2013年01月22日
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人が最上の幸福感を感じる時は、「愛されている」という実感がある時です。私たちは、この「愛されていると」いう実感が必要な存在です。

人は、生まれてから3歳くらいまで、親からの無条件の愛を受けるものです。無条件の愛が必要だからこそ、赤ちゃんはかわいらしくあるのではないかと思います。

しかし、3歳を過ぎたくらいから、無条件の愛は条件付の愛に移行し、教育がはじまります。教育が教育となるためには、3歳くらいまで無条件の愛を受けた土台が必要です。教育とは、「そのままではダメですよ」というメッセージだからです。
多くの若者が、適切な教育を受けなかったことによって、わがままになり、人の話が聞けず、社会に適応できなくてニートや精神病や引きこもりになってしまっています。


親御さんから相談を受けて話を聞いていますと、非常に優しい方々なのでびっくりすることがあります。もしかしたら、わがままな姿に対して教育をしないで、「いいよ、いいよ」と言って、言われるままに物を買って上げたりしたのかも知れません。あるいは、反対に、無条件の愛を十分に注げなくて、教育が教育として受け止められなかったのかも知れません。

もし無条件の愛を受けそこなったとしたら、今からもう一度受けることは限りなく不可能に近いです。

人は、無条件の愛を恋愛や結婚をしますが、そこに無条件の愛はありません。相手も無条件の愛を求めている人だからです。

お金を出したら無条件の愛を手に入れることが可能でしょうか? お金のあるうちは、多くの人が近づき、無条件の愛があると感じるかも知れませんが、「金の切れ目が縁の切れ目」です。



無条件の愛は、絶対に必要なものなのに、一体どこに行ったら受けられるのでしょうか?

たった一つだけ無条件の愛を受ける方法があります。イエス・キリストの十字架を通して与えられる神の愛です。神の愛は、今、この瞬間も、あなたが信じるなら与えられる愛です。3歳までに受けそこなった無条件の親の愛をはるかに超えるものです。

だから神にあっては、人生をどこからでもやり直すことが出来るのです。

私は、18歳の時に神を信じてクリスチャンになりました。それから、たくさんの紆余曲折がありましたが、一つだけ失わなかったものがあります。神から愛されている実感です。図々しいくらいに、「神は私を愛して下さっている!」と感じています。

愛されている実感は、どんな状況にあっても、どんな試練が押し寄せたとしても、喜びと平安と幸福感を失うことがありません。

あなたは、親の無条件の愛を受けられなかったかも知れません。何らかの事情で、親の愛を知らない人もいるかも知れません。神は、孤児の父です。「たとい親があなたを捨てたとしても、私はあなたを捨てない」方です。

神は、キリストの十字架を通してあなたを無条件の完全な愛で愛しておられます。この事実を信じて下さい。無条件の愛こそ、あなたに絶対不可欠な人生の土台なのです。この愛があれば、どんな教育も素直に受けられますし、どんな逆境をも乗り越えて行く力となります。

無条件の愛とは、あなたの現在の行い、あなたの過去に左右されない愛です。

神の無条件の愛を受けるために、神の御前に進み出て下さい。キリストは、『すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。』とあなたを招いています。無条件の愛はそこにあります。悲しみは喜びに変えられ、傷はいやされ、どんな時にも大丈夫という平安が心を満たします。祝福を祈ります。





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最終更新日  2013年01月23日 08時12分38秒
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