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私からしてみたら、大抵の大人はみんな謙虚だ。 何故そんなに謙虚なのだろうと思う。 楽しい時間を過ごして、その時間を終わらせたくないと思ったら、ずっと続ければいい。 けれど、大人は何故か皆、ほどよいところで切り上げる。 何故それほどまでに諦めがよいのだろう。 私にはわからない。 ずっとずっと続ければいいと思う。 恋愛だって同じだ。 一緒にいたかったらずっと一緒にいればいいのだ。 私にはそれ以外の選択肢はない。 それで何か不都合が起こるのであれば、そんな不都合なんてぶち壊せばいい。 もしくは、あらゆるパワーをもってして、取り繕えばいい。 けれど皆それをしない。 ほどよく切り上げて去っていく。 私は一人取り残された子供のような気持ちになる。 楽しい時間を心ゆくまで続けて、それが色あせたら、それはそれでいい。 色あせるまで、他のものが色を帯びてくるまで、続ければいい。 飽きることができるのだったら、いっそとことんまでいって、飽きた方が私は楽だ。「意気地なし」と私はつぶやく。 一人取り残されて。
2005年01月10日
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満腹と空腹、どちらが好きですか? どちらが心地よいと感じますか? 私は断然空腹感が好きです。 それを選べるのは贅沢なことだが。 空腹でいる状態は、文字通り体が軽い。 ものを食べることは好きだけれど、やっぱり食べ物は、異物だと思う。 心底お腹が空いているときに最初に口に入れた食べ物は、自分の体に限りなく吸収されていくと感じる。 それは異物ではない。 だが、食事を続けているとすぐに、食べ物の質が変わる気がする。 体に侵入する異物。 食べ続けることで、空腹感が減っていくのを惜しいと感じる私がどこかにいる。 満腹になった私が感じるのは、満足感より、後悔と罪悪感。 それらは露骨には出てこない。 満腹感の後ろにいつもひっそりと張り付いている。 料理を提供した側が、客人が料理を残すとおいしくなかったのか、と不安になり、全部平らげてあると、満足してもらえたんだ、と安心することが多い日本の習性。 残された料理を見て、ああ、お腹一杯になって満足して帰ってくれたんだ、量がちゃんと足りてたんだな、と捉える別の国の考え方。 私にとっては、後者の方が優しいかもしれない。 自分の好きなところでいつでもやめられるから。 そうは言っても、私は大抵の場合よく食べるし、食べることは大好きだ。 家族や恋人、友人等、好きな人たちと食事をすることは、料理の内容や、味だけではなく、行為としてもあたたかく幸せなことだ。 最近の私は、極端に食欲がない。 体が軽い爽快感はある。 だが、不健全さに快感を感じていてよいのか、という不安もある。 先日職場の友人Nが「誰かと一緒に食事をした方がいいよ」と、私に言った。 確かに最近、私は誰かとちゃんと食事をしていない。 私は、独りだと物が食べられないとか、そんな可憐な性格ではないが、Nの言うことには一理あると思った。 ちなみにその日は、Nと、同じく職場で仲良くしているKちゃんが焼き鳥屋で一緒に食べてくれた。 涙が出そうなほど嬉しかった。 二人とも、ありがとう。 余談。 私が人生の中で、最も好きで、大切に思っている行為。 それは、恋をすることと、お酒を飲むこと。 それらに熱中すると、食べることにつかうパワーさえもそっちに奪われることもしばしば。*****************************「ほめ殺し」のコーナー。 ぐらが「Y君」を更新しました。 Y君を知っている私としては、笑えて仕方なかったのですが。 Y君のことを知らない人が読んだらどう思うのだろう、と興味津々です。 よろしければ、是非。
2005年01月01日
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