与え続けること と 工夫すること

与え続けること と 工夫すること

2009.11.06
XML
カテゴリ: 気づいたことメモ
昨日は


私にとって素晴らしい日だった。


講義中に全く眠気に襲われないという。


(チョコとか飴とかでみんな頑張っているが)


(わたしはそういう甘いものに依存するのは嫌だから大変なのだ)




そういえば、先日風邪をひいたころだったか、


かなり遅くまで本を読んでいても


眠気に襲われなかった。




何かが変わったらしい、、、、





それでも、おおいに喜ぼうと思う。


自分にえらいといっぱいいってあげた。





私は幼い頃、病弱で、


自分はそう思っていただけかもしれないけれど、


すぐ、風邪をひくし、


だいたい今思うと、


生きてなかった。


そんなわけで、20歳までは生きられないと


感じていた。


子どもがこんなことを思うのだから、


私はいろんな面でよっぱど辛かったんだろうと





子ども心に自暴自棄だったと思われる。


二十歳近くなって、どうやら、


二十歳の誕生日を祝えそうと思ったとき、


特別な何か記念すべきことをと考えた。


だって私的には生きられるってことは大きかったから。





しょせん子どもが考える程度のことだけど。


それでも、自分で考え自分で行動した、


ということは私にとっては大きかったかな。


二十歳をすぎて、まだ、生きていた。


といっても、二十歳過ぎに、肝臓をやられたけれど。


そんなわけで、20歳まで生きられないかもって


無気力で生きていた子どもの私が、


将来の夢なんてなかったわけ。




けれど、二十歳を過ぎてまだ生きていたときに


何がしたいか、、、、ってやっと考えはじめたような気がする、、、


私は自分のお金で旅をしたい。


と思いついた。


そして、自分で安く泊まれるところはないかと調べはじめたり、


時刻表を買って見方の研究をはじめたり。


(やっぱり将来の夢っていうふうには考えなかったけれど)


次に国内と海外にどっちに行こうかなんて思い出した。


私は、神社仏閣史蹟名勝をこの目でみたいと思った。


この目で見るってことが私にとってとても価値があるように思えたから。


(自分で体験することに価値あり=経験主義)


リゾート地というのはあまり眼中になかった。


自分で稼いだお金という条件だったから、


そうすると海外には簡単にはいけない。


それでは、働きながら、お金をためて、


その間に、国内を旅しようと思った。


そんなふうにして、最初にでかけたのが、安曇野というところだった。


当時、蕎麦よりうどんだった私は、安曇野駅から程近いところに


うどんやをみつけ、そこのがんこおやじが気に入ったりした。


(今は息子さんが継いでるけど)


そこで、吾一ワインというのをみつけて、


これまた、白が気に入った。


安曇野に行き、この目でみたかったのは、


わさび田と道祖神。


ばっちり見たぞ。


そこには大自然があり、やっぱ自然が好きなわたし。





好きなことをみつけたことはとても嬉しかった。


しかも自分で稼いだお金でいけるというのも格別。


旅の終わりの列車で、次の旅の計画を時刻表を見ながらはじめる。


終わりは始まりなのだ~とご満悦であった。




こんな感じで一見元気に見えたわたしだが、


どこかぼ~~としている自分がいることにうすうす感じていた。


そしてこれをなんとかしたいとず~~~と心のどこかで思っていた。


そう、もっと元気になりたいと。


だいたい二十歳すぎたころ、 


まだ、思っていたもの。40歳までは生きられないだろうなって。






もちろん、今はもう思っていないけれど。


私の人生のテーマは「健康」かな。


いかに自然な体にもっていくか、戻していくか。


生まれる前に、陣痛促進剤を3,4回入れられて、


(医者がゴルフにいくために、)


それでも出てこなくて、医者はゴルフにいってしまい、


お産婆さんが取り上げたそうな。


その後1歳でソケイヘルニアの手術。全身麻酔。


また術後開いてしまって、もう一度全身麻酔で手術。


考えてみれば、麻酔漬けみたいなものだ。


1歳のわたしの体にはきつかったと思う。


それに今気づけてよかった。





なので、私の体をもとへ戻そう。


本来の薬の入っていない自然の体にもどしたいと思う。


私は気づかなかったけれど、


体はそれをずっと私に訴えていたと思う。


体の方は真剣にそう思っていた。


その体の思いに真剣に向かいあうことが大事だと認識できるようになった。


私はこの問題が認識できたので、それが嬉しい。


問題が認識できなければ、解決することはできないから。


認識できれば、流すこともできる。


認識できなければ、(それは本人が


単純に、自然に戻りたいと思い、自分でみつけることだけれど)


流せない。  それは大事なポイント。


親を責めるのはばかばかしいと随分前にこれはやめた。


責めるというより、親のせいっていろいろな面で思っていた時期がある。


そう、なんでわたしを産んだの、とか。


そういうたぐいの親への文句。


もちろん、そういう過程も大事。全部経験だもの。


経験したことは自信につながっていく。


そこを乗り越えたのであれば、なおさら。






さて、


病気は外からやってくるのではなく、


自分の中で作っている~ということへの認識。


北風と太陽という有名な話。


自分の体の一部が病気になる。


その病気というあなたの一部に対して、


北風さんのようにしたら、どうでしょうか。


では、太陽さんのようにしたらどうでしょうか。


戦うのではなくて、調停するというか、、、調和するというか。


仲直りするというか。受け入れるというか。


太陽のように無償の愛を降り注ぐ、、、、、


自分の細胞のひとつひとつに、、、、





眠気に襲われる自分に対して、無意識に責めていた私。


責めちゃいけなかった。


いいよ~とか。


時間を作って昼寝をするからね。といってあげるとか。


そうすればいいんだ。





麻酔の害は流し方を知っている。


だから、それが私の問題の一つであることが認識できたことは


とてもよかった。






しあわせな一日を~~~ハートハートハートハート

























お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.11.06 10:20:49
コメントを書く
[気づいたことメモ] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Calendar

Profile

麻りあ

麻りあ

Archives

2026.10
2026.09
2026.08
2026.07
2026.06

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: