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掌には無数のツボのようなものが存在する。
この手をいっぱいに広げる運動は簡単なようで意外にも難しい。
例えばこの掌と各指の間隔を何も触れないで自力で思いっきり広げようとした場合、身体全体の感覚を無視し、掌や指だけの感覚を優先してしまうと、痛いとか筋肉の張りなどを感じ、『もうこれ以上は無理だよ、そろそろ限界だ』という感覚が脳を支配する。
なので、掌が本来可動可能のポジションまで十分に広がらず、筋肉や骨の違和感や不快感まで感じてしまう。
それに対し、掌や指だけでなく身体全体に集中し、各部を動かしながら掌や指が一番広がるポイントを見つけてやると、実に気持ち良く掌や指が広がり、それまで使っていなかった筋肉や感覚を実感できる。
そこで、身体に運動をさせる運動神経や感覚神経の伝達経路について自身で感じながら考えてみた。
実際には医学書や専門書を読めば、詳しく載っているのかもしれないが、今回は医学的な観点は余り参考にしない。
脳から身体につながる神経経路は一本だけで、命令と感覚のデータが常に双方向に流れているのか、あるいは二本の神経経路で逆方向にそれぞれ命令と感覚のデータが流れているのかということを考えてみた。
実際はどうなのかわからないが、物理的には 神経経路は一本だけで構成されている
と考えたほうが辻褄があうようだ。
もしそうだとすると、筋肉を使っての運動を継続するということは、脳からの命令と感覚のデータが超高速で行き来するということになる。
ただし、この超高速の処理は必ずしも命令と感覚認識を交互に繰り返す必要はない。
つまり、脳からの『感覚情報を取り込め』という命令が下されてから初めて感覚情報を取り込むのである。
我々の身体は脳内の処理の仕方しだいで、命令をメインにするか、あるいは感覚をメインにするか決めているのだ。
この脳からの命令と感覚のどちらを優先的に発信及び処理するかで、運動神経の良し悪しにも関わってくるのではないだろうか。
また、脳が感覚を認識するのも、筋肉に命令を下すのも常に脳から伝達信号のようなものが発生しているのではないだろうか。
もっとわかりやすく言うと、神経が通っているからといって、 脳が『今あそこの神経はどうなってるの?』って見に行かなければ、感覚というものは正確に伝わらない
のではないだろうか。
だから、スポーツや格闘技の試合中の負傷や怪我、あるいは交通事故を起こしたり負傷した直後は、血や負傷箇所を見るまでは痛みなどを余り感じないことがあるという現象も納得できるかもしれない。
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