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授業中に車をみがく先生
私が先日、ふと学校へ散歩に出かけたときでした。生徒たちは授業しているのに、玄
関のところで一生懸命に先生が車をみがいておられます。その辺りにはマイカーらしき
ものがたくさんあります。先生も便利なものを持っておられるなあと感心しましたが、
ただ一つ気になるのは授業中、一生懸命に愛車をみがいておられるということです。
「声 5 1961-1965」
(朝日文庫:朝日新聞社 1984年)より
「読者の声が文庫に」

「声」は、朝日新聞の読者投稿欄「声」に掲載された記事を文庫化したもので、自分の手元にあるのは、「声4 1956-1960」、「声5」、「声6 1966-1975」の3冊である。
ここに取り上げた「授業中に車をみがく先生」は、大阪八尾市の学生(実名記載あり)さんが投稿したもので、1965年11月9日に掲載されている。今から47年前の、「マイカー」という言葉が現実のものとなりつつあった世相を反映している。
自分の中学生時代とも重なるが、自分の通った中学校は田舎だったからかマイカー通勤の先生は記憶にない。ほとんどの先生が列車かバスでの通勤だったような気がする。
「授業中に車をみがく」という話から、このころは学校がまだのんびりしていた時代だったことがわかる。今の学校の先生たちは、土曜も日曜も部活動や諸行事、校外指導などに追われ、休日でさえも自分の家で車をみがく余裕もないようだ。
学力向上、IT機器の活用など、めまぐるしく登場する新しい課題に関する研修や報告に追われ、社会問題化している「いじめ問題」にもエネルギーを注がねばならない。半世紀前の「のんびり学校」と現在の「あわただしい学校」、まさに今昔の感がある。
投稿は次のように続く・・・
最近は先生も全くサラリーマン化したとよくいわれます。確かに先生というのも一つ
の職業には違いありませんが、他の職業と全く同じように考えてよいでしょうか。授業
を事務的にサッサと切上げ、車を手入れするのを見て、生徒はこういう先生を心から信
頼しているでしょうか。
~後略~
ただ、この投稿が実際に眺めた光景だけをもとに書かれている点は注意する必要がある。
ひょっとすれば、この先生は「夜間ずっと生徒指導で駆け回っていてやっと一段落して車を洗っている」のかもしれない。だけど、この学生さんが書いているように「授業をサッサと切り上げ車をセッセとみがいている」のかもしれない。
ただ、いつの時代も学校や先生は地域や保護者から見られる存在であると、いうことは学校教育に携わる者すべてが心得ておかねばならないことであろう。
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