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こうたく @ Re:タクシーの遠回り。。。新大阪駅にて(10/10) この記事からもう何年も経っている2017年…
tekari!@ Re:最終回(10/28) 先生、またなにか面白いこと、やりましょう
Naoki@ 楽しませてくれてありがとう☆ 人間臭くって、大好きなブログでした。 …
ゐdeっち@ ま、しかたないですね そういうところに 自分で飛び込んだわけ…
Naoki@ 官僚的ですね☆ やはりセンセは先生してるのもったいない…
2005年11月05日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 大学院の授業に、中島紀恵子先生が来た。新潟県立看護大学の学長だ。
 中島先生と初めてあったのは、東京駅のビヤホール。まだ院生で、博論に向けたデータ収集を行っていたときだった。
 データ収集に疲れ果てていたとき、突然携帯(といっても、当時のまだ画面が2センチ四方ぐらいしかないやつだったのを覚えている)が鳴り、誰かと思ったら中島と名のる良くわからない女性からだった、というのがことの始まりだった。大学院終了後の身の振り方の一つとして、大学のポジションを考えていただけに、中島先生の「会いませんか?」という問いかけに、ンじゃ会ってみようかな、といった気になったのだ。当時、恐れ多くも、中島先生のことは、まったく知らなかった。というのも、もともと社会福祉系にいたため、看護業界の情報はほとんど知らなかった。合うと決めた後に、福祉系の何人かに、中島紀恵子って、どんな人?とリサーチしたのを覚えている。
 「私はすぐわかると思いますから」という中島先生に、「私のこともすぐにわかると思いますから」と応えたような気がする。東京駅での待ち合わせは、お互いが言ったとおり、おたがいすぐに相手がわかった。お互い、見た目が濃かったのだ。東京駅のビヤホールの誘われ、色々と聞かれるのかと思いきや、話していたのはずーっと中島先生だった。私は、ぽつぽつと受け答えをしつつ、勧められるがままに、ひたすらビールをしこたま飲んでいただけだったように思う。先生の倍ちかいガタイの男が、耳にはピアスをあけ、髪の毛は茶色。先生にはどんな風に映っていたのだろうか。
 結局、とりあえず学校を見にいらっしゃい、と誘われて、気が付いたら北海道に住み着いている。
 そんな出会いからかれこれ10年。会うたびにパワーを増していくようで、会うたびに、ますます力強く精神注入棒で尻を叩かれる。今年の授業も、院生、教員ともども、ガッツリ注入された授業だったが、まだまだ注入されたりないわれわれがいるようにも思う。いい加減に自立しなさい!と起こられるかもしれないが、吸い尽くせるものは、今のうちに吸い尽くしておきたいとも思う。ご迷惑かもしれませんが、ひとつ、ますます、ケツバット、よろしくお願いします。先生!





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最終更新日  2005年11月05日 05時56分16秒
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