2012年04月01日
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おはようございます。新しい年度、新しい週がスタートしました。最高にすばらしい時でありますように。今日は、祈りの確かさについて分かち合いたいと思います。

2009年2月に大阪教区の宮本勝美神父は病気で天に召されました。85歳でした。アウシュビッツ収容所において妻子ある囚人の身代わりとなってガス室で殉教の死を遂げたマキシアノ・コルベ神父と同じフランシスコ会でした。奇しくも同じ時期、宮本さんは日本で同じような身代わりの犠牲者になる体験をしたのです。

宮本さんは神学校で8年間の学びを終えて、神父として活動を始める直前に徴兵されました。海軍に召集され鹿児島で兵役について間もなく、上官の命令で彼の小隊から七名がフィリピンの激戦地へ送られることになりました。七名の選抜はくじ引きで行われました。
選ばれた中に大阪豊中のお寺の住職がいました。彼には奥さんと三人の子供がいました。任命を受けたその夜、同じ部屋で隣に寝ていた住職は非常に苦しんでいる様子でした。「宮本、オマエも選ばれた七人の中に入っているのか」。「いや、オレは入ってなかったよ」。「そうか、よかったな。オレは選ばれてしまったんだ。もしオレが戦地から帰ってこれなかったら、妻や子供たちはどうなるんだろうか。お寺はどうなってしまうんだろうか」。死を目前にして不安と恐れで、彼は肩を落としてうずくまってしまいました。

宮本さんはそれを聞いて住職に大変同情しました。しばらく神に祈ると、「あなたが身代わりになって行きなさい」という導きを受けました。すぐに決心して、住職に言いました。「じゃ、オレが代わってやろう」。「オマエには妻と子供がいる。オレにはいないからオマエに代わって船に乗るよ」。

翌日、宮本さんは小隊長に自分の決心を告げました。「宮本、バカなことを言うな!生きて帰れる保証はないんだぞ。お前、自分の言っていることが分っているのか!」。小隊長にガンガン怒鳴られましたが、宮本さんの決心は変わりませんでした。やむなく、小隊長はしぶしぶ認めてくれました。それを住職に伝えると、「済まないなぁ!」と、涙を流して喜んでくれました。

しかし、宮本さんはその夜から神に必死の祈りを捧げました。「主よ、ようやく神父として福音の伝道を始めようとした矢先の出陣です。どうか生きて帰れますように守ってください!」。それこそ扉をバンバン叩くように激しく祈りました。

宮本さんの乗せられた船は八千トンの貨物船です。船の中でも必死の祈りは続きました。船は戦地フィリピンへ向け出航しました。航海の途中で敵の戦艦が待ち伏せしているとの報せが入り、急遽、針路を台湾に向けて進んでいきました。しかし、貨物船は図体が大きく船足は遅いため、すぐに敵艦に見つかってしまい、猛攻撃を受けました。潜水艦の魚雷攻撃と飛行機の空爆で船は爆破し、数分でアッと間に撃沈。

ところが、船の爆破で気絶した宮本さんは爆風によって海上に吹き飛ばされました。気絶した人間は海底に沈みません。なんと彼は気絶したまま波間に浮かんで丸一日漂流しているところを米軍に発見されて、救助されました。捕虜として台湾に送られ、二年間の収容生活を終えて、終戦とともに日本に送還されたのです。



帰還後、宮本神父はブラジルに渡り、大いに福音宣教の働きに従事したのでした。

みなさんの祈りにも神は必ず答えて下さいます。祈りつつ毎日を過ごして行きたいですね。





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最終更新日  2012年04月02日 07時24分06秒
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