「弥次喜多 in Deep」は夢を描いているが、死とほぼ同義の夢を書いているのは明らかで、まあ、そこまでは「そういうもの」を読んでいるのは自覚していたし、良かった。その薄暗さ、ディープさを楽しんでいられた。 そのあと、1972を読んで、ここではいわゆる浅間山荘事件(に至る流れを含め)にかなりの紙幅を割いているのだが、もちろんここでも感じるのは死の匂い。しかも、先日も書いたようにこの本は時代の空気感をいい感じに表現してしまっているので、淡々とリアルに「死ぬと解っている生きている人」の描写がされる。そこに不安のようなものを感じながら読んでしまう感覚は意外なほど「弥次喜多」と近い心持ちだった。