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JR山手線に乗った。大学入試の広告に目が止まり、唖然とした。東京工科大学の入試は文系教科2科目または3科目の選択で可能なのだ。 学部はバイオニクス学部、コンピュータサイエンス学部、メディア学部の三学部である。 数年前、理工系の大学で、中学生レベルの数学ができないという学生が数十%もいる、という実態が明らかになって、問題になったことがある。文系の教科だけの受験科目で入学できるとすれば、その問題はまだ未解決のままだ。 メディア学部はまあいいとして、残る二学部の学生が数学や物理、生物の勉強もしないで入学し、そして卒業して果たして就職が可能であろうか?
December 28, 2005
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「改革」という掛け声に多くの人が共鳴した。「平和」という言葉に誰も反対しないのと同じである。 しかし「改革」の実像が見えてこないとき、あるいは予想された各論としての改革とは内容が違ってくると、「改革」という言葉と現実とは呼応しないものとなり、「改革」は記号化する。 「郵政の改革なくして小泉の改革はない」。この言葉はすでに記号化している。記号化した言葉に威力は無い。それを発した者の強権によってしか推進させることはできない。 そこで発言者も追従者も「改革」をしたという「形式」にこだわるようになる。そして「改革」は「形式」という二次汚染によって、実体の捉えにくい後遺症をよぎなくされる。
December 20, 2005
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企業でいえば、社長の心の中で考えられていたことが、言葉として表現され,具体的な指示となる。そして何かが指示どおりに実行される。 言葉の一番大切な機能は、実際の行動として実を結ぶことである。 政府の場合も同様である。が、言葉は扱い方次第で死語になることもある。 例えば「改革」という言葉はどういう結果を招いたであろうか。
December 19, 2005
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心の中で言葉が形作られていき、最後に表現(文章、話)に近いものとなるその過程は「考える」という行為と同じなのだ。 国語が重要であるというその意味するところは、国語の習得レベルにしたがって、考える力が左右されるからだ。国語力が低ければ、考える力も弱くなる。(旧文部省は義務教育で、考える力を身につけることを教育目標に掲げながら、国語の時間を削減した。文部省には考える力がなかったのである)
December 17, 2005
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たとえば、私たちはよく組織内で「あいつは問題意識がない」と非難めいた口をきく。そのとき、抱えていている問題を将来に向けて解決していこうという気持ちがないことを非難している。 「彼には悪いことをしたという意識がない」と言ったりもするが、この場合も「いずれ彼は謝らなければならない」という意味を含んでいる。 もちろん罪悪感が欠落しているという意味で「彼には悪いことをしたという意識がない」という使い方もするが、この場合は「罪悪感が欠落しているから、彼には(将来とも)謝る可能性がない」と認めている。 前者の場合は「悪いことをしてしまった。なんと言って謝ろうか、、、」といった具合に、心の中で将来の行動に関連して、言葉が形作られていく。それは彼が将来発するであろう、あるいは手紙に書くであろう言葉に近い、いわば下書きのようなものである。
December 16, 2005
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かりに、過去に記憶された断片的な単語や文章構造が意識や欲望に触発されて心の中でまず、一つのまとまった言葉になるのだとすれば、その意識そのものはどう説明すればいいのだろう? 意識については、ひとまず「未来に向けて、個人が何かを欲求する心的状況」と規定しておこう。
December 16, 2005
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中期的に言葉の構造的なことについて考えてみたい。これは長年の私自身の宿題である。とりあえずは断片的なことになろう。 言葉はどこから出てくるのか。意識からなのか、記憶からなのか、それとも? 意識と記憶が深くかかわっていることはたしかだが、それがどう絡み合っているのか? 過去に記憶された断片的な単語や文章構造が、意識に触発されて心の中でまず、一つのまとまった言葉になるのではないか?
December 14, 2005
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無料配布のCNNニュースのCDをここ一週間かけつづけている。虫食い状態に聞こえていた英語が少しづつつながってきた。うれしいではないか。
December 13, 2005
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ゲームとは何か? テレビ・ゲームだけがゲームではない。ボード・ゲームもあるし、株もゲームといえる。 戦争もゲームだ。 ゲームの第一の要素は、勝負だ。それをめぐって争う。 第二の要素は何だろう? 大逆転だろう。 個人対戦のゲームもチーム・プレーのゲームも、大逆転が興奮を呼ぶ。ゲームに興奮がなかったら、ゲームとは言い難い。だれも見てはくれない。野球しかり、サッカーしかり。 3番目にくるのは運。野球でもサッカーでも運が勝負をきめる。運に見放されたプレーヤーは惨めだ。 次ぎにくるのが駆け引き。戦略・戦術といってもいいだろう。 スペラだって2人づつが組んで戦う時は戦略・戦術がモノを言う。個人戦では頭の柔軟性だ。
December 12, 2005
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英語スペラの本来の在り方は英語教材だが、十分ゲーム性もある。だから大人たちの間にもスペラ愛好家が現れる。 しかし、同じ100枚のアルファベットを使って、徹底的にゲーム性を追求したもう一つ、別の遊び方があるにちがいない。 これは、スペラの原考案者が考えるより、別の頭脳で創り出した方が面白いゲームになるにちがいない。 前者はブランデーなど飲みながら、ゆったり優雅にゲームを楽しむスペラ。もう一つは挑戦的で、人間が貪欲なまでにエキサイティングになるゲームだ。スペラの仲間に提案してみよう。
December 11, 2005
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地域の学び推進機構の説明会に出席。同機構が推進する「学びのポイントラリー」活動の実態を掴むことができた。 小・中学生が真面目に教科外の勉強をするには、まだプログラムが不足している。地域の学び推進機構が動き出してまだ日が浅いので、やむをえないことだが。 英語スペラも「学びのポイントラリー」のプログラムとしては、もう少し肉付けが必要であろう。 いずれにしても、子どもたちの「人間として、社会の中で、自立して力強く生きていく力」を育もうという基本路線には、われわれも賛成である。
December 10, 2005
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英語スペラをするなら英会話がきっと必要になると思う。できなくとも、いっこう差し支えはないのだが、この際、挑戦する気になった。 英会話に挑戦する気になった理由は、ほかにもある。 第一に、もうフランスには行かないと思うので、仏会話を忘れてもいいと思うようになった。 第二に、5年、10年とカルチャースクールの英会話に通っても、依然として話せない人が多いという。それなら、スクールに通わないで、英会話を身につけることに挑戦してみよう、という気になった。 というと、いかにも自信がありそうだが、それはまったくなし。さてどうなるか。お楽しみに。 まず、自分を英語漬けにしてやろう。
December 9, 2005
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明日,6時半から東大の教育学部で説明会が開かれる。英語スペラもこの組織に参加し、スペラ協会の例会を子どもたちに開放した。 しかし第1回はいつもの例会のメンバ^-だけだった。まだ組織的な活動が効果を上げていないのかも知れぬ。説明会でその辺の事情をよく把握しておかねばならない。
December 8, 2005
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スペラはゲーム中すべて英語でプレーする。それが理想だ。 ところが、日本人の英語は「ちょっと席をはずしてくれませんか」と相手に頼むとき、「席」とか「はずす」という日本語に振りまわされてしまう。 したがって、発想的に英語にならないような文ができる。 こうした点につてはほとんどの会話参考書で指摘されているが、読み飛ばされてしまう。現実の英会話教室でも、聞き流されてしまう。 ここを何とかせねば、とスペラの仲間のひとりが新しいスタイルの英会話指南を始めるらしい。
December 7, 2005
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ビジネス発想法でいけば、なぜ改革が必要なのか、その問題点を明確にするところから始まる。 そこを問わずに、一本化や統合でごまかし、ごまかされるから、事態は少しもよくならない。いつもしり抜けだ。 全国すみずみまで談合で税金の垂れ流し。 天下りが予算の膨張を招いてきたことを、知っていて、知らない振りをするのか、ほんとに知らないのか、面倒だから知らん振りをするのか、、、ムッシュー小泉は人相もわるくなってきましたね。
December 5, 2005
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毎月第一日曜の午後、スペラの好きな連中が集まってスペラで遊んでいる。子どもが英語嫌いにならないように考案されたゲームが大人に取り上げられた格好だ。 もちろん子どもも参加しているが、子どもの数の方がすくない。今日も会員が一人増えたが、大人なのである。 興味のある方はこちらからどうぞ. http://www.spella.jp
December 4, 2005
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明日はスペラ・クラブの日だ。まえまえから気になっていた日本スペラ協会のホーム・ページを全面的に改装する。 アクセス・カウンターを見ると、様変わりにアクセスが多くなっている。学びのポイントラリーも明日から始まる。
December 3, 2005
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スペラの仲間と銀座で食事、これからの普及活動の展開の話で盛り上がる。 英語のゲームだけでは芸がない。その点では問題意識が一致している。ゲームの他に英語のどの部分を教えるのか。 子どもたちには英語に興味を持ってもらうために、まずモチベーションを与えることが大切なのだ。でも、どんな方法で? 早くそれを整理しないと「英語ゲーム教室」が始まってしまう。
December 2, 2005
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スペラのルールは最初の1970年代からすると、ずいぶん進化した。それでもまだ食い足りない。 ピリっとした面白さがもう一つほしい。17のアルファベットで完全な文章を作ったときには、特別の点数を与えてもいいと思う。
December 1, 2005
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