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2024.01.03
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カテゴリ: 今日のできごと
1月3日(水)

年末の献血は見送り、正月三が日のうちに今年最初の献血を、と考えて予約していました。
今回が通算124回目の献血となります。



by SHARP AQUOS Sense7 SH-53C

いつものように「血小板成分献血、濃いめ」です。
昼まで献血ルームでくつろぎ、ランチは壱弐参横丁の「第1ススキノ」で今年最初の味噌タンメン。






柳町の大日堂ではお札をいただきました。700円也。



お札が入れられている袋の裏には、柳町教楽院大日堂の「縁起」が書いてありました。

当柳町は、伊達政宗公に従って米沢から岩出山、仙台と移ってきた町人町で、昔は御譜代町と称した。慶長六年正月政宗公仙台城下都市計画にあたり、町割り使用した縄の一部をこの土地に集め焼き灰を埋めた所に城下鎮護のため堂を建て、大日如来を安置したといい伝える。
別当を柳生山教楽院と号し、京都醍醐の三宝院に属する当山派の山伏寺で、元和の昔から連綿として栄え、一朝事ある時は伊達家の間謀を任務とし、平常は寺子屋を開いて町内児童の教育に当たった。堂の東を教楽院丁と称するのは別当時の名に因んだもので、別名大日横町とも称する。
堂は柳町の大日さんとして、昔からひつじ、さる歳生れの守り本尊として、市民に親しまれた。
大正八年三月二日南町の大火並びに、昭和二十年七月九日の戦災に焼失し久しく仮堂であったが、町内の努力によって、昭和二十八年七月現在の堂を再建した。
大日会

田町の大日堂は、柳町に比べると訪れる人も少ないですが、こちらもひつじさるの守り本尊です。



しっかりお参りしてきました。





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Last updated  2025.01.22 12:51:39
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