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『好き』ということは、その好きなモノ、事、人等を考えると、自分にとってプラスになるということになる。
このプラスになるというのは、元気が出てきたり、ドーパミンが脳内に分泌されたりという意味で、必ずしも打算的な思考でのプラスではない。
また好きなものは、 身体的にも良い影響も与えてくれる
ものだ。
なので、私が思考するところによると、タバコや酒も決して悪いばかりではないということである。
何でも度が過ぎると決して身体にとって良いことではないと思うが、適量や適度な頻度であれば、むしろ身体に良いということだ。
では逆からも考えてみよう。
つまり『嫌い』についてはどうだろうか、ということである。
そう、嫌いをなくせば、世の中にはなんとも思わないものと、好きなものしか残らない。
以前ご紹介したコラム『 「嫌い」は存在させない
』でも述べさせていただいたが、『嫌い』や『苦手』思考をなくせば、ハッピー度は指数関数的に増加してもおかしくはない。
しかしながら、普通はこれがなかなかできないらしいのである。
バランス
を考えると好きなものがあれば、当然嫌いなものがあって然るべきだと考えるのが、人間の思考である。
しかし、バランス絶対思考だと、人は幸福と感じた分だけ不幸と感じることになってしまう。
気持ちいいと感じた分だけ、不快な感覚や痛い感覚を脳が待ち受けていることにもなる。
それが人生であると信じている人には何も言う気にはなれないが、それが本当なら、世の中に不公平という言葉は消滅してもおかしくないはずだ。
普通の人がそう考えてしまう理由の一つとしては、快感を得た後には必ずその感覚を和らげるセロトニン等の物質が脳内に分泌されるということも関係しているのだろう。
ここで、話を『好き』の原点に戻そう。
あるモノ、事、人等を『好き』という感情はどうやってクリエイトされたものなのだろう。
そのことを考えたり、実行している時に快楽や幸福感、充実感などが高まったから、好きになったのか、あるいはそれらが理由もなく好きになったが、好きと思うと快楽や幸福感を得られるのか。
私はきっかけは必ず前者の方であり、一瞬でも何らかのプラスを与えてくれたから好きになったのであると思うが、その好き度を増したり、快感をたくさん得るには、後者の好きだからより快楽や幸福感が高まる 思考ルート
も使用すべきなのだ。
ちなみに、「好きに理由はない」とか「理由もなく好きになった」などと聞くが、理由もなく好きになったのではなくて、好きになる前は嫌いかなんとも思っていなかっただけで、 好きになる理由は必ずある
。
『好き』なもの(事または人)という一つの定義づけは、 それを考えたり、実行すると自分が元気になるもの
なのである必要がある。
だから、人間は全てを好きにはなれないのかもしれない、とも思うのである。
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