2012年03月17日
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鎮守八幡宮


 貞観元年(859)大安寺の行教和尚が、豊前の宇佐八幡宮から京都の岩清水に分霊を勧請する途中、日本の西門の守り神として阿弥陀寺とともに建てたと伝えられています
 それ以来、鎌倉幕府を始め、大内、毛利両氏の崇敬が厚く、阿弥陀寺とともに栄えました。


 弘安5年(1282)の古文書には、

 弘安の役(2度目の元寇)の際に、山陰沿岸や関門海峡までフビライ軍の船が来襲してきましたが、そのとき不思議にも、この鎮守八幡宮の神殿の扉が自ずから開いて、光る玉が海中に飛んでいったかと思うと、たちまち大風になって、敵船をことごとく吹き破った、と記されているそうです。
 また、源平壇之浦合戦の時には、劣勢になった源氏の大将が八幡宮に祈ったところ、白い旗が天から舞い下り、それから形勢が逆転して源氏の大勝となった、とも伝えられています。
 八幡神は源氏の守護神であったそうですが、その神宮寺であった阿弥陀寺に安徳帝の遺体が葬られ、今では源氏を勝利に導いた鎮守八幡よりも、赤間神宮の方が有名になっているというのは皮肉な話です。


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最終更新日  2012年03月17日 20時05分46秒
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