2012年07月21日
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権利を声高に主張にする人を見たことがあるでしょうか?それは必要な場合もありますので一概に言えませんが、概してみにくい姿をさらすことになります。

あるスーパーで、店の入口に近い駐車場が車椅子マーク付いています。そこに一人の体の不自由な人が自分で車で運転をして買い物に来ました。いつものように、車椅子マークの付いた駐車場に駐車しようと思ったら先客がいました。見るとその車には車には車椅子マークのシールが貼られていないので、健常者の車と思い込み立腹したようです。

レジで怒鳴る声が聞こえるの様子を見ていると、その体の不自由な方が店員に激怒しながら、「あそこに健常者が車を停めている。あなたたちはなぜそれを見過ごしにするのか?何をやっているのだ!私は車椅子に乗っているんだぞ、なぜ見て見ぬ振りをするんだ!買ったものを車まで運んでくれ!」と、権利の主張をしていました。ほとんどの人があきれ顔で一部始終を見ていました。

通常、権利は自分で主張するものではなく、他の人から認めてもらうものです。この方が苦労しながら車椅子を操作して買い物をしていたら、「良かったらお手伝いしましょうか?」と、店員でなくても誰かが声をかけてくれるものだと思います。

最近、喫煙できる場所が減っていますので、喫煙者は肩身がせまい思いをしていると思います。だいぶ前から使われた言葉にホタル族というものがあります。お父さんが、奥さんや子供たちに遠慮して、タバコを一人でベランダで吸ってる人のことです。夜の暗闇の中で、タバコの火が付いたり消えたりするのがホタルの光のように見えるからでしょう。このお父さんは、「自分にはタバコを自由に吸う権利がある!」と自分の権利を主張したのではなく、「他の家族に受動喫煙喫煙させてはいけない!」と、家族の権利を守るという自分の義務を果たしていました。

しかし、条例で灰皿のないところでタバコを吸ってはいけないという決められているにもかかわらず、平気で吸っている人を時々見かけます。しかも、それを注意した人に対して逆ギレして、怒鳴り散らしている人を何度か見たことがあります。この人は、「タバコを吸う自由と権利がある!」という主張をする前に、条例で決められているように、「灰皿のないところでタバコを吸うのは良くないなー。今は吸いたけれど我慢しなければならないなー。」と義務を果たすなら、タバコの煙で嫌な思いをする人がいないですし、人から注意されて腹を立てることもありませんし、灰皿のあるところに来た時の一服がまたたまらないことでしょう。

家庭の中で争いが起こるのは、おそらく権利を主張し合うからではないでしょうか?
聖書には、「キリストを恐れ尊んで、互いに従いなさい。・・・妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。・・・夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。」と書かれています。
この言葉は、権利を主張する勧めではなく、義務を果たす勧めです。神は夫に対して、「妻を愛せよ。たとえ従わない妻であっても愛しなさい。」と教えます。そのように、夫が妻を愛したら夫婦喧嘩は夫婦円満に変わります。



しかし多くの場合は、妻は夫に愛を求め、夫は妻に従うことを要求します。権利の主張からは平和は生まれません。

私は平和運動に反対している訳ではありませんが、平和運動は、平和という大義名分を掲げ、平和の名のもとに権利を声高に主張し、平和を壊している可能性もあります。

最近の原発反対デモは、国民の安全と生活を第一に考えるべき政府が、福島第一原発の事故も収束していないのに、国民の声を聞いていないかのように原発を推進しているので、これは必要なことだと思います。そして、今日のこのテーマの話の中で論じるのは難しいですが、反対運動のデモは、敵意を持って行うのではなく、その心の痛みや苦しみを訴えて行くことが大切だと思います。また、総理大臣は、直接選挙で選べるように改革して行かないといけないなーと感じますね。

話が広がりましたが、どうぞ私たちは、自分に与えられた義務を果たすことに思いを集中し、自分の権利を主張することを極力減らして行けたら幸いだと思います。そして、愛に近づき、他社からも、愛される生き方につながって行くのではないでしょうか?

最後に、権利の主張を減らして、感謝する心と言葉を増やして行ったらどうでしょうか? また、義務を果たすことを増やし、そこに愛を込めて行なって行けたら素晴らしいですね。今日は、道徳的な話をしましたが、その話を聞いたからと言って人が変われるのではありません。人が変わるのは、権利の主張を下ろし、義務を果たして下さったイエス・キリストとの出会いによってです。キリストは、神ですから、人を裁く権利があります。しかし、人を裁くのではなく、その裁きを自ら身代わりに十字架で引き受けて、死んで甦って救いの道を与えてくださいました。この方との出会いが人を新しくし、新しい人生をスタートすることができます。共に人生を再出発しませんか?





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最終更新日  2012年07月21日 12時43分30秒
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