香を焚き花をまいて
  弟子達にも念仏を唱えさせ西に向かっていた。そのうち、きらめく物があったので念仏を
  唱えて手をすってよく見てみると、それは仏の御身から放たれた光が射し込んでくるもので、
  花を散らし仏の白毫から射す光が聖の体を照らしている。聖は尻をさかさまにして拝み伏し、
  数珠の尾も切れてしまいそうだった。観音菩薩が蓮華の台を差し上げて聖に近づくと紫の雲が
  厚くたなびき、聖ははい寄って蓮華の台に乗って西に飛んでいってしまった。弟子たちは
  泣きながらも尊び、聖の後生を弔った。

  7~8日した頃、風呂を沸かすために下役の僧たちが木を伐りに奥山に入ると、遠くの滝を
  覆うように立っている杉の木の上から叫ぶ声がする。不思議に思って見にいくと、裸の法師が
  木に縛り付けられていた。木登りのうまい僧が登ってみると、それは先に極楽へ行ったはずの
  師の姿だった。

  「ど、どうしたんですか?一体、何でこんな目に・・・」
  と言って聖を縛り付けている縄をほどくと、
  「『すぐ迎えに来るから、しばらくこうしていよ』と仏がおっしゃったのだ。
  縄をほどくでない!」
  と聖は言ったが、近寄って解いてやった。
  「阿弥陀仏、わしを殺す者がいるぞ~!おうおう!!」
  と聖は叫んだ。
  そこで大勢の法師が木に登って、聖をかかえ下ろして坊舎へ連れて帰ったが、弟子たちは
  「情けない!あ~情けなや!!」
  と言って嘆き騒いでいた。
  聖はといえば、もう正気をなくしてしまい、2~3日後に今度は本当に死んでしまった。
  結局、聖は天狗にだまされたのであって、聖に智恵がないからこんなことになったのである。
  (『宇治拾遺物語』巻13の9) 


聖に智恵がないと言っても、生身の身体じゃ極楽へは行かれないんだから、
弟子達もおかしいと思わなかったのか。
なんにしてもお気の毒な話で、この聖がその後極楽へ行かれたのかはわかりませぬ。
ちなみに、この話のタイトルは「念仏の僧魔往生の事」です。


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最終更新日  2015年05月16日 22時32分27秒


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