戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年07月04日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
200話め。

200という数自体は想定の範囲内。
ただし、旅日記はまだあと1日と半分残ってる

本編を書き始めた頃、本シリーズではイベントを1つ用意していると書きましたが、
まだそれは出てきていない。
その場の勢いでつい色んなことを書いてきて200話に到達してしまったので、
もうイベントを書くのやめようかとも思い始めた。

けど、日本史に転向してからこれまで色々なことを勉強してきたけど、
本シリーズほど勉強が楽しく、また身に付いた内容はない。



浄土風な料理を数多く載せた。
ただ、晩年まで天台の学僧としての活動も平行して続けているので、
別のお盆に最澄と同じような料理を載せてしこたま食べたってカンジかな。

ついでに言うと、南都六宗の僧たちもそれぞれメインとなる料理はあったけど、
いずれも別のお盆に様々な料理を載せて色んなものを食べた。
最澄と空海以前の・・・いや、法然より前の僧たちはみんな
複数のお盆を使ったり何度も席を立って別の料理をおかわりしに行って色々食べた。

では、法然は?

法然がお盆に載せたのは、「念仏」料理1コだけだった。
まあ、信心とか多少の善行とかもいるようなことを言っているので、
純粋な念仏料理1コだけとは言えないかもしれないけど、

念仏料理の皿にいくつか少量のピクルスやトマトを載せた程度のもんかな。
料理としてはほぼ単品と変わりない。

源信の浄土のお盆とあまり差がないように思うかもしれないけど、
源信のお盆に載った料理は1つじゃない。
至誠心、菩提心、観想念仏、称名念仏、善行、戒といった小鉢をいくつも並べて

源信の浄土の世界はいくつもの要素によって構成されているもので、
どれか1つだけ食べればいいってものじゃないし、基本的にはどれが欠けてもいけない。

法然も源信のお盆は見た。
見たけど、源信と同じ数のものはお盆に載せずに、
源信のお盆を参考にした上で称名念仏だけを取って載せた。
これが法然の「選択」。


建久9年(1198)、法然は関白・九条兼実の求めに応じて
『選択本願念仏集』を著わす。
選択は浄土宗では「せんちゃく」と読み、真宗では「せんじゃく」と読むそうな。

お経に説かれていることをまとめれば、本来的には源信のように
いくつもの小鉢をそろえてしかるべきなのに、
法然はそうしなかった。
まさに、(称名)念仏「だけ」を選択したのだ。

これは思い切った決断ですよ~。
だって、日本には「 学徳の一物 」源信がまとめた往生ダイジェスト本、
『往生要集』があるんだからね。
しかも、源信は往生の行をこなしながら 霊山院釈迦講 なども行っており、
二十五三昧会のメンバーも源信に賛同して多くが釈迦講に結縁した。
これを踏まえた上でたった1つの称名念仏「だけ」を選択するというのは
当時からすると実に驚天動地とも言えるほどの革命的な出来事だったんじゃないかと思う。
実際、既存の仏教界からは

「ハア?称名念仏だけ~!?
オイオイ、何言っちゃってんだよ」


と反発が起こった。
井沢元彦氏(『逆説の日本史6』小学館)はここに

「おまえたちの主張は極端すぎる」

という言葉を当てているんだけど、メインはメインとしてありながらも
お盆に沢山小鉢を載せたり、あるいはおかわりしに行ったりして
色んなものを食べるのがセオリーだったのが、

「おや法然さん、一品しかお盆に載ってないじゃないですか」

「あ、私、これだけでいいんです」

となればそりゃ皆あぜんとするだろう。

しかも、阿弥陀ご一行様のご来迎を確信する信心は求められても、
それ以外の菩提心だとかは必要としない。

おそらく、法然自身はそれ以外のものを否定した訳じゃないと思うんだけど、
言葉のアヤとでも言うのか、「これとこれとこれもいるよ」としてしまうと
それが絶対的な条件となってしまって沢山の要件に拘束されてしまう。
だから、あえてそれらは取り上げず、最も必要なものだけを明確にしたんだと思う。
死ぬまで法然が戒を棄てなかったのも、そうした考えのひとつの現れなんじゃないのかな。

ほかを完全に否定しなかったのならそれは一種の教判と言えるかもしれないけど、
当時の考え方、修行のしかたからすれば法然の主張は「過激」だった。
なにか1つ「だけ」を「選択」するなんてのはそれまで誰もやらなかったことだから。

そして、法然に続く鎌倉新仏教のお祖師たちのほとんどは法然と同じように
「教判」じゃなく「選択」をしている。
ランク付けをして体系化するのではなく、選び取っているのだ。

ほかのお祖師たちが必ずしも法然のやり方を見て

「こういう方法もあるのか~」

と「選択」に走った訳でもないようだけど、法然への反発から出発している人もいる。
法然に学んだのであれ、反発したのであれ
法然以後1つの料理しか取らなかった人が続出したことは事実で、
そういう意味でも法然の果たした役割は大きい。
そしてその「選択」が主だった宗派となって、現代にまで続いている。
上で引用した井沢氏の言葉の「おまえたち」は1つの料理しか取らなかった方達を指します。


ここでは専門的な解説は省いているので(つか、できないし)、
わたくしなりに料理に例えて説明を試みてみましたが、
教判と選択の違いが今ひとつピンと来ないかもしれません。

わたくし自身もシロートの独学なもので法然のやり方は教判ではなく選択だと
思ってはいても、じゃあそれまでとはどう違うのかという上手な説明が付けられなかった。
それで『仏教の歴史』をぱらぱらと見返してみたんだけど、
頭の悪いわたくしは仏教史関係の本を読んでも1度じゃまったく頭に入らない。

読んでる時はいいんですよ。
けど、読み終わると何も頭に残ってない。
つまり、学生の時のような「勉強のための勉強」だと何も面白くもないし、
たいがいはその場限りで終わってしまう。
それが自分なりに考えたあとでまた戻って読み返すと、今度は面白いほど理解できる。
自分の頭の悪さにはほとほと嫌気がさしますが、まあ勉強なんてのはそんなものでしょう。

それで、『仏教の歴史9』の解説にしごく納得できる文章があったので
ひろさちや氏の説明を参考にさせていただきますと、
教相判釈というのは「内容」で価値・優劣などの判定をしたもので、
天台大師・智ギの場合は段階的な流れの中で最終段階を「法華経」とし、
最澄はその智ギの判定にのっとって「法華経」を最上とし
さらに独自のものも加えて日本天台宗を開いた。
空海も、顕密の優劣の判定の上に密教を最上のものと位置付けた。
南都六宗も同じことで、ここまでは「中身」を重視したもの。

ところが、法然の場合は判断の基準が違う。
前々回あたりに紹介したように、どの行も悟りへ行きつくものではあるけど、
今は時代が悪い。
末法の世には 教・行・証 のうち「教え」だけしか残ってないんだから、
こういう時代にはもう念仏で弥陀の慈悲にすがるしかないのだ・・・
つまりは「中身」じゃなく時代背景という「外的状況」によって
念仏を「選択」した、ってことになるらしい。

おお、さすがプロは違うな~と感嘆の声を上げましたが(当たり前です)、
法然の選択はわかりやすくとっつきやすいものになったけど、
いくつかの危険をはらんでいた。


法然という人はいい意味でアバウトで、法然の念仏に対する考え方は
とにかく念仏ができさえすればいい、念仏を妨げるものがあれば、
できることなら排除すればよかろう、という程度のものだった。
具体的には、こんな風に教えている。

同じ所に留まって念仏できないのであれば、行脚すればいい。
  行脚してできないのであれば、一つ処に留まればいい。
  出家して念仏できないのなら、在家になればいい。
  在家で念仏できなければ、出家すればいい。
  一人でこもって念仏できないのであれば、仲間と一緒に唱えればいい。
  仲間と一緒じゃできないのであれば、一人でこもればいい。
  生計が成り立たないから念仏できないのであれば、誰かに援助してもらえばいい。
  他人に支えられて念仏できないのであれば、自活すればいい。


妻子も一族も家来も領地も、自分の助けとなるものであり
念仏の助けになるのであれば持っていても全然オッケーだけど、
もし念仏の妨げとなるのであれば決して持つべきではない・・・

法然が流罪になっている時、途中で舟に乗った遊女が近づいてきて
春を売るような生業の者は地獄に堕ちるのかと聞いてきたことがあった。

もし貴女にほかの手段で生きられる道があるなら、遊女をやめなさい。
  ほかに手段がなくても、命をかける決意があるならやっぱり遊女をやめなさい。
  そのどちらもないのであれば、今のままでひたすら念仏を唱えなさい。
  阿弥陀様は貴女のような罪人を救おうとして誓願をたてて、女性を救うことを
  願っておられるのです。信心を起こせばいいのです。


また、『七箇条の起請文』に言う。

「真実」というのは、様々な嘘偽りの心がないことをいい、「嘘偽り」というのは
  貪りや憎しみなどの煩悩を起こして正しい念(おも)いを失うことをいう。
  貪りにはつつましい貪りと強欲な貪りがあり、我らの浄土宗で禁じるのは
  強欲な貪りの煩悩である。つつましければ貪りも差し障りはない。

  憎しみの煩悩といっても、目上の人を敬い、目下の人をいたわる心を忘れずに
  道理をわきまえる程度のことである。
  また、愚かな心は賢くしなければならないが、まずはこの迷いの境遇を厭い、
  浄土を欣(ねが)って家業よりも往生を大切に思って念仏に励むのなら、
  愚痴の煩悩はないに等しい。少々の愚かさは往生の妨げにはならない。
  この程度に理解しさえすれば、「嘘偽りの心」は消え失せて真実の心が容易に起こる。
  これを浄土宗の「菩提心」という。


縛りがゆるく、常識的でかつ現実的。
途中に「 厭離穢土 欣求浄土 」が入ってるう~!と気付いた方は、
いかに法然の言葉がわかりやすく身近なものに変換されているかもおわかりでしょう。
行にせよ考え方にせよ、平易な内容が多くの民衆を惹き付ける要素となった。


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最終更新日  2015年07月08日 23時38分47秒


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