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私がパソコンに向かっていると、よくマナがそばに来て、ずっと座っていることがよくあった。しばらく座っていても私がパソコンから目を離さないのが分かると、どこかへ行ってしまったとにかく、マナはよく側にやってきた。夜寝るときはいつも人の上にのってきた。それは我が家にマナがやって来てすぐの時からそうだった。ほんとに、マナはいつもそばに居てくれた。だから、いつの間にかマナなしの生活は考えられなくなっていた。それだけに寂しい。マナはかくれんぼが好きだった。自分から逃げて、階段の下に隠れて顔をこちらに向けて様子を伺っている。とにかくよく自分から人間にアピールするのが好きだった。自分からよく遊びましょうと、人の顔を見てアピールするのだ。それほどマナは人間に近い存在だった。だから、人間は好き、だけどネコは嫌いだった。マナは、いつでも私のそばに居た。
2011年09月29日
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マナが死んでから、もう一年以上たったというのに、いまだ心の整理がつかない。亡くなったのは、去年の4月18日の日曜日の朝だった。ほんとうは、その日は朝早く起きてある資格試験を受けに行く予定だった。そんなことは、もうどうでもよくなっていた。1月頃からマナはだんだん食べなくなった。獣医のところに連れて行ったときは、手遅れだった。腎臓がもう駄目だった。長い間、腎不全を患っていたのだ。年寄猫に多いそうだが、慢性腎不全だったのだ。そんなことは、知らなかった。多飲多尿の猫は、慢性腎不全に陥っている可能性が高い。そんなことが分かっていれば、もっともっと早くに手が打てたかもしれない。しかしすべては手遅れだった。そもそも、試験のことに気を取られていた。そんな試験は本当はどうでもよかったというのに。獣医はこの猫は、18歳くらいだろうと言った。マナはうちに来て、10年半だ。何歳だか分らなかった。そんなに年がいっているとは思わなかった。いろいろ失敗があった。しかし今更悔やんでみても、どうにもならない。マナは死んでしまった。ほんとうにマナありがとう。マナとの10年間がどれほど楽しいものであったか。この10年間、我が家にとっても実にいろいろなことがあった。その一つ一つにマナが関わっている。だから、マナのことは、忘れることができない。でもどこかで、心の整理は付けなければならない。
2011年09月22日
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