2013年01月06日
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「明日のことを心配しない」生き方は、「なるようになる」「ケ・セラ・セラ(Que sera sera)」人生とは少し違います。

「なるようになる」と考えて自然体で生きることも素晴らしいですが、明日に向かってのビジョン、目標、計画を持って、全力で生きて行くことが大切です。

「明日のことを心配しない」生き方は、「今日のことに一生懸命」に生きて、「明日のことを悩まない」生き方です。

昨年、兵庫県尼崎市の一連の「死体遺棄事件」で逮捕されていた角田美代子容疑者が、警察の留置場で自殺したのは、「明日のことを心配した」からです。ある意味、賢かったのです。
その賢さは、究極の自己中心さから出ているもので、自分の思い通りにならなければ、相手を殺すことをくり返して来ました。

彼女は、「もう生きてシャバ(娑婆)に出られない」ということを直感的に悟ったのでしょう。思い通りに行かなければ、人を殺してでも思い通りに生きた人が、一生思い通りに行かない牢屋に入れられ、最後は「死刑」で処刑されるくらいなら「生きている意味がない」「自殺した方がマシだ」と思うのは自然なことです。

自殺を肯定するわけではありませんが、人が自殺に至る心理状態を教えてくれます。最初は小さな問題、小さな悩みから始まっても、くよくよし、心配し続けると、悩みはどんどん大きくなって行きます。「明日を迎えたくない!」「もうダメだ!」という結論に至り、「どうせダメなら明日になる前に死んでしまおう!」と思い詰めて、自死を実行してしまいます。

「明日への心配」が人を自殺に追い込むなら、「明日への心配」をやめて、「今を生きることに集中」してみたらどうでしょうか?



明日になったら問題が解決しているかも知れませんし、依然として問題があっても、明日になってから心配したらいいのです。これは、「橋は橋のたもとに来てから渡る」ことと似ています。
キリストが教える生き方は、「今日一日の枠の中で生きる」ことです。明日になったら、明日が今日になり、その時から、また「今日一日」を生きたらいいのです。

今日一日を、私に与えられた「唯一の日」と考え、「最高の日」として全力投球で生きて行きましょう。祝福を祈ります。





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最終更新日  2013年01月07日 07時50分41秒 コメントを書く


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