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たとえばYoutubeで何か映像を検索してみたとする。そうすると画面の横に関連した他の映像のリストが上がってきますね?それで、『あ、これも見よう!』とかってどんどんクリックしていくと、最終的にやたら変なところにいたりしませんか???ワタシ昨日大ボケ兄弟のピアノのレッスンのことでちょっと悩んでいて、ふとコドモがピアノを弾いてるところをさがしてみた。ベートーベンのピアノ曲が聞きたくなったのもあったのだが、それは題名を思い出せず検索不可だった。で、最初は高尚にもクラシック音楽を聴いていたわけですよ。(何気に好きだったりする・・・車はいつもクラシックのラジオ局に設定)そしたらふと冬ソナのピアノ曲が聴きたくなり検索。『初めて』を聴いていたら、横にRyuの歌う主題歌を見つけ。それを見ていたら横に雅夢の『愛はかげろう』が。これをパクったと言われていたので、どれだけ似てるんだろうと思ってクリックした。(サビのところちょっとだけじゃんね?似てるの)そこから懐かしのフォークソング・歌謡曲があがってきて渡辺真知子やら岩崎宏美やら『異邦人』やら『水色の雨』やら・・・ついつい夜中一人で歌ってしまいましたね。ダンナ出張でよかった・・・しかしその一連を聴いていたらなぜか佐々木功の『宇宙戦艦ヤマト』が!!!ヤマト、ガッチャマン、ゴレンジャー・・・いい加減夜も更けてきたので、最後は『装甲騎兵ボトムズ』で〆させて頂きました。すいません、ワタシ、アニヲタでした・・・ボトムズの最終回見れなかったことがいまだに心残りです。ってか最初はクラシックだったのに???
2007年11月28日
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感謝祭の4.5連休がやっと終わって(水曜は半ドンだった)、なんとか通常の生活に戻ろうとしておるスナグル一家です。そんな中でワタシ愛用の5年物のPCが、とうとうイって、いや逝ってしまわれました。なんの前触れもなくブチっと電源が切れ、それからはうんともすんとも言いません。『死の青画面』も出ませんでしたよ。それ以来ワタシはダンナのノートPCと大ボケ兄弟のノートPCの間をさまよう、PCジブシーと化しております。ダンナのやつにいろいろとワタシが使いいいように設定したにもかかわらず、昨日の午後からダンナは出張で、PCまで持って行っちまいました。今日大ボケ兄弟のPCに設定しなおしです。幸いなことに大ボケ兄弟、こないだの成績表の中身が悪く、週末以外はゲーム禁止令(PC、XBOX含む)を食らっておりますので、ワタシ使い放題です。ほ~~~~っほっほっほ~~~(近所に響く高笑い)さてダンナのいない間はゴハンが美味しい。ヤツは一人だけ味覚が違うのでいるとやっかいです。感謝祭の残り物もほぼ処理したので、今日は久々にゴハン炊きました。みなさんのお宅は白米ですか?雑穀米ですか?我が家では糖尿を患うスーキーちゃんに教わって(スーキーちゃん:料理上手な韓国人、しかし今年遠くに引っ越してしまった)玄米と大麦を混ぜております。大体白米4にそれぞれ1くらいの割合で。よく噛むのにいいですね。それと味噌汁と、今日のメインは秋刀魚でございましたのよ奥さん。冷凍ですけどね。コチュジャンにつけて真空パックされてるヤツ。3匹入りで約4ドルですから悪くないですよね~。魚焼き器がないのでフライパンで焼いて、大ボケ兄弟に1匹ずつ、残りの1匹をワタシとプリンセスとで分けました。コドモ優先なんてなんてすばらしいハハなんでしょうか?いえ、こう寛大になれるのもワケがございます。大ボケ兄が1匹食べれないのを知っているからです。もう14歳なんですけどね。世間で言う育ち盛り、食べ盛りですよね。相変わらず4歳児と食べる量が変わりません。その向かいで自分の1匹を食べ終え、大ボケ兄の残すであろう秋刀魚を狙っている野良猫のようなその目。身長はぜんぜん違うくせに、大ボケ兄と体重は同じの小ボケ弟ですわ。仕方ないので半分こしてあげました。骨までしゃぶってました。それは別にいいんですけど、家の中魚臭いです・・・
2007年11月26日
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だらだらと長く書いてます。愚痴満載で暗いので、苦手な方は読まないほうがいいです。ダンナが年1度参加する、仕事関係の団体の総会。今年はラスベガスで行われた。結婚15周年に予定していた旅行が、去年のエアコン修理の出費がかさんで出来なくなったので、このベガスをその代わりにしようと思っていた。『あなた達が旅行に行くときは、私が子供達の面倒を見てあげるから』そのダンナ母の言葉に甘えて、ワタシはそれを楽しみにしていた。その旅行の手配をしようというときになって、彼女からメールが入った。中国行きが早まったから、子守には行けなくなった。もう彼女の言葉を信じるのはやめよう・・・ダンナも彼女と仲がよくて、メールや長電話などしていたが、その後は『もうMomに言いたいことがない』と言って、返事を出しても必要最小限のことしか書かなくなった。ダンナは母方の祖父母をすごく慕っていて、子供の頃の話をよくしてくれた。もう二人とも他界してしまっていて、コドモらは彼らに会ったことがない。自分と祖母との関係を同じようにコドモらに体験してもらいたいと、ダンナはずっと願っていた。それが叶わないと知り、コドモらがかわいそうで仕方ないらしい。ワタシもダンナも彼女に期待するのはやめた。いや、やめたと思っていた。がーんと打ちのめす第2弾が来るまでは。ダンナ弟が、新しく大きい家を買うことになった。もちろん頭金を義妹の母親に借りて。気がつけばこの人はダンナに追いつけ追い越せで生きているのか?と思う。ダンナを追って同じ大学に入り、ワタシたちが結婚した7ヵ月後に自分も結婚し、大ボケ兄を妊娠すると3ヵ月後に自分達も子供を作り、家を買うと自分も家を買い(自分がいくら払ったかは不明)、ダンナが大学院に入ると自分も入り、今度ワタシたちが新居を建て始めると、自分も大きい家を買う。まぁそれはいいのだ。向上心があってよろしいことだ。問題は今まで住んでいた小さい家。それをダンナ母が買うことになった、と言うのだ。『それってもうこっちに来る気はないってことだよね?』とダンナに聞くと、『多分な』ダンナ母が彼らの近くに住むことになったとき、彼らは自分達が使っていた古いシビックを彼女にあげた。もちろん自分達で買った車ではないから惜しくもなんともない。家の値段は2万ドル下げて譲るらしい。義妹の母親がタダで手続きをしてくれるから、それくらい下げても痛くはない。ワタシたちには余裕がなくてできないことだ。今までずっと誰にも頼らずに二人でやってきた。それは誇りに思っているのに、何故かむずがゆい。どうやらワタシの中ではまだ諦めがついていないらしい。胸の中がもやもやして晴れない。お腹の中で怒りが固まりになっている。ダンナ母だけじゃなくて、弟夫婦に対してのひがみもあるみたい。どこかでこれを爆発させたくてたまらない。ああ負のエネルギーに負けそうな自分。家族5人で頑張らなくちゃいけないのに・・・
2007年11月14日
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ダンナ母って結構リベラルで話のわかるタイプで。実際自分の実の母親よりも仲がいい。彼女はワタシらが結婚してからずっと海外暮らしが長くって、滅多に会えないからそう思ってたのかもしれないけど。その海外暮らし(実は日本だったりする)を終えて、アラスカに隠居したのが確か5年ほど前。ワタシたちがそこに住んでいたとき遊びに来て、とっても気に入ったらしく家を買っておいたのである。そこで2年ほど暮らしてみて、余りにも家族から離れすぎていると悟ったらしい。『もっと家族とすぐ会えるところに引っ越すわ。』なんて言っていたくせに、実際移ったところはアフリカだった。家族誰もアフリカなんて住んでへん!!!平和部隊のボランティアとして当地の大学で英語教員を育成する。それを2年やって帰ってきた。いつの頃からか彼女はよく『引退したらあなた達の近くに住むわ。』というようになった。彼女の性格からして絶対同居はありえないが、スープの冷めない距離にすんで孫達ともっと一緒にすごしたい。そんなこともあったので、ワタシたちが今住んでいるところに落ち着くと決め、土地探しをしているときも彼女の家を同じ敷地に、というのをずっと頭に置いていた。そういうこともあって最低5エーカーの土地を探していたのである。そうしてワタシたちが土地を買ってしばらくしてから、彼女がダンナ弟の近くに家を買ったことを知った。なんかショックだった。ワタシら結婚してからずっと転勤族。そういう仕事を選んだのだから仕方がないといえば仕方がないが、ずっと核家族の寂しさを味わってきた。感謝祭やクリスマスも自分達だけ。ピアノの発表会やサッカーの試合も『ちょっと見に来て』といえる距離じゃない。ダンナ父もワタシたちがここに引っ越してからは近くなったこともあって(それでも車で9時間)遊びに来るのが数年に1回から年に数回に増えたけど。うちの両親とはほとんど音信不通。交流があったとしても日本は遠い。年老いた両親が向こうから来ることはない。だからダンナ母の言葉を信じていた。ダンナ弟。兄弟で故郷NYから遠く離れた州立大学に進んだ。そこでワタシや義妹という伴侶と知り合った。卒業して軍に入隊したダンナとは逆に、弟はそこに住むことを選んだ。義妹の両親は裕福。引退した産婦人科医の義父と、やり手の不動産会社経営の母。母の持つ賃貸物件に住み、車なんて自分で買ったことがない。弟もしばらくはそれに飲まれまいと頑張ったようだが、結局は母の元で働くようになった。弟の子供たち(つまりうちの子らの従兄弟)は母方の祖父母とずっと一緒だ。下の子なんて弟が医療保険に入っていなかったときに出来たものだから、医療費を浮かすために自宅で祖父に取り上げてもらった。クリスマスや誕生日にもらうプレゼントは、うちの子のものの比ではない。最新のゲームボーイやiPod、ノートパソコンなどをそれぞれもらっている。義妹の兄弟もみんな近くに住んでいて、従姉妹たちともしょっちゅう会える。クリスマスなどは一族が集まるのでものすごい騒ぎだ。うちの子らと弟の子ら。ダンナ母から見れば同じ孫である。だからどちらがもっと会える権利があるとか言うのはフェアじゃないと自分でもわかっている。だけど、なんだか腑に落ちないものがあって。物なんて買ってくれなくていいから、うちの子たちのそばに住んで欲しいと、ワタシはずっと願っていたし、そう彼女にも伝えていた。それをがーんとぶちのめす第1弾は今年の夏だった。ダンナ母は以前ダンナ弟の近くに住む理由に、『あなた達はまた引っ越すかもしれないから」を挙げていた。しかし今年になってすぐダンナが新しい仕事にかわり、ずっとここに住めることになった。だから家も建て始めた。しかしこの夏彼女は中国に英語を教えに行くことを決めた。それも本人から直接聞いたのではない。彼女の妹が教えてくれたのだ。『○○(ダンナ母)は、「△△(ダンナ)が求めているおばあちゃんにはなれそうもないわ~」って言ってたわ。』と・・・この中国行きに関しては、ダンナもダンナ弟も反対した。だけどダンナ母は聞く耳も持たず。ほとんど事後報告の状態だった。
2007年11月14日
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えっ、また韓流ドラマの話題ですか?いや、ちょっと振ってみただけです・・・こないだの日記にあれだけプリンセスは丈夫!だとかプリンセスは無敵!!だとかプリンセスは不死身!!!だとか書いておきながら(書いてない書いてない)どうかなってカンジなんですけども。昼間元気で夜発熱、ってパターンを週末繰り返した。鼻水も痰も出ていないけど、咳がやたら乾いた音がする。あっこりゃただの風邪じゃないわ、と思って今朝プリスクールを休ませ医者に連れて行きました。彼女を知る人からは怖いもの知らずだと思われているプリンセス。実は医者が怖い。いや、このおじいちゃん先生は大好きなんですよ。何をされるのか怖くてビビっているだけ。体温を測るのも『(ビクッ!!!)これ痛い?』聴診器を当てるのも『(ビクッ!!!)これ痛い?』耳を見てもらうのも『(ビクッ!!!)これ痛い?』前にやってもらってわかってるくせにですね。見てて笑えるからいいんですが・・・このおじいちゃん先生、大ボケ兄の喘息の診断をした人でもあります。大ボケ兄、運動すると発症するタイプの喘息らしい。サッカーの試合中(特に寒いとき)、すぐへたれてたんですよ。ワタシはこれを、普段あんまり食べないから、ただスタミナが足りないのだと思っておりました。肉がついてないから冬寒いし、とか。だって155センチで40キロないですよ。BMIが16.4ですよ!?!立派な痩せすぎです(いや貧相な痩せすぎです)←デブのヒガミ入り。なので栄養相談に連れて行ったんですこの先生のところへ。全然咳とか出ないんですよね、息が苦しくなるそうです。で、結局検査してもらったら喘息だったって訳なんですが。でなにを言いたいかと言うと、先生は小児科医でも特に肺関系が専門らしいんです。なのでプリンセスの肺の音をすごく長い間聴いていました。プリンセスの場合肺の上の方ではなくて下の方、つまり細気管支の方から音がする。上の方からならただの風邪として勝手に治るまで放っておくんだけども、マイコプラズマ肺炎の可能性もあるので、それを想定して抗生物質で治療しましょう、とのことでした。検査はしないの?と思ったのだが、レントゲン撮っても細気管支ははっきり写らないし、マイコプラズマって検査するのにやたら日数がかかるらしくて意味がないそうですね。なので診察の終わった後最寄のWal☆Martの薬局で薬買ってきた。そうそう、こっちでは個人医で薬を出してもらうことはほとんどないのです。処方箋をもらって薬局に行って出してもらう。最近の抗生物質は楽でよろしい。昔は1日2回10日間分、なんてのばかりだったですね。大ボケ兄弟はまた薬アレルギーで飲めるのは1日4回10日間、のだけ。それもやたらまずいんで飲んでくれないんですよ。何に混ぜてもまずくってねぇ。何度手足を押さえつけては喉に流し込んだことか・・・傍から見たら児童虐待ですわ。でも薬飲ませなかったらネグレクトでしょ?プリンセスの薬は1日1回5日間!ですよ。それも量も少なくていいし。ワタシのようなグータラ母にはもってこいの薬ですね。『熱がなかったら学校へ行ってよし!』のお許しも頂いたので、明日からまた学校に行って頂きます。学費高いんだから休まれるともったいないねん。明日はワタシ、PTAのブックフェアで出勤(笑)しなくちゃだし。てなわけで、プリンセスも一応人間だった、というお話でした。(あたりまえやっちゅーねん)
2007年11月12日
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おととい咳をし始めたプリンセス。昨日は元気に学校に行ったけど、帰ってきたときには余り元気がなく。昨日の夕方珍しく昼寝をして、起きてシリアル食べてまた寝た。夜熱を測ると38.5℃。プリンセス、生まれた時からすごく丈夫であまり病気をしない。風邪を引いても咳・鼻水程度で、寝込むことは滅多にない。病院へ行ったのも病気より怪我のほうが多い(苦笑)。もう4歳半になろうとするけど、熱を出したのなんて片手で数えられるくらいかなぁ。コドモが熱を出すとダンナはパニくる。ダンナの叔母の一人がコドモの頃に高熱を出し、それがきっかけで精神分裂症になった、とずっと聞かされているからである。(それが真実なのかは???)薬を飲ませなきゃ~~~~!と騒ぐダンナに、熱はそうやって押さえ込むもんじゃないんだ、体内の炎症と戦ってる証拠なんだ、と言い聞かせる。本人元気がないだけで、苦しそうでもないし。明日様子を見て医者に連れて行くか決めよう、と思って嘔吐対策に枕元にでかい鍋を設置し、水を飲ませて寝かせる。夜中にトイレに行ったときに再度熱を測ったら37.5℃。朝にはすっかり熱は引いていた。すっかり元気!!!丈夫な子を持つと本当にありがたい。外はもう冬、と言う感じ。今日は珍しくサッカーの試合も何もないので、家族(マイナス大ボケ兄←友達のところ)でどこも出かけずにのんびりする予定。Netflixで注文しておいた”Heroes”シーズン1のディスク5も今日届くはずだし。晩ゴハン、鍋っぽいものでも作ろうかな。
2007年11月10日
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先週末はまたさーやちゃんの住む街でサッカートーナメント。今回はどちらも何とか1勝して、ビリケツは免れた。大ボケ兄のチームは土日2試合ずつ。結果は6-0、0-2、0-2、1-3。最初の試合、相手は新しく出来たチームらしく、U-14なのに10歳児も混じっていたらしい。大ボケ兄の2ゴールを含めて6ゴールを前半で決めた。こういう試合の時、2通りの戦い方があると思う。1.ここぞとばかりに点数を稼ぐ2.点数を入れられるのだけ避けるようにして、これ以上は得点しないこれって結構難しい決断である。相手方の取り方も2通りある。1.ちょっと手加減して欲しい、派手に負けると士気が落ちる2.情けをかけられるのは屈辱だ自分がその立場にいたとき、両方感じてしまったので、未だにどちらがいいのだかわからない・・・うちのコーチは後半戦2を選んだ。決して得点してはいけないのではない、ただ条件がある。1.パスを6人に回してから2.サイドからボールをクロスして3.高い位置でシュートする(ヘディングとかバイシクルとか)これは難しかったらしく、ゴールは出来なかった。第4試合はリーグ5チームの中で全勝、それも1ゴールも許してないチームと対戦した。ま、負けるわな、と思って見てたのだが、なかなかの好戦であった。前半1点入れられた後にコーナーからのクロスを受けて大ボケ兄がヘディングでゴール。大ボケ兄、いいところにいたなぁ。後半に2点入れられて負けたものの、結構相手のチームを焦らせたと思う。こういう試合は負けても気持ちがいい。それに対して土曜日の小ボケ弟の試合は後味が悪かった。これだけ大きなトーナメントなので、レフリーの人数も確保するのが大変なんだろう、15歳かそこらの若いレフリーも多かった。そんな経験の浅いレフリーに当たってしまった。相手チームのコーチの顔色を伺いながらの采配である。相手のオフサイドが何故かうちに対するフリーキックになっていた、なんてのもあった。こういう試合はまったくもって消化しない。選手達には悪いが見ているのもいやになる。ちょうどさーやちゃんがお子ちゃまたちを連れて会場まで来てくれたので、プリンセスを連れて近くの公園に避難した。さーやちゃんとなんだかんだ話で盛り上がってるうちにおかげさまで気分が晴れた。わざわざ来てくれてありがとうね!!!でも翌日のビリケツ決定戦ではいいレフリーに当たった。年配の男性3人。ワタシらが座っている側のラインレフはユーモアたっぷりにルールの解説までしてくれて、最後まで納得のいく采配だった。いい試合って言うのはレフリーのよしあしも大きく関係してくるのである。秋季もこのトーナメントを終えて大ボケ兄弟どちらも後1試合を残すのみ。来期につながるようないい試合をして欲しいものである。
2007年11月05日
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