2012年10月27日
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イエス・キリストは、「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」と語りました。すごい言葉ですね。

元プロレスラーのアントニオ猪木は、「限界なんて言葉はこの世の中にはない、限界と言うから限界ができるんだ。」と語りました。

米国の著作家ナポレオン・ヒル博士(Napoleon Hill 1883-1970)は、「心に抱いて信じたことはどんなことでもかなえることができる。」と語りました。

これらの言葉は、「心で願い、信じるならどんなこともできる」と語っていますが、前提があります。

100歳の人が強く願い、確信したらオリンピックで金メダルが取れるか?と言ったら、無理な話です。

「自分」という言葉は、「自身に与えられた分」と書きますが、人にはそれぞれ分が与えられています。分を超えて何かをしようとすると思い上がりです。

多くの人は、「自身に与えられた分」を知らずに生きています。その分よる遥かに低く生きている人もいますし、「自身に与えられた分」と違う自分になろうとがんばっている人もいます。残念なことです。

どうしたら、「自身に与えられた分」を知ることが出来るでしょうか?


「あなたの若い日に、あなたの創造者(神)を覚えよ。」(伝道者の書12:1)

自分を造られた神と出会ってこそ本当の自分を知ることができます。あなたは神と出会っていますか?

最近、多くの人が聖書に知的興味を持っています。しかし、聖書に書かれているイエス・キリストと出会うことがなければ本当の意味では聖書を読んだことにはなりません。

世の中の自己啓発は、「どんなことでも信じるなら現実になる」と教えますが、これは前提である「自身に与えられた分」を知った上でのことです。自分に与えられた分を知り、それが必ず実現することを信じなければなりません。そのためには、自分を造られた神を知り、神と出会う必要があります。

自己啓発書や自己啓発プログラムはなぜ神を語らないのでしょうか? 人々が神に興味がないからです。

自己実現や成功を植物の花や実に例えたら、神は種や根っこの部分です。種や根っこは地味で、あまり美しくないかも知れませんが、花や実は種や根っこがなければ決して存在することはできません。同じように、神を知り、神と出会い、神と直結した人生を生きないならば、人生で成功という花を咲かせ、実を結ぶことはできません。

「見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」(マタイの福音書28:20)。

教会では、日曜日に神と出会い、神に礼拝を捧げます。はじめての方は一度教会に行ってみませんか? クリスチャンの方は教会に行き、神と出会い、神を礼拝し、神と共に一週間をスタートしませんか? 本当の自分を知り、本当の自分を目指して今週も歩んで行きたいですね。

教会に行けない人にはインターネットで礼拝に参加できます。よかったらどうぞ。

〈1〉朝10時半~昼12時 〈2〉夕4時半~6時「教会の集会を生放送」します。 (後ほど、録画放送のURLもお知らせいたします)

ニコニコ動画  http://nico.ms/l/co114841


教会(Church)HP http://www.geocities.jp/sgr_ch/
説教要約(Sermon summary)blog http://pastor.ti-da.net/





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最終更新日  2012年10月28日 07時19分45秒 コメント(1) | コメントを書く


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