いつか南の島へ

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kakashi3108 @ こんにちは♪ 新着から来ました。まずニコラスケイジの…
shapocliak @ はてさて こんな偏屈で無責任なババアの言うことは…
リリア~ナ・ギッシュ @ なんか おもしろそう!アニメってあんまり好きじ…

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2005.04.03
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カテゴリ: カテゴリ未分類
はじめてBSでバチカンで行われているクリスマスのミサを見たのはいくつのときだっただろう。

サンピエトロ広場は暗く静まり返り、あちらこちらでロウソクの灯が揺れている。
それとは対照的に、大聖堂(礼拝堂か)の中は目がくらむような光に包まれ、
何語なのかもわからないような魔法の言葉が、抑揚のついた音となってあたりに響いている。
厳かで、静かで、清潔で、強くて。
ただ涙が溢れた。
理由などない。
誰もがひれ伏す、全てを覆す、圧倒的な力がそこにあった。
この力こそ「神」という存在そのものなのかもしれない。


全てを見通すような力強い眼差しと優しい微笑み。
その声は、言葉の持つ意味を超えて聴くものの心に届き、思考は感情に置き換えられ、心臓の鼓動に訴えかけてくる。
「魂が揺さぶられる」ということはこういう事をいうのか。
神はこの世の全てのものに祝福を与えてくださる。
誰もが許される。
私も許される。
心の底からそう思えた瞬間だった。

あれからもう何年になるだろう。
彼が何処の国を訪ねて、世界の平和のために何をしてこられたのか、よくは知らない。
私のように、年に一度クリスマスにだけにわかクリスチャンになるようなふざけた人間にとっては、彼との間柄は、常に1対1であり、常に許しと救いだった。
自分の悲しみや後悔を、年に一度彼の佇まいや言葉を受け止めることで浄化していたのだ。

だからこんなに悲しいのか。


めでたしせいちょうみちみてるマリア
しゅうおんみとともにいまします
おんみはおんなのうちにてしゅくせられ
ごたいないのおんこイエズスもしゅくせられたもう

つみびとなるわれらのために
いまもりんじゅうのときもいのりたまえ
アーメン





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Last updated  2005.04.05 01:33:14
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