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2006年10月14日
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テーマ: お勧めの本(8164)
カテゴリ: オヨミモノ
海辺のカフカ(上)
argus100さん との約束もありましたし、読後の感想....ってとこなのですが、そう言えば、村上氏はノーベル文学賞残念でしたね。
毎度、どういった選考基準があるのか、よくわからない賞ではありますが、かみさんの話ですと、少なくとも中国国内では、氏の翻訳本は、比較的沢山出回っていたという話ですので、国際的な評価は、それなりに高い人なのだと思います。

ちなみにかみさんは、中国語翻訳本ではなく、氏の書き下ろしをそのまま読みますが、彼女の「野望」の一つに、自ら氏の作品を中国語翻訳して出版したい....というのがあります。やはり微妙なニュアンスは、翻訳者の主観に依ることが多いので、今ある中国語翻訳本は、気に入っていないとのことでした。

.... 閑話休題 ....

完読後最初に感じたのは「ズルい」という感覚でしょうか。
まぁ文学作品に明確な「解」を求めるのは、土台無理な話なのでしょうし、何等かの余韻があってこそ、作品に深みが増す効果もあるのだとは思います。
とは言え、作中猫と話の出来るナカタさんという老人が登場しますが、彼と主人公である少年との関係に「必然性」の欠片もなく終わってしまうのは、私にしてみれば「肩透かし」を喰ったに等しかったのです。
ナカタさんがなぜ猫と話ができるのか?と、そうなった経緯に関しては書いてありますが、そもそも「なぜ彼がそうなったのか?」が判然としません。その「解」を明確化しないことが「手法」であるというのであれば、甘んじて受け入れますが、話が中途半端に「科学的」に始まる点が、どうにもしっくりこないのです。



海辺のカフカ(下) それほど多くの本を読んだ訳ではありませんが、児童図書の怪人二十面相や少年探偵団から、推理小説を読むようになり、ハヤカワで本を探すうちにSF小説にはまった私にしてみれば、どんな「こじつけ」であっても、発生する事件の因果関係が明確化されない話は「あり得ない」訳で、それが明確化されることで、推理小説であれば事件が解決し、「サイエンス」フィクションとしての立場が保たれるのだと考えます。
その意味で、私の中でこの本は、村上春樹の書いたSFだった訳ですが、サイエンスと称するには片手落ちだった....というのが、一番最初に話した「ズルい」やり方と感じた点なのです。

ともあれ、中々読ませる内容だったとは思います。
先の展開が読みにくいので「続きが気になる」パターンで、読み進むことが可能ですし、「親子って何だ?」などという日常的な問題を抱えていらっしゃる方にも、お薦めしたい本です。....答はありませんよ。問題が深く掘り下がってしまうだけです....。


現実的でない現実や、虚構性を伴わない虚構が入り交じっていて、ある意味「村上ワールド」の集約された「形」が示された小説だったのかもしれません。
恐らく、受け入れることの出来る人/出来ない人は、極端に分かれてしまうでしょう。

「ズルい」とは感じたものの、最期までたどり着いた「達成感」は残りました。
どうやら、私は「受け入れる」側の人間のようです。
なので、みなさんにもお薦めします。
まだ読んでいらっしゃらない方は、是非お読みください。





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最終更新日  2006年10月14日 10時58分10秒 コメント(4) | コメントを書く
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