2012年10月28日
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振り返って見ると、私の人生は試練の連続でした。神を知らない時に会う試練は、逃避したり、何かで気を紛らわすしか方法がありませんでした。「何で俺ばっかりこんな苦しい目に会わなければならないのか。」とつぶやいたものです。

神を信じた後の試練は、神をズボンと譬えるとするならば、神と私を結ぶベルトのようなものです。ベルトがなければ、ズボンが簡単に脱げてしまうように、人生に試練がなかったら簡単に神を忘れ、神を必要としなくなってしまいます。

私を含めて、人生で試練がない人は誰もいません。

身から出た錆びのゆえに苦しむことがあります。お金や異性や名誉の誘惑に負けて、不正を行なったことの罰や報いを受けることがあります。

人に迷惑をかけないように、正しく誠実に生きていても試練はやって来ます。交通規則を守って安全運転をしていたのに、後ろから追突されて体に障害を負わされた人、貧血で輸血したらエイズに感染してしまった人、田舎で静かに暮らしていたのに、強盗に入られて家族が殺されてしまった人もいます。

些細な試練であるならば、日常茶飯事だろうと思います。家庭や職場、学校や地域での人間関係や、経済的な問題もあるでしょう。

どんな種類の試練であっても、試練は、神と私たちを結ぶベルトのようなものです。自分の不甲斐なさのゆえの苦しみであったとしても、神は赦しの神ですから、決して外れないベルトであなたをしっかりと結ばれます。

予期せぬ大きな試練も、「神がいるのになぜ?」と疑問が湧いて来るかも知れませんが、祈るならば、すぐに神とあなたがベルトで結ばれていることに気づくはずです。どんな試練も、ズボンを落ちないようにしめるベルトのように、神とあなたを結びます。



作家の三浦綾子さんは、病を背負いながら夫婦で二人三脚で歩んで来ました。「病いは私に取って宝です。」と語りました。

詩人・画家の星野富弘さんは、「神様がもう一度生まれ変わらせて下さって、健康な体を下さるとしても、今のままで十分に幸せなのでお断りしたいです。」と語りました。

試練は、人を不幸にし、神と人間を引き裂くものではなく、自分の弱さと神が必要なことを知らせ、神を求めるようにさせ、結果、ベルトで固く結ばれたズボンのように、いつも一緒にいて助けて下さいます。

試練は神の怒りや刑罰ではなく、神がご自分のもとにあなたへの招きです。神はあなたを愛しています。

『見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます』。と聖書に書かれています。

神は、いつもあなたと共におられます。素晴らしい一週間でありますようにお祈りいたします。





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最終更新日  2012年10月29日 07時15分10秒 コメントを書く


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