2012年08月29日
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私は、時々自分の人生を振り返ることがあります。思い付くのは、悲しい、苦しい、つらい経験です。なぜか、そういう時の方がなつかしく感じます。そして、案外、思い通りに行った時のことは印象に残っていなかったりします。みなさんはどうですか?

私は、人生に行き詰まった時、当時、宗教としてのキリスト教を嫌っていましたが、「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。」と語られたイエス・キリストと出会うことができて、どん底から救われました。

その後も、試練を何度も経験して来ましたが、苦しみの経験を通して、神に近づけられ、神と親しくなり、その苦しみや涙が喜びと笑いに変えられて来ました。さらに、苦しい経験は、私をへりくだらせてくれましたし、一番大切なものが何かを教えられましたし、苦しみを経験することで、人の心の痛みを少しづつ理解できるようになりました。

思い返すと、私に取っての苦しみは、いつの間にか、輝く宝のような祝福に変わっていました。

聖書には、「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。」(詩篇119:71)と書かれています。

「苦しみに会ったことが幸せだった」とは、嘘では言えません。しかし、詩篇の記者が語った言葉は、そのまま私の人生の中でも起こりました。

苦しみは、苦しいから苦しみです。その時、まず出て来る感情は、拒絶や否定されることによる打撃で、ハンマーで叩かれたような痛みです。そこから逃げ出したり、何とか回避したい、現実逃避したいという気持ちになります。しかし、逃げ出すのではなく、弱く小さい自分自身と向き合うと、そこにイエス・キリストが待っていて下さり、両手を広げるようにして私を抱きとめて下さいました。神は、苦しみの中に共に居て下さる方なのです。その時、苦しみが宝に、マイナスがプラスに、ピンチがチャンスに変わりました。

私たちに取って、うれしいこと、順調にもの事が進むこと、成功すること、良いことが起こることは感謝です。しかし、つらく悲しいこと、思ったようにもの事が進まず、失敗し、挫折し、行き詰まることがあっても、そのただ中で神と出会ったら、全て良いことに変えられますので、そのことも感謝できます。つまり、どんな時にも、どんな状況の中にあっても感謝して生きて行けるのです。私は、そんな素晴らしい人生を発見しました。



週の後半になりました。人生は楽しいことばかりではないはずです。朝が来たらまた夜が来るように、つらいこともたくさんあるだろうと思います。しかし、朝も夜も、いつも神が一緒にいて下さいます。良い一日でありますようにお祈りしています。





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最終更新日  2012年08月30日 07時38分23秒 コメント(1) | コメントを書く


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