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先日、23日の日記で東山魁偉美術館に行ったのは23日の土曜日と書きましたが、Kさんから訂正が入り24日の日曜日でした。その為、東山魁偉せとうち美術館の部分は23日の日記をご覧下さい。東山魁偉せとうち美術館を出ると、Kさんは次は高松の高松市美術館に加山又造の展覧会に行くと言って、車を走らせてくれた。高松市美術館の駐車場に車を入れると、まずは昼時なので腹ごしらえにうどん屋に入る。ここは、前回と違ってうどん屋らしいうどん屋だった。ここも、まずうどん玉の数を言い丼に入れてもらいその後とっぴんぐを載せていく。今回も2玉入れてもらい、天ぷらなどを充分すぎるほど載せた。やはり、腰があり喉越しがよい。以前、Kさんが香川ではうどんは噛まずに飲み込むと言っていたのがこの喉越しで判ったような気がした。かなりのボリュームだったが見事に完食した。美術館に戻り中にはいると、日曜日のためかはたまた加山又造の人気かかなりの人が入っていた。展示されている作品の数も多く、作者の年代ごとの特徴を表す作品がよく揃っていた。展示されているのは、殆どがこの展覧会のために借り集められた作品だ。学芸員の方が、頑張って全国から集めたそうで苦労が判るようでした。先日、上野の国立美術館で大琳派展を見ましたが加山又造も琳派に多大な影響を受けているようで、風神雷神図など琳派の代表作を模写した作品もあり、俵屋宗達にかなり傾注しているのではと思うほど陶器の制作なども手がけていた。午後2時から、こちらでギャラリートークがあり参加することにしました。お話しになったのはボランティアの方ですが、加山又造の作品の特徴を詳しく話していただき、何度も頷くところがありました。今回、こんなに多くの作品を見たのは初めてでこの作者の幅広い作品と色々なことにチャレンジする姿勢を見ることができ、グッと身近に感じることができました。美術館を出ると午後3時を廻っていました。多度津に戻って列車に乗るため、多度津駅には4時には着きたいと思いそう言いますと、Kさんは大丈夫ですと力強く言ってくれました。この列車を逃すと次はいつになるか判りません。しかし、Kさんが太鼓判を押したように午後4時ジャストに多度津駅に到着しました。切符はすでに購入してありますので、そのまま改札を通りホームに行くともう列車は待機していて、改札の見えるところに座るとKさんんはまだ改札口に立って見送ってくれていました。そして、16時13分に列車は走り出し手を振って分かれました。その後、岡山でのぞみに乗り換え名古屋に行き今度はひかりに乗り換えて21時7分に小田原に着き、JR東海道線に乗り換えて茅ヶ崎の自宅に22時前に無事着きました。今回は、久しぶりの一人旅でしたが行く先々で友人に助けられ素晴らしい旅ができました。3泊4日で3ヶ所の美術館を廻るなど前代見物の旅でしたが、瀬戸田でも多度津でも地元の方に世話になり、地元の方ならではの案内を受けて本当に満足した旅でした。Kさん是非湘南に遊びに来てくださいね。待ってます。
2009年05月24日
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先程、9時半過ぎに無事帰宅しました。4時過ぎに、四国を出て5時間ほどかかって帰ってきました。画像など整理でき次第blogにアップしますのでよろしく。今日は疲れました。
2009年05月24日
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だらだらしているうちに、1週間以上経ってしまいました。金比羅さんの石段を下りながら、Kさんが金比羅宮には金比羅歌舞伎というのがあって、毎年、東京の歌舞伎座の役者が来て歌舞伎を演ずるのだと教えてくれました。そこで、早速その歌舞伎座を見に行くことにしました。そこにたどり着くには、またも石段ではないのですがだらだらとした坂道を登って行くのでかなり足に来ました。ようやくたどり着くと(というほどの距離ではないのですが)由緒ある建物が建っていました。残念ながら、相当へばっていたようで建物の外観を取るのを忘れていましたが中はこのような昔の歌舞伎座をそのまま保存している状態です。木戸口を入ると、年輩の方が数人(地元のボランティアの方か)がいて2・3人になると1人付いて中を案内してくれます。客席は、昔ながらの枡席で区切られています。2階席は、貴賓席になっていて皇太子妃雅子様も歌舞伎ではないのですが日本舞踊の会があったときにお座りになったとのことです。説明してくださった方は、やはりこの歌舞伎座を保存していることに誇りを持っておられる様子が説明の端々に感じられました。父の故郷の松本城でも、お年寄りが胸を張って説明してくれたことを思い出します。説明を終えると、好きに舞台裏や奈落や桟敷席を見て良いと言ってくれましたので、舞台の裏手の楽屋や舞台下の奈落まで見学させていただきました。舞台の下は、ひんやりと涼しく上とは5度も涼しいということでした。ここの見物を終え、今度は丸亀城に向かいました。丸亀城の周りは、官庁街で裁判所・検察庁などの建物が多く土曜日のせいかひっそりしていました。Kさんの説明では、ここは石垣が見事だと言われました。確かに、お堀越しに見上げる石垣は天守閣の下まで積み上げられ見事でした。当時は、瀬戸内の水軍に力を借りて築城したそうです。ここの天守閣へも相当上りがきつく、鎧・甲冑を着た敵兵は容易に駆け上れなかったろうと思われました。天守閣は、小振りでしたが多少補修してあるが当時の作りのままだとのことです。ここからは、瀬戸大橋も遠望でき眺めは最高でした。城の見学を終わると、次は夕食に「一鶴」という鶏料理屋さんに案内してくれました。この店は、やはり地元で人気の店だそうで土曜日の夕方というのもあり席に着くまで並んで待つほどでした。ここの一押しは「骨付鶏」というもので、かなりスパイスが利いていて男は「おやどり」を食べるのだといわれてかぶりつきましたが、相当食べ応えがありました。ここでお腹を一杯にして、ホテルまで送っていただき一日が終わりました。続きはまた。
2009年05月23日
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美味しいうどんの昼食と東山魁偉美術館を観た後は、再びKさんの車で金比羅さんに向かいました。Kさんは、慣れ親しんだ道をスイスイ運転していきます。商店街の中のいつもの駐車場に入れ、いよいよ金比羅宮の階段に挑戦です。Kさんは、私に何度も何度も大丈夫ですかと聞いてくれます。普段から、歩くことを苦にしない私はその都度大丈夫ですと答えます。参道は、両側に土産物屋が並び湘南の江ノ島の江ノ島神社への参道とよく似ています。昨日とちがい、天気も良く気温も高めでした。土曜日のせいか参拝客も多く、狭い参道はごった返していました。いよいよ石段に取り付きましたがまあ何とか上れそうです。江ノ島は、以前は石段だけでしたが今は途中途中にエスカレーターがありかなり横着な上りになっています。石段を登り出すとじわじわと汗が出てきます。汗止めの帽子は、汗を吸ってシミになってきました。シャツの背中も、汗で濡れてきました。しかし、心地よい汗です。ようやく本殿に着きました。荘厳なお社です。船の神様とあって船舶関係の奉納の石柱が沢山ありました。次に、書院を見に行くことにしました。ここは、円山応挙の襖絵があることで有名です。円山応挙の真筆はなかなか無いと言われていますが、勿論ここの襖絵は真筆です。鶴の図柄が描かれていました。また、見たことのない虎を想像で書いたという襖絵もあります。かなり可愛い虎です。その後裏書院に廻ると、田窪恭治氏が制作中の椿の障壁画を見ることができます。その椿の図は奔放で、鴨居から柱にも渡って書き込まれていて見ている方がここまでやっても良いのと思わずにはいられません。しかも、一部は陶板画でできています。同じ陶板画は、資生堂パーラー神椿の壁にもありますが迫力満点です。書院を出て、石段を下る途中に神馬が厩から出ていました。サラブレッドでかなりの年輩ですが、毛艶もよくりりしい姿でした。ようやく車まで戻ると、Kさんから今度は丸亀城に案内してくれると言われました。しかし、夜も更けてきたので続きはまた。
2009年05月23日
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今日は、朝8時33分のバスに乗ってしまなみ海道を今治に行く予定でした。昨夜、8時までに友人の店に行くからバス停まで送ってくれと頼んでおきました。友人は、快く引き受けてくれました。今朝も、5時半過ぎに目が覚め朝風呂に入りました。この旅館の風呂は、夜9時半から朝9時までは4階の風呂が男湯でその間は1階の風呂が女湯になります。風呂場の湯船から港が見え、入り江の向こうに高根島が見え気持ちがよいのです。風呂から上がり、チェックアウトするために荷物を整理して7時半の朝食を待ちました。時間になり、朝食会場に行くと昨日と同じテーブルに私の部屋番号が用意されていました。今朝も、かなりの種類のおかずが並んでいます。今日は、朝から鮭の切り身を炙るコンロが乗っていて自分で炙って食べます。今朝も食べ過ぎてしまいました。朝食が終わり部屋に戻り、荷物を持ってフロントに行きチェックアウトしました。そして、8時前に彼の店に行きしばらく奥さんと3人でしゃべってから車でバス停まで送ってもらいました。それまで、しまなみ海道は一度生口島北で降り生口島南で乗るのだと思いこんでいました。その為、瀬戸田の町の中にバス停があるものと思っていましたが、現在は途中下車せずに繋がったのだと言われました。その為、バス停はしまなみ海道の上にあるので島を半周してバス停に登っていくのでした。バス停の外側の駐車場には何台かもう車が止まっていました。友人としばらく立ち話をしているうちにバスがやってきました。ここで友人と別れバスに乗り込みました。バスには、そこそこのお客が乗っていました。思ったより人数は多かったようです。前の方の席に座ったので、何人乗っていたのかは数えませんでした。前日走ったしまなみ海道をバスは所々に止まりながら今治に向かって走ります。自分で運転していたときより、座席も高くゆっくり島々を見ることができました。島を縫って走るバスは快適で爽快でした。約40分ほどで今治駅前に着きました。料金は1400円でした。今治からは9時32分発の各駅停車観音寺行きです。その間21の駅があります。そして何と線路は単線でした。観音寺で乗り換えて多度津まで行きます。運賃は確定で2030円ですが特急ですと2000円位の特急料金が加算されます。急ぐ旅でないので倍の運賃を払う必要はないと思いましたし、これでも多度津に着くのは12時6分です。大昔、大学の卒業旅行に四国を廻ったときは、勿論しまなみ海道はなく船で大三島などを巡りながら今治まで行きました。その時は、今回とは逆に松山を目指しましたが満員に近かった列車の乗客が殆ど松山で降りてしまったので勝手に松山は混んでいるだろうからと降りるのをやめて伊予大津まで行きましたが、単線だったかどうかは記憶にありません。JRの単線といえば、我が町茅ヶ崎から八王子に行っている相模線も未だに単線ですので田舎の電車とは言えません。しかし、何とものんびりとすれ違いに数分かけて待っていました。しかも、途中まではワンマンカーで運転手しか乗っていません。その為、乗客は2両編成の電車を降りるときは先頭まで来て運転手に切符を渡すか定期券を確認してもらいます。そのうち、どこの駅からだったか車掌が乗り込んできて2人乗車になりました。そして、観音寺駅に着き多度津行きに乗り換えました。今治から観音寺まではたっぷり2時間かかりましたが、多度津までは7駅で30分でした。ついてみるとこぢんまりした可愛い駅でした。今夜のホテルは、駅前広場の反対側に建っていました。ホテルを確認したら、あれだけ朝食を食べたのに空腹を覚え駅舎の脇のパン屋に入りパンを1個買って駅の待合室のベンチで食べました。美味かったですね。多少、腹を満たしてホテルのフロントに行きチェックインしました。チェックインは3時過ぎとなっていましたが、快く部屋に入れてくれました。部屋に荷物を置くと、今日明日と案内してくださる方と待ち合わせるために1階のレストランに行き連絡を待つことにしました。程なくして、携帯に連絡が入り案内してくださるKさんと会い車に乗せていただきかねてからお願いしていたKさん自慢のうどん屋さんに連れて行っていただきました。香川県の本場のうどん屋さんは製麺所そのまんまでした。父親の田舎の長野県松本の在の蕎麦屋も製麺所が美味しいのを思い出しました。Kさんの話では、職場の方もお勧めの製麺所だというだけあって平日の1時過ぎでもかなりお客さんが入っていました。こちらのうどん屋では、まずはうどんの玉の数によって丼を選び、うどん玉の数を言い次にトッピングを選んで載せていきます。そして、席に持っていき食べ終わったら空の丼を持って行ってお金を払うようです。この場は、Kさんにご馳走になってしまったので詳細は判りません。こちらでは、少なくともトッピングしたら食べる前にお金を払うと思うのですが食べ終わってから払うのはずるする人がいないという暗黙の了解があるのでしょうか。パンを食べて少し空腹を満たしていたにもかかわらず、うどん二玉と色々のトッピングを載せ大好物の生卵まで入れてしまいました。本当に腹一杯になりました。次は、まさかと思ったのですが今日のうちに東山魁偉せとうち美術館と金比羅宮に行こうとKさんに提案されました。私は、金比羅さんには半ズボンとTシャツの軽装で行こうと思っていましたが提案に従いました。せとうち美術館は、瀬戸大橋記念公園の中にありこぢんまりとした美術館でした。東山魁偉の作品は4点ですが、皆大きな作品で地方の美術館で所蔵するには大金が必要だと思いました。しかし、同じ美術学校時代の画家の作品や恩師の作品も展示されていて良くまとまっていて好感の持てる美術館でした。その後、金比羅宮に行くのですが長くなりましたのでまた次に。
2009年05月23日
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今朝は、いつものように5時半に目が覚める。いつもは、猫のグレースに朝食を与えてまた寝るが今朝は着替えて散歩に出た。耕三寺や平山郁夫美術館の方に行き、引き返すと友人の店の前に出る。彼の店は、自動車の販売と修理と自転車も販売している。店の前に行くと、6時半なのにもうシャッターが開いていて、彼が正面の机の前に座っていた。彼も驚いたように声を掛けてきた。奥さんは、犬の散歩に行っているとのこと。そのうち奥さんも帰ってきた。7時半から宿の朝食が始まるので、7時過ぎに宿に帰り朝風呂に入り着替えて朝食会場の2階に行く。席の目の前に、40インチ以上のテレビがあってニュースをやっていた。おかずは豪華ではないが、かなりの品数でお櫃が空になりそうなほどご飯を食べて、おかずも残さず平らげた。普段は、ご飯1杯と味噌汁と目玉焼きで終わりだが今朝は信じられないほどよく食べた。部屋に戻り布団に寝そべってテレビを観ていたらそのまま寝てしまったらしい。なにしろ、5時半から動き回っていたので寝不足だったようだ。部屋の電話のベルで目を覚ましたら、フロントから友人からの電話だと言われて出ると携帯にいくら電話しても出ないで何していると言われた。時計を見ると10時を回っていた。後で行くと言って電話を切った。着替えて、平山郁夫美術館に行くことにした。まず彼の店に行き、美術館に行くとことわって出かけた。彼は仕事中なので、あまり迷惑をかけたくない。今朝通った道を逆に行き、美術館の前に出た。数寄屋作り風の粋な美術館で素晴らしい。門を入り庭をコの字に廻るように行くと正面玄関がある。玄関を入って右側にロビーがあり、その奥に展示室が3部屋あった。第1展示室は、幼少の時の絵から展示が始まるが小学校以前の絵はやはり幼子の絵だが、小学校の中学年からは大人の絵を描いてる。鯛のスケッチや左手のスケッチなどはビックリするほど精緻に描いてある。 次の部屋は、平山郁夫の代表作を展示してあった。また、第3の部屋は中央アジアをモチーフにした「アレキサンダーの道/しまなみ海道」という10周年特別展を開催している。(6/14まで)12時近くに美術館を出ると、友人が迎えに来てくれて和食料理の店に連れて行ってくれた。朝飯を食べ過ぎてあまり腹が減っていないので握り寿司を頼んだがこれが美味しかった。茅ヶ崎も海の近くだが、この寿司ほど脂がのっていて美味いのは滅多に食べたことがなかった。その後、彼の母親の家に連れて行ってもらい1時間半ほど話し込んだ。なにしろ彼の父親が亡くなったときに来た以来14年ぶりだったがお母さんは殆ど変わりがなく、こちらを見てもすぐに私と気がついてくれた。その後、迎えに来るよう言うのも気が引けるので20分ほど歩いて店に帰った。その後、しまなみ海道を走りたいと言って車を借りて今治まで往復してきた。片道2200円くらいだから往復4400円のガソリンを入れたら5000円をオーバーしたが景色はよいし楽しいドライブだった。店に戻ると、今晩は尾道に長女が帰ってくるので迎えに行って向こうの居酒屋で夕飯にするといい、近所の酒屋さん夫婦も乗せて向かった。8時近くに、娘を乗せて居酒屋に向かうがかなり遠い。広島まで行ってしまうのかと思うほどだった。その後、居酒屋を出て尾道ラーメンの店によりラーメンを食べて有料道路に入った所で、私がセカンドバックを忘れてきたことに気がついて居酒屋まで戻ってもらった。これで大分時間を食い、旅館に戻ったのは11時を廻っていた。飲み過ぎてそのまま熟睡した。
2009年05月22日
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今、瀬戸内海に浮かぶ生口島・瀬戸田というところの友人の家のPCから書き込みしています。今日は、平山郁夫美術館に午前中に行き昼をご馳走になってから友人のお母さんの家に行き1時間半ほど思い出話に花を咲かせてきました。はじめてこの家に世話になったのは41年前だったのです。14年前にご主人が他界され、その葬儀に参列して以来でした。お母さんは、昔からちっとも変わらなくみえました。そこから帰ってから、友人の車を借りてしまなみ海道を今治まで往復してきました。これから、尾道まで頂上を迎えに行って夕食をご馳走になるようです。
2009年05月22日
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厳島神社を一渡り見学し終わって戻ることにした。空模様が変わってきて、帰りのフェリーではフロントガラスに雨しぶきが飛ぶようになってきた。それも、船を下りる頃には小降りになった。駐車場に戻り、プリウスのエンジンをかけ出発。帰りはもと来た道を引き返すだけだ。しかし、燃料メーターは100kmくらい走っているのにフルゲージから下がっていない。レンタカー営業所の手前で燃料を入れた。8.66Lしかは入らなかった。行きは、トリップメーターを0にし損ねていたが帰りは0にセットしてGSまで92.2kmで往復は184.4km走ったことになるので21.29km/Lと1500ccではかなりの燃費だが、公称30kmにははるかに及ばなかった。レンタカーを返して、三原港まで送ってもらうが5時15分の船が出たばかり。次は、6時15分と1時間も間がある。因島まで行ったらどうかと電話したが、大して変わらないので待つ方がいいという。小腹が空いてきたので、待合室のロッカーに荷物を入れ三原の駅の周りを歩くがこれといった店がない。港の近くに戻ってきたら、大きな駐車場ビルの1階にトンカツ屋がありメニューを見るとうどんもあるので入ってみた。かき上げうどんを注文したがそこそこうまかった。6時15分の高速船に乗り瀬戸田港を目指す。かなりのスピードで走っている。25分で瀬戸田港に着いた。友人が迎えに来てくれた。その後、用意してくれていた宿に荷物を置き近所の友人の仲間とサンセットビーチというところにバーベキューをしに行く。雨は、かなり強くなり屋根はあるが囲いがないところなので吹き込んでくる。かなりの肉と野菜を食べ、酒屋さんが仲間だったので18Lの生ビールを持ち込み1本開けてしまったようだ。そんなこんなで1日目は終わった。
2009年05月21日
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今朝は、5時半に起床。最近、いつもグレースに朝食をやるためにこのくらいの時間に起床しているので辛くはない。しかし、普段はその後また寝る。6時過ぎに、トーストと牛乳1杯の朝食を摂る。身支度をして荷物の確認をしたら、6時45分に家を出た。小田原で乗る新幹線は、8時9分なので茅ヶ崎を7時半に乗っても充分間に合うが自宅近くから7時前のバスに乗った。茅ヶ崎駅には、7時10分頃に着いて予定より早い電車で小田原に向かった。本当は、娘婿のジョシーも同行させ広島の平和公園や原爆ドームも見せてやりたかったが、就職面接にあたり一人旅になった。今回は、yahooの路線検索でルート検索をして行程を組み立てた。 小田原(8:09)ひかり503号名古屋(09:21) 名古屋(09:25)のぞみ205号新大阪(10:16) 新大阪(10:22)ひかり555号福山(11:30) 福山 (11:47)こだま743号三原(12:08)以上、4回乗り換えて小田原ー三原間を約4時間で走破する。昨日、このページをプリントアウトして茅ヶ崎駅のみどりの窓口に持っていったらおねいさんがビックリしていた。茅ヶ崎駅で、道中に読む松本清張の単行本と500mlのお茶のペットボトルを買っていよいよ出発。この行程表をジョシーに見せたら、色々な新幹線に乗れて楽しそうだと言っていたが同行できなくて残念だった。小田原を出たひかりは、1時間10分で名古屋に到着。4分待ちで次はのぞみに乗車、50分ほどで新大阪に着いてしまう。次は、6分待ちでまたもひかりで1時間8分で福山到着。最後は、17分待ちでこだまで20分くらいで三原到着。途中に岡山・新尾道で停車したから20分かかったが直行なら10分くらいでついたのではないか。今回は、ジョシーに宮島の厳島神社や広島城・平和公園などを案内するつもりでレンタカーを予約しておいたが、一人でも宮島に行くことにした。三原駅を出て、駅前の広場にいるとレンタカー会社の人が迎えに来てくれていた。荷物を載せて取り合えずレンタカー会社へ行き手続きをした。今回借りたのはトヨタのプリウス。以前、松江に行ったときにヴィッツを借りたが、同じ飛行機で来た人がプリウスを借りていたのを見て、こんな時にプリウスに乗ってみるのも良いなあと思っていた。また、トヨタの戦略か5月から貸出料金も6時間で2000円ほど安くなっていた。レンタカーでプリウスの良さを実感させて、売上に繋げようと言う作戦が見え見えだ。簡単な説明を受けて、いよいよ出発。NAVIもETCも標準装備だ。早速、ETCのカードをセットする。営業所を出てすぐに三原バイパスの乗り口だが、右と左を間違えて危うく福山に戻りそうになりかろうじて回避した。一周回って元の交差点に出てそのまま直進してバイパスに入る。しばらく行くと、山陽自動車道のインターをNAVIが示してきた。山陽自動車道は快適だったが、プリウスのアクセルが軽すぎてスピードを保のに右足のふくらはぎが疲れる。もう少し重くするかいっそクルーズコントロールを付けた方がよい。走りは、静かで快調だ。うっかりしていると簡単に120~130km位になっていて焦る。コレもクルーズコントロールがあれば防げるのでオープションでも欲しい装備だ。1時間半くらいで宮島口に到着。早速、フェリー乗り場の駐車場に車を停めた。そして、遅い昼食を食べるために食堂を探す。フェリー乗り場のターミナルビルを1周して、反対側に回ったら穴子飯の看板が出ている食堂があった。三原で食べようかと思ったが、ある人から宮島に行くなら穴子飯と言われて期待していたので早速飛び込んだ。しばらく待つと、お椀に入った穴子飯がやてきた。一口食べると、穴子がやや硬く煮られている。関東は、寿司屋などではかなりふっくらと焼くがこちらでは硬めである。しかし、たっぷりの穴子に満足した。なにしろ、朝6時から新幹線の中ではお茶を飲んだだけで、腹は空ききっていた。腹ごしらえを終わり、隣の店でもみじ饅頭を買って宮島行きのフェリーに乗り込んだ。宮島口と宮島はほんのわずかな距離だがフェリーしかないらしい。業務用のトラックも乗っていた。それで往復340円と安いのだ。しばらく行くと有名な大鳥居が見えてきた。フェリーを下りて厳島神社の社に向かうと、これも有名な鹿が群れている。中には、若いバンビも混じっている。入場料を払って神社の中にはいると、どこからか雅楽の演奏が聞こえる。ドンドン入っていくと、厳島神社の正面の舞台で今まさに結婚式が行われている。我が娘も、来年神社で結婚式を挙げるというのでその予告を見たような気がした。少し長くなったのでここで一服。
2009年05月21日
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この胡蝶蘭は、4年ほど前にあるところから家内の誕生日に贈られた。それ以後、毎年何の手入れをしなくても花を付けてきた。昨年、家内が入院してからは水さえもやっていなかった。それが、ひょっと見たらいつの間にか蕾を付けていた。慌てて水をやったら、元気に花を付けた。生命力の強い花だ。華奢に見えるが。
2009年05月20日
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朝方、曇っていたが9時頃から五月晴れになった。今、気温27.8度・湿度38%の爽やかな五月晴れ。昨日の荒れた天気とは大違いだ。今朝は、主夫に励んだ。まず、以前から気になっていた掛け布団のカバーと敷き布団カーバーと枕カバーなど大物を洗う。次は、朝食にハムエッグを焼きご飯と味噌汁と海苔の佃煮で朝食。その後、掃除機をかけ床をウエットモップで拭きカーペットにロールをかけて細かいホコリを取った。そのうち、汗が噴き出てきた。燃えるゴミのゴミ出しも終えて一休み。箱根でもドライブしたいが今日はじっと我慢する。天気が良いので、洗濯物は午前中で乾いてしまった。さわやかな風が吹き込んでくる。爽快爽快・・・
2009年05月18日
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今朝は、10時に娘達を北茅ヶ崎でピックアップして三浦半島に向かう。天気が悪いので道は空いていた。取り合えず1軒目の見学先の予約が12時というので、近くの「Don」というレストランで昼食にした。私とジョシーはパスタで娘はピザをオーダーした。少しずつシェアーして味見したがどれも美味しかった。1軒目は、「Aリゾートヴィラ」という有名なフレンチシェフの系列の会場。この辺のレストランやホテルは、海に面した傾斜地に立っているため急な坂を登らなければならないところが多いが、ここはエントランスが緩やかで駐車場も広くゆったりしている。正面玄関まで車を乗り入れると、店の係が来て車を駐車場に移動してくれるという。「ホテル音羽の森」も駐車場係がいるがあそこほど難しくない。全体にゆったりしている。昼から1組の結婚式があるそうで、1階のロビーに招待客がくつろいでいた。別室に通されて待っていると担当者が来て館内を案内してくれた。窓の外は、荒れた海に強風が渦巻いていた。館内を色々拝見して、見積をもらって出る。次の予約は2時で、1時半過ぎに「C**」という所に着いた。こちらも式を待つ人がロビーに溢れていた。ここでは、今日行われる披露宴のセッティング中の会場を見せてくれた。廊下では、式のリハーサルをやっていた。その為、終わるまで宴会場で待機した。この宴会場は、バリ島のようなトロピカルな雰囲気をコンセプトにしている。ここも見積をもらい会場をあとにした。次は、前回に見学した所が試食会に招待してくれるというのでそちらに向かう。時間は5時からなのでまだ大分間があるので、近くのカフェテラスでお茶にして時間を潰すことにした。4時半になって、もうそろそろ良いだろうと試食会の会場に行ったが5時まで待たされた。前回あった担当者が来て、宴会場に案内してくれる。我々の他に4・5組みが来ていた。無料なのでサンプル程度の料理だろうと思っていたが、オードブルに始まりコース料理で出てきた。ただ、メインディッシュは当日は肉と魚の両方が出るが今日は肉料理2皿と魚料理1皿で、お互いに試食しあった。肉は軟らかく魚はぱりぱりと焼けていて香ばしかった。3人とも料理に満足。宴会場の外がすぐ道路ということを除けば、会場の雰囲気も良い。式を挙げる神社にも一番近いということで大体傾いた。食事会が終わったら7時近くになっていた。荒天のため、海岸線の道路はガラガラに空いていて秦野まで1時間かからなかった。でも、帰宅したら8時を回っていた。
2009年05月17日
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昨夜、18時から上野の近くの斎場で義父の通夜が行われた。参列者の数は、予想以上に多く100名以上とのこと。町の自動車修理屋さんで、昔から2輪車のチームを作ってツーリングに行っている写真を何度も見せられた。そうしたつながりのお客さんが多く、なかなか離れなかった。昨日の11時半頃、自宅を出て茅ヶ崎駅の近くで昼食を摂った。いつも行きつけの、中華料理店「清珍楼」の姉妹店「天天」にはいる。オーダーしたのは「鶏とカシューナッツの炒め物」。これが美味しかった。710円とは安い。その後、まだ時間があるので散髪屋に行ってから東京に向かった。なにしろ開始は18時で、娘と泊まるために予約したビジネスホテルのチェックインも15時からなので早すぎる。しかし、13時近くの電車に乗り東京に向かった。まともに行けば14時過ぎには着いてしまう。やはり14時10分くらいでホテルに着いた。実家まで荷物を持っていくのも面倒なのでフロントに器がエアなどを預けてから実家に行く。もう、娘は着いていた。しばらく義弟達と談笑して3時過ぎにホテルに行きチェックインして部屋で着替えてから実家に戻る。実家まで徒歩で5分くらいだから楽だ。途中で、タイタックの裏のロックが効かなくなり外れてしまうので、御徒町の駅の近くにたくさんあるジュエリー店の一つに飛び込み直してもらう。最初は、一般客は相手にしないと言ったが今夜6時の通夜に使うので何とか治して欲しいと言ったら、奥に持っていって無料で直してくれた。実家に向かう途中、地下鉄大江戸線の入り口にジョシーが立っていた。娘が迎えに来るのを待っているというので、娘に私が連れて行くと電話させた。16時になり、義父を斎場に運び出すために葬儀社の人が見えた。4人係で2階から1階に下ろし霊柩車に乗せ搬送していった。我々も、タクシーで後を追った。上野駅の近くの浅草通りに面したこじんまりした会館である。5時過ぎから参列者が集まり初め、18時から告別式が始まった。家内の実家の近くでは、独特の決めがありお通夜が18時から19時と表示したら19時までは着席して焼香の終わるのを待たなくてはならないという。これは、実家の周りには家内工業の家が多くギリギリまで仕事し駆けつけるので表示ギリギリまで待っているのだという。その土地土地の風習があると言うことだ。通夜が終わり、お清めの人が全員帰ってから我々も帰宅した。そして10時過ぎにホテルに行く頃は雨になっていた。12時まではエアコンをつけていたが、風邪をひくといけないので消したらその後暑くて寝苦しくて何度も目を覚ました。今朝は、7時に娘を起こし二人ともシャワーを使い、7時半に1階のロビーで無料の朝食を摂る。パンは、ロールパンとトーストにサラダとゆで卵とポタージュスープとコーヒーとオレンジジュースなどのバイキング形式で、種類は少ないが美味しかった。8時20分に実家に行くと、1階の入り口には鍵がかかっていた。大声で呼んでも応答がないので、やむなく電話したら義弟が慌ててパジャマ姿で降りてきて、鍵を開けてくれた。義母と義妹は、和服の着付けに奮闘中らしい。10時には、会館に行くといっていながら着付けが終わったのが9時半を過ぎていた。全員支度が終わり、タクシーに分乗して会館に向かい10時ギリギリに着いたらまだ前面のシャッターが閉まっている。平塚からやって来た義母の友人も面食らっていた。葬儀社の人間が、慌ててシャッターを開けて中に入れた東京にしてはのんびりしたものだ。11時から告別式が始まり11時45分にお焼香とお経が終わり、霊柩車とマイクロバスタクシーに分乗して火葬場に向かう。荒川区にある火葬場は、住宅地の中にあり綺麗な建物で炉もかなりの数ある。建物は3階まであり、待合室は3階で2時近くまで待ってまた、初七日の法要のために先程の会館に戻る。法要が終わり食事が始まったのは3時過ぎで、腹は空ききっていた。しかし料理は、たっぷりあり美味しかった。その後また実家に戻り、荷物を持っていとましたのが5時前。茅ヶ崎に着いたのが6時20分過ぎ。駅ビルで、カツ弁当を買って帰宅して風呂に入ってから食べた。これも美味しかった。しかし、前夜睡眠不足だったので芯から疲れた。今夜は早寝しよう。
2009年05月13日
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今日は大分良くなったが、昨日1日は立ったり座ったりするたびに足が痛くてまいった。土曜日の午後からの揺れで、船の中で足に力を入れて踏ん張っていたのが原因だ。昨日は、午後2時から家内の「百箇日法要」でその後墓参りに行き着替えに戻ってから、家内の実家に葬儀の打ち合わせに行った。日曜日でも、浜崎橋の合流以外は空いていて1時間半ちょっとで着いた。実家には、父の亡骸と母親と義弟夫婦だけが残っていた。しばらくして、町内会長と葬儀社の人が来て段取りを確認していった。葬儀には、町内会の人が5・6人葬儀会場でお手伝いしてくれるらしい。また、祭壇とか一式は町内会の申し合わせで段階が決まっているのだと義弟が言っていた。8時近くに、家内の友人が2人見えて賑やかになった。8時にいとましようと思ったがつい延びて8時半近くになった。娘を秦野に送って帰宅したら10時を回っていた。法事が2時からだったので、午前中はのんびりしたが午後は忙しかった。気温は真夏日で黒服を着ているのが辛かった。明日は、通夜で明後日が告別式なので近所のビジネスホテルに泊まることにした。
2009年05月11日
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今朝は、4時半に起きて元お客さんと茅ヶ崎沖で鱚釣りに行った。5時半に迎えに来てもらい、茅ヶ崎港の「まごうの丸」という船宿に行った。6時前に着いたが、お客さんはちらほら。GW明けの最初の土曜日だから無理もない。5月1日からスポニチ杯白鱚大会が行われている。乗合船の白ぎす釣りは通常7000円。しかし、スポニチ杯にエントリーするとエントリー料が6000円になり通常別代金の餌も1杯付いてさらにタオルやキャップが入った袋も貰える。それを知っていれば、昼食のおにぎりを買ったコンビニで帽子まで買わずにすんだのにとがっくり。タオルは、船を上がってから持参のタオルが波しぶきで濡れてしまい助かった。定員43人の大きな船で、7時の出船頃には20人ほどが乗り込んだ。しかし、定員の半分なので両脇はガラガラ空いている。GWの初めはさぞや混んだだろうと思う。港を出ると、すぐに綺麗な富士山が見えた。最初は、平塚沖に行くがあまり鱚が上がらない。その中で、我が連れは確実に釣果をあげていく。ここは、水深8メートルくらいの浅場。次に向かったのは、江ノ島近くの水深20メートルの深場。浅場では、7~8匹あげたが深場では全く釣れない。江ノ島が近くに見える。次に、烏帽子岩の近くに移動。この頃、12時を回る。連れは、船酔いになって昼を食べられないと言う。私は、この頃から入れ食い状態になる。なにしろ仕掛けを投げれば、白鱚がかかってくる。形の良いものや一家釣りも上がってきて、昼を食う閑もない。1時頃に再度平塚沖に移動したが、風が強くなりうねりも大きくなった。益々連れの船酔いがひどくなり、とうとうこませを撒いてしまった。しかし、それで胃がすっきりしたという。その後2時になり、港に帰ることになった。それで連れはホッとしたという。しかし、そんな状態でも連れの釣果は49匹で私の20匹の倍は釣っていた。恐るべし。今日、ようやく天気が回復したが午後から海上は風が強くなりうねりも大きく、連れを苦しめた。私は、船酔いは無縁で午後も釣り続けたがかなわなかった。帰宅して、娘に電話して鱚を天ぷらにするから来るように言い迎えに行った。娘の所に着くと、鳥越の義父が亡くなったと連絡が入ったという。取り合えず、明日は亡くなった家内の100ヶ日の法要を予定しているので法要を済ましてから東京に行くことにした。娘を連れて帰宅して、鱚の天ぷらを作ったが20匹でも食べ切れそうにないので弟の家に電話して、分けるから取りに来てくれと言って来てもらい渡した。娘の初めての天ぷらは上出来だった。
2009年05月09日
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昨夜、家内の弟から電話があった。義父の様態が良くないので、5月10日の家内の100ヶ日の法要にでれないと電話してきた。先週の土曜日に、娘が祖父母の所に行き義父の様態が悪いとは言っていた。昼頃に、義母に電話したら本人が判るかどうかだが来ても良いという。昼食をすませて、東京に向かった。まだ、GWガ続いているのか道はガラガラに空いていた。1時間半かからずに着いた。義父のベッドサイドに行くと、ゲッソリとやつれた顔がどす黒い。しかし、意識ははっきりしていて義母にああだこうだと要求する。しっかりしているので安心した。その後しばらく義母と話をして3時半にいとました。帰りも順調で1時間20分くらいで帰ってきた。そのままスーパーで買い物をして帰宅した。
2009年05月07日
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先日、娘からネパール人のジョシーと結婚すると言ってきた。彼との結婚には異存はない。しかし、家内の喪の明けてからという縛りがある。取り合えず入籍して、式は来年喪が開けてからということにした。しかし、式場は早めに押さえたいし結婚式は神殿結婚をしてから披露宴はホテルか結婚式場でしたいというのが娘の希望。残念ながら、家内に結婚式の支度を見せられないことが彼女には後悔があったかもしれない。しかし、親戚からウエディング衣装だけでも家内に見せたらと言われたがお互いの気持ちが行き着かなければ無理だとしていた。今日は、GWの真っ最中に葉山の音羽の森ホテルと葉山港近くのafiteという結婚式場に行って来た。音羽の森は11時の予約だったが、早めに9時に出て10時半に着いた。ただ、音羽の森ホテルで挙式できると思っていた娘は別の披露宴だけの施設でするということにがっくりしていた。しかも、施設は20年前のもの。次に向かった結婚式場は、afiteというところ。結婚式場は、葉山町の森戸大明神。源頼朝の時代から続く社だ。社務所でパンフレットをもらってafiteに向かう。娘がコンタクトした担当者が出てきて色々施設を見た。そして、式の見積になって音羽の森より格段に値引きがある。4時頃に式場を出たが、経路を間違え渋滞にはまった。先程帰宅したが、楽しい一日だった。娘とジョシーのこれからの幸せを祈る。
2009年05月04日
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今日は、家内を埋葬したお寺の開山会大祭が行われ娘もジョシーと10時頃やって来た。家内の墓参りもして墓前に花も手向けた。昔、このお祭りでは、家内が準備作業で指揮を執っていた。ここは、家内の叔父が住職を勤めるお寺である。あまり広くない境内にテントが何張りか張られて沢山の檀家さんであふれかえっていた。今日は、自民党の河野太郎も来て挨拶していた。下の画像の青い着物の人は、この部落から生まれた本物の歌手で沖田真早美というがよく判らない。しかし、地元輩出とあってそれなりにフアンがいる。11時過ぎから、焼きそばやたこ焼きや手打ち蕎麦などが全て無料で振る舞われる。大人も子供も皆嬉しそうだ。子供向けの抽選会が始まり、その後、大人向けの抽選もありユニークな景品は、段ボール箱に入ったトイレットペーパー1年分なんていうのもあった。娘は、後半で3000円の商品券があたり大喜び。最高賞品は、自転車が1台。皆ワクワクして当選番号の読み上げに聞き入っている。隣にいた1家は5kgの米が2つも当たった。娘は、何でも買える商品券で満足そうだった。その後、父の病院に回って様子を見てきたが元気そうだった。
2009年05月03日
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