戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年10月13日
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旗川にかかる白旗橋からの北西の眺め↓。


佐野・足利へ12


方角的にはあれは足尾の方だけど、見えてるのはもっと手前の山かな・・・

道はさらに細くなる。
白旗橋の先で、ようやくお目当てへの分岐が出た↓(場所は こちら )。


佐野・足利へ13


右に写ってる民家は錣(しころ)葺きか?
んで、正面の「田舎屋食堂」を曲がろうとしたら、



佐野・足利へ17


 【足利市重要文化財(考古資料)
  日光例幣使(街)道道標 二基

  左側の道場は安山岩製の四角柱型で高さ90cm、幅36cm、奥行38cmをはかる。
  造立時には上部に尊像様のものがあったと考えられる。正面に「佐野道」右側面に
  「足利道」左側面に「太田道」裏面に「元文五庚申十一月二十四日 下野国足利郡寺岡村
  宿」の銘が刻まれている。

  右側の道標は安山岩製の四角柱型高さ42cm、幅30.5cm、奥行30.5cmで
  ある。塔身には正面に「日光道」「道祖神」「佐野道」、左側面に「江戸道」「館林道」
  「○主 山本兵蔵」、右側面に「善光寺道」「太田道」「足利道」、裏面に「寛政三辛亥年
  ○月吉祥日」、また各面には「東」「西」「南」「北」の銘が刻まれている。

  として貴重である。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)

で、「左側の道標」がこちら↓。


佐野・足利へ15


上部が少しくぼんでいるので、なにか像が置かれていたと

尊像つきの道標か・・・
どんなのが上に乗ってたんだろう。

「右側の道標」がこちら↓。


佐野・足利へ16

こちらはだいぶ損傷が激しい。
でも文字はよく残ってる方だよな。
ただこれ、田舎屋食堂さんの店先だから全方位から見るのはちょっと控えたけどね。

殿町通りから県道67号線に出てここまで来るまでの間、
一部例幣使街道を歩いてきたことを知ったのはこの解説板によるものだった。

例幣使誕生の経緯については 「上野第二編(55)」 で簡単に書いてますが、
伊勢の例幣使を復活させるついでに家光が東照宮への例幣使をあらたに設置した。
その例幣使・・・朝廷からの勅使が通ったのが、日光例幣使街道。


江戸から日光へ行く場合、江戸城から千住・草加・越谷などを抜けて
古河~宇都宮に出るまでほぼ真北へ向かって北上してから
宇都宮の先でゆるやかに北西へ回り込んで日光に至る。
これが日光道。

将軍の日光社参の場合は、江戸城から幸手までは日光道の西にある日光御成道を通って、
そこから先は日光道で北上する。

が、日光例幣使街道は群馬県高崎市の倉賀野宿を起点とする。
大ざっぱに図にするとこんな感じですかね~↓。


日光へ


倉賀野からうねうね蛇行しながら西へ向かって佐野を通り、
北へと向きを変えて楡木宿で壬生道に合流してそのまま壬生道を今市まで向かう。
なんで倉賀野が起点なのかといえば、中山道から分岐してるからです。
つまり、勅使は京を出発して中山道を通ってくる訳です。

山越えして群馬県に入ると、中山道は高崎あたりから
ゆるやかなカーブを描いて南東へ下りていく。
日光へ向かう勅使は南東へは下りずに、倉賀野から例幣使街道を取って東へ向かい、
佐野の先からぐぐっと北上して日光へ向かう。

勅使は3月末、または4月1日に京を出発してだいたい15日間の行程。
天気が悪かろうが具合が悪かろうが、4月15日には日光に入らなければならない。
もう、おわかりですね。
イエアスの命日(4月17日)にあわせて行われる例祭に参加して、
東照大権現様に幣帛を捧げるのが勅使のお勤めなのです。

例幣使には色々面白い話もあるんだけど、それはまた別の機会に書くとして、
例幣使街道は勅使だけではなく、西国の大名の社参にも使われたらしい。


で、写真の道標は元からこの場所にあったのかは書いてないけど、
位置と方角から考えておそらくこの場所にあったものと思われる。
というのも、


佐野・足利へ14


これが田舎屋食堂さんのところを南に曲がる道ですが、
勅使はまさにこの写真の奥からわたくしがいる場所まで来て、
県道67号線を東に折れて白旗橋のあたりを渡っていったようなんです。

いやあ~、街道は歴史ファンにとってはロマンだよな~。

歩くのが苦にならないわたくしは、いつか例幣使街道を
自分の足でたどるのもいいよな~と思って帰ってから調べてみましたが、
途中杉並木などもあるようなので、あまりさびしい道だったら
ちょっとマズいかな(←今さら)と思って現在の状況について検索してみたところ、
なんか途中には廃墟のホテルだかで「出る」ところがあるらしく、
わたくしの大ッキライな○○スポットの記事ばっかり引っかかった
ので、例幣使街道踏破はしないかと思います・・・


さて、白旗橋からここまでも例幣使街道を歩いてきたことになりますが、
ここから南へ向けてもうしばらく例幣使街道をたどります。


佐野・足利へ18



佐野・足利へ19


きらびやかな勅使一行や大名行列が通ったとは思えないほど
のどかな風景。
少し歩くと前方にこんもりした丘が見える。
あれが地図にある「岡崎山古墳群」かな↓。


佐野・足利へ21


古墳群の手前に道標らしきものが見えるので凝視しながら近づくと


佐野・足利へ22



佐野・足利へ23


出た出た!
良源さんはもう近いぞ
道標に従ってわたくしは左の道を入ったので、これで例幣使街道とはお別れ。
だだっ広い田んぼの中なので風も一層強く吹き付けたけど、
道沿いには次のお目当てを示す看板が続いているので、
旗川沿いの道を歩いていく↓。


佐野・足利へ24


道なりにぐるっと回り込んでいくと、その先にあるのが
第2の良源さんが待つお寺、「寺岡山元三大師」↓。


佐野・寺岡山薬師寺


このお寺を知ったのはいつだったっけ・・・
惣宗寺に行くならどことセットにしようかと考えてた時だっけ。
それとも、関東近郊で良源さんを祀る寺などを調べていた時に知ったんだっけ。
ま、ともかくつい最近知ったお寺であることに違いはない。

寺岡山元三大師は正式には「寺岡山薬師寺」・・・だと思う。
こちらのお寺ではホームページも開設してるんですが、
なにしろとにかく良源さんをばば~んと前面に出してるもので、
寺のホームページに寺名が書いてないという

千葉では(たぶん)放映されませんが、薬師寺ではCMも作っているらしく、
薬師寺のホームページでCMを観た時、申し訳ないですが
ぶっちゃけ爆笑しました。
いや、とにかくインパクトのあるCMなので。

CMに流れる歌も独特で面白いので、繰り返し観て歌を覚えましたが、
一緒に歌ってるうち、庶民の願いを支えてきた寺の雰囲気をよく表現してると
思うようになりました。
慣れたせいもあるけど、わたくしはこの歌、好きですね。
興味のある方はぜひホームページでCMをご覧になってみてください。


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最終更新日  2015年10月13日 23時57分05秒


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