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Naoki@ 官僚的ですね☆ やはりセンセは先生してるのもったいない…
2010年07月05日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
認知症の人に関わるきっかけは何だったんですか?
以前、記者の人にそんな質問をされたことがある。
きっかけ。。。。
考えたこともなかったその時は、
臨床にいたときに出会った患者さんたちを
思い出すことしかできなかった。

看護師として臨床で働いとているとき、
認知症の人とおしゃべりをしていると
仕事をさぼっていると

認知症の人の誕生日と知り、
病棟の人を集めてお誕生会をしていたら
やっぱり仕事をしろと怒られた。
看護師さんたちはどんな仕事をしているんだろうと
同業ながら疑問に思ったことがある。
何をなすべきか、
何が必要なのか、
何が求められているのか、
何ができるのか。
若かりし僕は、
先輩の叱責に頭をかきつつ、


ケアに携わる者として
僕は何をしたかったのか。
僕は別に
ガーゼを取り換えたり
点滴をしたり

そんなことがしたかったわけじゃない。
そこに生きて在る人と接し、
そこに在る生きてきた人と交わり、
そこから生きていく人の在りように
寄り添っていたかった。
認知症の人たちは、
そんな看護師の僕一番受け入れてくれていた人たちだったように思う。

最近、老年看護なんてものを教えている。
偉そうに
なにを分かってるわけでもないのに
教えている。
高齢者の豊かな生をサポートする、なんて、
偉そうなことを
ぬけぬけと言う。ただ、
ときどき、自分を垣間見る一瞬がある。
お前はどうなんだよって。
お前の生は豊かなのかよって。
かつて臨床で出会った認知症の人たちに
なにかサポートをなんて
偉そうな態度で接してきていたけれど、
いったい何ができたって言うのか。
いったいどんなサポートができたというのか。
どんだけ豊かな質の生を提供できたのか。
それ以上に、
自分はどんだけ豊かな生を生きているのか。
高齢者に豊かな生をなんて
偉そうなことを言えるほどの生を
自分は生きているのか。
自分ができもしないものを
人に求めることも
人に与えることも
できないいじゃないか。

今の仕事が嫌いなわけじゃない。
ただ
何もかもを犠牲にして仕事に時間を費やす生き方は
僕の求める豊かな生き方ではないような気がする。
忙しく働くことも
充実していればいるほど
楽しくもある。
でも、
子供たちの寂しそうな顔を見るとき
僕は生き方の軸をシフトしようと考える。
そういう生き方の先にしか
他の人の豊かな生き方を支えるケアは
僕からは生まれてこないと思うから。

臨床で出会った認知症の人たちは
今の僕の生き方の由来となって
今も僕の中に生き続けていていくれる。






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最終更新日  2010年07月05日 21時13分46秒
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