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「青春とは、人生のある時期のことではなく、心の持ち方を言う(サミュエル・ウルマン)」 アメリカの実業家。何歳でも青春はあり、何歳でも青春は失くなる。気持ちの持ち方次第である。
2010.06.05

静岡県の赤石山脈の最南端にある秋葉山は、古くから火防信仰を集めた霊山だった。頂上に秋葉神社があり、天竜川支流に沿った山麓には、里宮がある。秋葉神社は山岳信仰にはじまり、神仏習合時代には、熊野三山同様に修験道が盛んだった。秋葉山の寺には、修験者の三尺防大権現が祀られている。三尺防は、信州の修験者で、幼くして出家し、諸国を修行した後、越後で僧侶になった。白い狐に乗って空を飛び、秋葉山に降り立った。そこで火伏せの霊力を持つ天狗だと言われるようになった。その天狗伝説は、やがて秋葉神社は火の災いを防ぐ神として、広く信仰されるようになった。江戸庶民は特に熱心な信者で、火事と喧嘩が江戸の華と言われた時代、火伏せの秋葉信仰が盛んになり、その勢いは幕府が禁令を出すほどだった。都内には現在でもその名残りがあり、「秋葉山大権現」の石碑や祠が数々あり、台東区には秋葉神社が在る。秋葉原電気街の秋葉原という地名も、秋葉神社に由来し、明治2年の大火の時、そこを空き地にし、火防のために秋葉神社を勧請した。当時は「あきばっぱら」と呼ばれていたが、JRの駅名は「アキハバラ」住所は「アキバハラ」現在は「アキバ」
2010.06.05

「それだからこそ、我は主張する、人は皆、エロスを尊重しなければならないと(プラトン)」 古代ギリシャの哲学者。人間には、美と善とが欠けているので、それを追求して止まない存在なのだ。その憧れをエロスという、だからエロスを尊重しなければならない。美と善に憧れる気持ちが消えてしまえば、それは、すっかり老化したということだ。
2010.06.04

バイカウツギ 男性も40歳を過ぎる頃から体調が変化します。原因はストレスや疲労など様々で、理由なくイライラしたり、何となくパワーが出ないとか、眠りが浅くなったり、夜中に何度もトイレに起きたりします。筋力の低下、倦怠感、手足のしびれ、気力の低下、そんな身体の変調に悩んでいる人が多くなります。男性にもエイジングケアが必要です。各地で男性更年期外来が開設され、患者数が年々増えているそうです。男性のミドルエイジ特有の変化は、男性ホルモンの減少が関わっていると考えられています。女性の場合は女性ホルモンが急激に減少しますが、男性の場合は緩やかで個人差が大きいのが特徴です。一般に青年期を過ぎると、ホルモンの分泌は低下します。男性ホルモンの減少によって起こる変化が、男性更年期の不調と重なるわけなのです。働き盛りの男性が、こうした状態に陥ると、加齢のせいにしたり、仕事のストレスや疲労が原因と決めつけて、気力だけで乗り切ろうとしてさらに悪化させてしまったり、周囲に理解してもらえず一人で悩んだり、悲しい結果になる場合もあります。トイレに関する不調について日常生活で気をつけることは、適切な水分補給、適度な運動で血行を促進する、ゆっくり入浴して血液の循環をはかる、栄養バランスのとれた食事を心がけ、アルコールを控える等々。食事や運動を含めた生活習慣の改善が、不調を遠去け、健康づくりの基本になります。笑いはストレスの特効薬です。ほとんどの病気の原因はストレスですから、ストレスを溜め込まずにどんどん発散させましょう。手軽なストレス発散法は、笑うことですから、バカバカしいお笑い番組を楽しんだり、子供やペットと遊んだり、笑いを利用してポジティブな考え方をしましょう。趣味を見つけるのも効果的で、ちょっとした絵画なり、スポーツやカラオケでも何か熱中できる趣味を見つけましょう。そして、生活習慣病の予防にもなる規則正しい生活を心がけることが重要です。起きる時間、寝る時間、食事時間を一定にするようにして、軽く運動することも忘れずに。規則的でリズムある生活は、男性のエイジングケアの基本です。不調になる前に日頃から心がけてください。
2010.06.04

オリーブ 日本でも人気の高いマリー・ローランサンの絵は、柔らかい色調の女性ばかりが描かれていて、男性は登場しない。この作風は、彼女自身の恋愛体験が反映されているのではないかと言われている。ローランサンの最初の恋人は、詩人のギョーム・アポリネールで、彼はピカソから紹介された。ところが、急に彼と別れたローランサンは、ドイツ人の画家ヴェッツェン男爵と電撃的に結婚した。しかし男爵との結婚生活もうまくいかず、8年後に離婚した。男爵はアル中で、財産を失った上、一族は没落した。もう結婚はこりごりという心境で、女友達のニコル・グルーを愛の対象にした。グルーとは結婚前からの知り合いで、時々喧嘩をしながらも、最も親しい友人であり、友情は生涯続いた。シュザンヌ・モローという元々女中だった女性を養女にし、死ぬまで生活をともにした。男性に懲りて、女性との友情を温めて暮らしたローランサンであれば、女性ばかりで男性不在の絵を描くのも不思議ではない。彼女の自伝的エッセイである「夜の手帳」には、男性を牛になぞらえて、「牛はもうたくさん、私は気の合う女性たちと暮らします」という一文がある。
2010.06.04

「念には念を入れよ」 念入りとは充分注意してとか、丁寧にという意味ですが、念には念を入れよとなると、さらに細心の注意をはらいなさいという意味になります。 仏教語で念は、記憶して忘れない心の作用のことで、憶念、追念などといい、大事なことです。常に心の中で思いを持続し、決して忘れないこと。念仏は仏様を念ずること、仏様の功徳、お姿、悟りの内実を心に思い、敬うことで、仏道の修行では最も大切なことです。浄土教では、仏様の名を唱える「称名念仏」が眼目となっています。 しかし念を入れすぎると「念の過ぎるは無念」となって、冷静な判断が出来なくなり、失敗するという結果になります。
2010.06.03

アジサイ 匂い春、山里などへ出かけるのは実に楽しい。草木も水も青く、草原を歩いていると湿地などがあって、従者が歩くたびに水滴がはね上がるのも面白い。道の両側に続く生垣の枝が、牛車の屋根に差し掛かるのを、急いで取ろうとしたけど、すっと手から離れてしまって残念だ。ヨモギが車に押しつぶされて、良い匂いが漂ってくる。 夏、夕涼みの頃、人の顔がはっきり見えないくらいの薄暗闇の中を、身分の高い人の車が、後ろの簾を上げて走らせて行く様子は涼しげだ。まして、その車の中で、琵琶を?き鳴らし、笛の音など聞こえてくると、すれ違って行ってしまうのが残念に思われる。そんなすれ違いの時、牛の皮紐の匂いが、奇妙で嗅ぎ慣れないものなのに、良い匂いに感じられるのも、我ながら正気の沙汰とも思えない。 真っ暗な夜、車の前の松明の煙の匂いが、車の内にこもっているのも、夏の夜らしい趣がある。
2010.06.03

日野宿は、甲州街道の5番目の宿場町だった。小さな宿場町だったが、多摩川の渡しを任される重要な宿場だった。日野宿本陣は147年前に建造された都内唯一の本陣。本陣とは、大名や旗本の宿泊所なので、建物は豪華。大黒柱は樹齢350年のケヤキで、襖は紙ではなく木で作られている。東京都の歴史的建造物に指定されている。渡邊家店蔵店蔵とは江戸時代のコンビニで、塩・醤油から炭や下駄、旅人に必要なものは何でも揃うよろず屋だった。
2010.06.03

「自殺はまた一種の実験ともみなされる。存在と認識とは、死によってどのような変容を蒙るかという実験である(ショーペンハウアー)」 ドイツの哲学者の実験には落ちがある。この実験には肝心の回答を聞き取る意識の同一性を殺してしまう。結果を誰も知ることはない。 しかし、実験などする必要はない。なぜなら、自殺した者は、生きていた時の何百倍もの死後の厳罰の苦しみを知って、後悔しているに決まっているからだ。
2010.06.02

きちんとした宗教教育地下鉄サリン事件が起きた頃、戦後の日本は宗教教育をしなかったから、こんな事件が起きたと言われた。また、子供の躾もろくに出来ない親、正しい日本語もしゃべれない大人、感謝の心がない若者なども、きちんとした宗教教育が行われていないからだと言われている。ただそれだけではないかもしれないが、確かに正しい宗教教育は必要だ。それには先ず教師を教育し、親を教育する必要があるのではないか。しかし、誰が先生になって親や教師を教育したら良いのか?品格が無いのは外国人横綱ばかりではなく、品格のない政治家、品格のない企業トップ、品格のない教師、宗教家、法律家、警察官、芸能人、その品格のなさを真似する子供達。日本国憲法には、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と規定されている。この部分だけは改革してもらいたい。法律の専門家でも、この宗教教育が何を意味しているのか意見が一致していない。宗教一般についての知識も与えてはいけないのか、宗教全般についてなら教えても良いのか、はっきりしていない。その結果、教えないのが一番無難だろう、何か教えて問題が生じたら面倒だ、触らぬ神に崇りなしということになってしまったらしい。そのため、我々には宗教的な常識が一切なく、興味を持って自ら勉強した者以外は、とんでもないオカルト教団にはまってしまったり、逆に宗教は全てが危険なものと勘違いしてしまうことになった。しかし、宗教とはいっても、知恵と英知に満ちた人間としての精神的財産もあるのは確かだ。それを知らないから、平気で人を殺し、人を騙し、他人の財産を奪えるような人間が増殖するのではないか。人間の内面を重視する教育が排除され、詰め込み教育が始まり、それが間違いだと判ると、ゆとり教育が始まり、それも大きな間違いだったことがやっと判って、また詰め込み?科学や経済だけを重視する歪んだ現代日本、日本人の心の歪みを、正しい宗教教育によって改善する必要があると思うが。
2010.06.02

サツキ 平安時代になると、仏教の因果応報の考え方が人々に行き渡って、鬼や天狗が跋扈し、死霊、生霊、幽霊が活躍した。死霊は死後の霊が姿を見せずに活動する。生霊は生存中に霊が肉体から遊離して活動する。幽霊は死後、生前の姿で現れて活動する。鬼は、オニとモノの二通りの読み方があった。 菅原道真は、宇多天皇に重用されたが、藤原一派に、「醍醐天皇を廃して斉世(ときよ)親王を建てようとしている」と讒言され、陥れられて大宰府へ流された。斉世親王は宇多天皇の息子で、道真の娘が妃だった。二年後に道真が失意の内に死ぬと、醍醐天皇の清涼殿に落雷し、柱を直撃、藤原清貫が胸を裂かれて死に、平希世が顔を焼かれた。また、干ばつ、飢きん、疫病がはびこった。天皇は譲位し、出家したもののその日の内に死んでしまった。それらはすべて道真の怨霊のせいにされ、道真は天満宮として祀られた。 平将門は、関東で挙兵し新王を名乗ったわさされが、それも道真の怨霊に動かされたのだと噂された。 崇徳院は後白河天皇と平清盛に敗れて、讃岐へ流された。指先の血で五部大乗教を書いて、京都の寺に納めたいと願ったが叶えられず、経典の奥に呪詛の言葉を残して、大天狗になった。崇徳院は8年後に死んだが、怨霊は明治時代まで崇り続けた。平家滅亡は、源頼朝を崇徳院の怨霊が動かしたからだと言われていた。
2010.06.02

五街道と四宿今は首都高速の下になってしまった日本橋には、日本国道路元標がある。江戸時代の始めから、日本全国の道路の距離を測る起点となるのがここなのである。江戸幕府が開かれた1603年、江戸から出る街道の起点と定められた日本橋は、平川(日本橋川)に架けられた。三代将軍家光によって参勤交代制度が定められると、街道や宿場が整えられた。四代将軍家綱は、日本橋を起点に放射線状に幹線道路を整備し、東海道(国道1号)、甲州道中(国道20号)、日光道中、中山道、奥州道中の五街道を設けた。その中で最も重要視されたのが、幕府が置かれた江戸と、朝廷がある京都を結ぶ海沿いの東海道と、山沿いの中山道だった。また、日光道中は江戸と、家康が祀られている日光を結ぶ参拝道であり、宇都宮までは奥州白河までを結ぶ奥州道中を兼ねていた。甲州道中は、江戸から甲府を通って、信濃の下諏訪宿で中山道と合流する。五街道以外にも、脇街道が整備された。日本橋は五街道の起点として、江戸から各地へ旅立つ者、地方から江戸へ入る者が行きかい、周囲には金座(日本銀行)をはじめとして、大きな商店などが建ち並び、商業の中心地となった。陸路ばかりではなく、江戸湊(東京港)を中心に水路が整備され、物流の起点となった。五街道では、各宿場町が栄えた。江戸四宿とは、東海道の品川、中山道の板橋、日光・奥州街道の千住、甲州街道の内藤新宿(新宿)を言う。
2010.06.01

「チャンスは貯蓄できない(キッシンジャー)」 アメリカの学者、政治家。チャンスが到来した時は、迷ったり尻込みしたりしないで、どんどん使うべきだ。
2010.06.01

野イチゴ 善光寺は1300年以上前に、本多善光が創建しました。当時朝廷では、曽我氏と物部氏が争っていました。曽我氏は崇仏派であり、物部氏は廃仏派だったのですが、その渦中、阿弥陀如来像が難波の堀に捨てられ、信濃の国の本多善光がそれを見つけたことが、善光寺創建のきっかけになりました。善光寺は、全国に443の善光寺如来分身像があるといわれ、正式名を善光寺とする寺院だけでも119もあります。長野県には、善光寺が三つあります。その三つに全てお参りしないと、善光寺に参ったことにはなりません。長野の善光寺では、「お戒壇めぐり」というミステリアスなアトラクションが行われているそうです。本堂のご本尊の下には地下道があり、真っ暗な地下道を手探りで歩いていくと、ご本尊の真下に「極楽のお錠前」という鍵があるので、手探りで探し当てれば、ご本尊との仏縁が深まるとされ、極楽往生ができることになっているのだそうです。なにしろ真っ暗なので、何処にあるのか判らない錠前ですが、かなり大きいもので、手探りしていれば必ず見つけられるそうです。これには、暗黒の世界を静かに進みながら自分を省みて、積み重ねた罪を取り除くための精神修養を行う、という宗教的意味があるのです。
2010.06.01
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