私の脳内吐露

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けんいち0630

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2008.01.15
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テーマ: たわごと(27816)
カテゴリ: カテゴリ未分類
 生きていくうえで「なぜ」を問うことは重要である。自分のおかれた状況を稚拙ながらも解釈しようと努力する姿勢は、現在の自分から一歩前へ、上へ這い上がるための原動力だからだ。だが同時に、現在の状況のみで安易に決断をくださないということもまた重要である。現状に行き詰まると、逃避のためにこうした安易な決断をくだしやすい。この行動は、末期ガンの患者にモルヒネを注射するのと同じで、物事の根本的な解決には全くなっていない。

 最近僕はマラソンを趣味としている。とは言っても、ハーフマラソンの大会に2回でたというだけのヒヨっ子ランナーなのだが。走り続けて疲れてくると、僕も「なぜ走るのか?」と自問する。こうした思考は、疲れと比例して自分に重くのしかかってくる。そして、今ここで走るのを止めればラクになれると考えるようになる。こうした問いかけをゴールまでし続ける。

 誘惑に負けずゴールしたとき、疲弊感よりも何よりもまず「これでよかった」と思う。走るのを止めなかったことをよかったと思うのだ。「安易な決断」をくださなかった自分を正しいと思える、これすなわち「自信」というものだ。「何故走るのか」の答えも自ずと見えてくる。

 気をつけたいのは、ここでいう「答え」は「最適解」であって「理論解」ではないということだ。あくまで実験的に得られた解でしかない。理論解が見つかってしまったら、もはや走る意味はないだろう。また新たな最適解を求め僕は走るのだ。

若干散文的になってしまったが、2回目のハーフマラソンを終えての「気づき」を簡潔にまとめてみた。





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Last updated  2008.01.15 23:42:38
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