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2007.09.30
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2007.09.29
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2007.09.29
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2007.09.29
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花市場に運んで整理するところ。
2007.09.29
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雨が少し降っている 豊かな川の流れの音もする なんという穏やかさ なんという平和 鳥の鳴き声 釣り人たちも見える
2007.09.28
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2007.09.28
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なぜか赤バットも。ときどきキャッチボールがしたいという、妹。
2007.09.28
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今日は雨だから、仕事部屋で昨日採ってきたツクバネの葉むしり。ツクバネの実が前より大きくなっている。これ以上大きくはならないが。
2007.09.28
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前の病院の医師は、何かあると薬の量をふやす感じで、兄は1日3度4錠以上の薬を飲まなければならなかった。しかもそれを全部飲むと、舌が繰り返し前に突き出すような副作用が出たり、よちよち歩きになるようなものだった。人として自尊心のある人なら、こうしたことは屈辱以外の何物でもない。しかし医師はそうした患者の苦しみ、苦痛には無関心なようだ。それより、患者に対する薬物療法のスタンダードを守ろうとする。要するに、それでは単に暗記力、事務的な知識力の問題でしかない。大切な患者との共感的交流を通じての、相互信頼を育てる努力などなきに等しい。患者の苦痛など無視して、治療のためには苦痛も我慢して飲まなければならないことを強調するのみで、あまりにも関係が一方的なのだ。しかもそれを疑問に思う感性もない。自分たちは精神医療のスタンダードに沿ってやっているのであり、間違いはない、それにしたがって貰わなければ治療が出来ない、そんなことすらいう人たちだ。今月21日だったか、安楽副医院長と懇談した際、彼はこんなこともいった、安楽氏の個人名を明らかにするのは、この病院の代表者的な立場におり、そういうものとして明らかにされてもやむ終えない人だと思うからだ。私が過去に急進左翼の1員として、数件の事件を犯しその誤りに気づき、見つめ直す事を始めて何年かたつが、私はそういう体験から、副医院長であれ言うべきことは言うみたいなこともいった。それに対して安楽副医院長はこう言った。怒られるかもしれないが、あなたは誤りに気づくのが遅すぎるところがあるようですね。私はそれに対して穏やかに、そういうことはあるかもしれないですね、と答えた。しかし内心は、そんな言い方しか出来ない副医院長の感性に、精神科医としての基本的な資質が欠落しているのを感じた。ごくまともな人なら、大変だったでしょうね、そんな風に自分を見つめ変わってこられてよかったですね。みたいな事を言うだろう。要するに副医院長は、私に対して精神的に上に立ちたいというか、欠点を指摘し私を見下したかったのだ。私は自分が過ちを犯して気づくのが遅かったなどとは今は少しも思わない。私はあのような過ちを犯し、その誤りにきづき長期にわたる自己理解のための努力を通して変わってこられたことをとても感謝している。人は過ちを犯しやすい。大切なことはその過ちに気づくことであって、それは死ぬ直前であっても良いのだ。過ちに深く気づくことで、新しい人間として生まれ変わることが大切なのだそういう安楽副医院長は、今も自分を誤りを犯しているとは自覚していない。自分は精神科医として正しいことをやっている、そういう自覚しかない。多分。自分の過ちに深く気づいたことのない人間だけが、そういうことを言うのだ。ところで今度の兄の担当医は、兄の薬を少なくしたことに関し、抗するのが現在では世界的な趨勢なのですよ、とかいったという。多分、患者に対する薬の大量投与、というあり方は、それが患者に良くない影響を与えるものとして反省され始めていて、その量を少なくするのが大切なこととされるようになってきているのだろう。ともあれ、安楽副医院長が、自分たちは正当な治療を行っている、信頼しなさいといったことが、創刊単位正当なことだと認められないことだということは、抗したことからも明らかだ。ともあれ安楽医師との面接からも十日ほど経つ。この間兄はそう強いそう状態になるとことまでは行かないし比較的落ち着いている今日はKれでやめる。眠い
2007.09.28
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2007.09.27
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2007.09.26
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2007.09.26
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2007.09.26
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仕事終わり、帰るところ。
2007.09.26
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この星だけは、携帯で撮れた。
2007.09.25
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2007.09.25
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2007.09.25
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食べられるかな?
2007.09.25
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2007.09.25
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山田さんへ メッセイジのメールにアドレスが入っていなかったので返信が出来ません。で、差し支えない範囲で、日記で返事を書くます。山田さんの兄さんも、兄たちと同世代で、大学闘争なども経験しその後郷里に帰って生活する中で、発症し薬漬けと、それに起因する肥満が元で死んでいかれたとのこと。私の兄は、私より4歳上ですから、全共闘世代では一番上のあたりの年になると思います。私の兄の場合、共産党系の思想をもち、民青の活動家でした。でも全共闘の戦いに抗して、彼らの戦いも盛り上がった時期で、今も兄の病院などに対する姿勢の中にその影響があります。また兄は長兄で、高校までは常にトップクラスの成績の人で、その頭のよさをほめられ続けた人でした。中学校ぐらいまでは、学校でノートを取ったことなどなく、授業で話されたことなど全部覚えていて、テストでいい点を取ることなど簡単だったとか聞いたことがあります。でも高校ではどれだけ勉強しても、兄よりいい成績を取る人が2人いて、トップにはなれなかったようです。そのことと、行きたかった京大などに入れなかったことそんなことから彼のコンプレックスは生じてきていたのかもしれません。あるいはそのころからそううつ病は発症していて、入った早稲田に5年いたものの単位が取れず、中退しています。それもコンプレックスになっているように思います。長くなるのでやめます。ただ現在の兄も、常に大きな顔をしていたがり、自分を大物に見せたいという態度は、日常的にあります。兄も1じ薬の性もあると思いますが、まん丸に太っていたことがあります。さすがにこれでは死んでしまうと感じ、散歩やスクワットなどして、減量したりして、今はスマートです。兄は自殺願望をいだいたことがないという生きることに対する欲求は強い人です。60を越しても、あれだけ長く病院にいても、少し回復してくると、非常にエネルギッシュになってきます。山田さんのお兄さんのことを読みながら、こんなことを書いてしまいました。もし良かったら、メッセイジメールにアドレスを書いてください。個人的に返信が出来ますから。
2007.09.25
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2007.09.24
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2007.09.24
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2007.09.24
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2007.09.24
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妹とともに、食事。野の花社の川向こうにある、この近くで唯一の店。
2007.09.24
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二年ほどたったいま、野の花社のまえの道脇に、この可愛い花が咲き乱れている。
2007.09.23
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兄の精神的な障害の治療は、精神科医に任せるべきだというような意見もあるけど、この十数年兄が入ったり通院していたりした、美濃加茂病院や慈恵中央病院、岐阜の病院などは、そう状態の兄を沈静化させたり、うつ状態の兄の生活を支えたりしてくれたそのことだけでも大変なことでもあり、その点では感謝する以外にないのだけど、彼らの兄の精神的な障害に対する治療は、ほとんどなされなかったに等しいとても多くの生活保護の関係から治療費として出る、多くのお金が無駄に使われたといえる。私が野の花社に帰ってきた当初、兄は少なく見積もっても10年は精神病院とかかわりを持ってきたのに、ここに外泊することになり帰ってくると、終日、3度の食事ごとに酒を飲み、ただ寝ているだけだった。まったくの無気力と怠惰、あらゆることに対する諦め、そんなことだけがあるような日々だった。兄はそんな状態に至るまでの病院生活の中で、美濃加茂病院では抗そう剤だかのリチウムを飲まされて、腎機能だったかが極度に低下し、放置されれば死にいたるような扱いも受けた。幸い外部の病院に運ばれ、その病院の医師の懸命な処置の努力で、死ぬことはなかったけど、薬に対する激しい不信感や嫌悪感のようなものは当然のように身に付けただろう。あるいはその次に入った慈恵中央病院では、そう状態に入った兄を沈静化させるために、そのための成分のはいった注射を、看護士らに押さえ込まれる中で強制された。さらにはそれでも効かないとみるや、主治医は兄に対し10回前後に渡る電気ショック療法を試みた。もちろん兄の同意なしに、兄を無理やり押さえ込んでそうしたのだ。そのさなかに兄は錯乱状態になってるような手紙を熊本刑務所在中の私にくれ、電気ショックをやめさせて欲しいという、切実な願いを私に伝えてきた。私はすぐさま岐阜地検にその主治医らに対する告発状を書き提出した。それで地検が動き、主治医らを事情聴取したりして、デンショクは中止された。岐阜の病院でもリチウムを処方しようとしたことがあり、兄は前の件を伝えて中止させたし、兄がそう状態で保護室に入っているときに、主治医からデンショクをやりたい旨私に許可を求めたことがあったけど私は拒否した。それから今回の件などもある。精神科医はその資格をもつというだけで、兄の精神障害の治療が出来るわけではない。その能力の問題と共に現在の精神病院の制度的なあり方なども、兄のような障害を治療するには不適切なものになっている部分がある。詳しくは書かないけど。そういう状況の中で、兄の治療、人間的な自己回復に対する対処を、病院に任せれば良いという意見は、非常に無責任な言い方である。兄精神障害からの回復は、兄の力無しには行えないことだけど、兄の回復を遅らせているのは精神病院でもあり、また多くの人々が精神病院で何がなされているか、本当に治療のなに値することが行われているかどうか、関心も持たないまま、危険な患者は精神病院に入れたほうがいいというような、安易なことをいい、現在の病院のあり方を支えてしまう人々にも、一人分の関係責任があるといえなくはない。ちょっと、タイトルと内容がずれている気もするが、これはこれで出す。
2007.09.23
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今日は携帯を忘れ、ここに写メールを送れなかった。おかげもあるか、のどかな日、仕事の時間だった。高山の郊外の農村部の民家廻りをし、幅5メトルほどの小さな川の流れる岸辺の田んぼの土手に植えられているアジサイを切りながら、その川の流れの音に聞き入っていた。山仕事のように、急な斜面を上り下りするような激しい労働をすることもなく、ただゆったりと、まだ汚くなっていないアジサイを探し、10本ずつ束ねてバケツに入れてゆく、ただその繰り返し。でもあじさいの藪の中を手で掻き分け、隠れている日に焼けないそれを見つけ、その美しさの心動かされながらの仕事。激しい労働と、兄のことなどで忙しく走り回る日々の中に、こうした時間を組み込むことができるようになった喜び。自分の生活に、前とは違った余裕が出てきているのを実感する日。あじさいの取り方も要領がよくなった。去年までは、たくさん取ってきたアジサイを、夜になって野の花社で整理した。今年はあまり整理に重点をおかず、取りながらだいたい似たようなものを10本集め、その場でそれで製品として出すものにすることにした。夕方5時ころ仕事が終われば、後は野の花社に帰るだけ。多少値が安くなるかもしれないけど、さして変わらないだろう。今日は結局、250本近くのアジサイを切った。1万5千円くらいにはなるだろう。私がアジサイを切っている間、その脇の田んぼでは、おばあちゃんと息子夫婦らしき人たちが、刈った稲を稲ハザにかけたりしていた。懐かしいような光景。私もおさないときはそうしたことを良く手伝った。野の花社の近くでも、まだそんなことをする人はいるのだけど。
2007.09.23
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何人かの人が、最近の兄の顔、表情に関して何か良いことがあったのだね、この間、とか以前と比べると見違えるほどよくなったといてくれる。私の在所中など、兄はここに帰ってきても孤立していたし、支えてくれる人、話し合える人がほとんどいなかった。少なくとも今は私とよく話をするし、時に私は強く兄を批判したりもするけど、兄の感じていることにかなりに共感的に耳を傾け、現実にも兄の側に立てるときは立とうとし、さまざまな手助けもしている。病院との関係、アーパト探しと契約、社会福祉関係の人との懇談、生活上必要な金の援助、そんなことも含めて、兄が以前よりは格段に、安心しておられる状況を、兄と共に作ってきているから、そういうことは表情にも表れているのだろうと思う。私は精神科医ではないから、兄を治療しているわけではないけど、私のここでの兄に対する持続的なかかわりが、ある程度は兄の心にいい影響を与えているということは、確信をもっていえる。私は十分ではないにしても、精神科医らに負けないだけの、兄の人間的回復に寄与をしていると思っている。不十分なところをあげれば切りがないが。
2007.09.23
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かなり前だけど、兄にはこのプログに兄の事を書く了解は得ているものの、いろいろなことがあると、やはり書かないほうがいいこともあるのだということを、遅まきながら理解しつつある。世の中にはいろいろな人がいて、いろんなことを考え、いろいろなことをする。今、ジグザグはありながらも、兄はいい方向に歩んでいる気がする。本当に久しぶりに、自分で仕事を探して、ゆくゆくは自活していこうという意欲も見せている。実際、わたしと共に山仕事をすることも考えている。こういうときに、何か兄のそうした意欲を阻害し、破壊するようなことは起こって欲しくないし、そのためにもこうしたところに兄のことを詳細に書くのは、止めたほうが良いのだなと思う。もうだいぶ書いたからいまさら消しても、しょうがないかもしれないが。そんなことをふと思う。今日はこれから、あじさい切りに行きます。朝晩はめっきり涼しくなりました。
2007.09.23
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ミズヒキの花は、あの赤いゴマ粒のようなものだとおもいこんでいた。いま、ふと見ると、そのゴマ粒のようなものが開いて、可憐な花になっていた。嬉しい発見だった。
2007.09.22
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ガソリンスタンドで久しぶりに、野の花号を、備え付けのタオルで拭いてやる。ずいぶん頑張ってくれてありがとう。私の生活はあなたに負うところがとても大きいのに、汚くして放っておいてごめんなさい、m(__)m
2007.09.22
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いろいろなことがあり、岐阜市の福祉関係の人や、警察署の人々があれこれと掛け合ってくれたこともあり、下呂屋敷病院に兄の診察、治療を引く受けてくれる先生がいるということで、市場から野の花社に兄と共に帰った後、そこに車で行く。いい感じの先生だった。落ち着いた感じだったし、兄に対し、病気に逃げてはいけないよとも言ってくれた。これまでは、兄が行うひどいことは病気だから仕方がないといわれる人ばかりだったが、今回はちょっとニュアンスの違う言い方をされた。分子整合医学のことを言っても、今は日本では取り入れられておらず、基本的に日本で認められている治療法で行くといいつつ、ある種の理解も示してくれた。初めてのことだった。兄も、いい先生だと喜んでいた。今日はこれで終わります。1つ付け加えると、兄はそう状態になると、周りのことをすべて自分の価値観で動かそうとするようになり、病院ではそうした兄のあり方に対応するのは大変だっただろうと思う。そういう兄を引き受けてくれていた点では、病院の人たちに感謝する以外にない。ときどきというか、よく忘れてしまうのだけど。ありがとう、病院の人たち。2年程前は、本当に私自身困り果てていたのだから。ただ今回は2年前の状態とはかなり違うところもある。ときどきそう状態特有の行動に出るときもあるけど、そのつどブレーキがかかっているし、落ち着きもある。明日のことは分からないけど。
2007.09.22
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細かいところは良く分かりませんが、1昨日の兄に対する社団法人岐阜病院の対応の仕方には、大きな疑問を感じます。情報がもっぱら兄からのものであり、兄の都合のいいようにゆがめられている部分のあるとは思いますが、病院側の兄に対する暴力は、許される範囲を大きく逸脱したものだと思います。兄は1昨日、岐阜病院へゆき、彼が診察を望んでいる女性医師の診察を受けようとしたようです。これはその時点では、兄の主治医は病院の副委員長の安楽先生いい名前ですね、ニコニコ、となっており、そうしても実現されることはないことでした。で、そのときは安楽先生が対応し、詳しい経過はわかりませんが、兄は引き下がってきたようです。この時点で、病院側は兄の治療を拒否する旨、兄に言い渡したのかもしれません。その後兄はその病院の以前彼が入院していた北三病棟という開放病棟に行き、知り合いの患者と面会しようとし、相手の了解も得たようです。ただし、一般に面会をするときに必要な手続きをその窓口でしていたかどうかは分かりません。それに対し北三病棟の看護士らが、兄は現在病院が治療を拒否しているからという理由で、彼をその病棟から強制退去させたようです。治療は拒否されていても、普通の人として患者に面会する権利はあるはずですから、強制退去には理由がありません。兄が患者に暴力をふるったとか、何か管理上不都合な言動をしたとか言うなら別ですが。その後兄は病院の1階部分に連れ出され、そこで安楽先生が出てきて兄に対応した際、何かやり取りがあり、兄は安楽先生の胸倉をつかもうとするような、暴力がふるわれることを予測されるような行動に出たようです。で、それをみていた看護士ら十数人が、兄を取り押さえ、兄を床に引き倒し、兄の上に馬乗りになり、手足も拘束した状態にしましたで、同時に警察に通報したようです。その状態で警官らが来て、病院側や兄に事情聴取した上で、警察は兄を引き取り、岐阜市の福祉課の職員と、兄の治療を引き受けてくれる病院を探してくれたようです。で、こうした経過からしても、確かに兄が安楽副医院長に、暴力をふるうことを予測されるような行動を取ったにしても、まだ暴力をふるっているとはいえない状況であり、副医院長との間に入って兄を引き離すぐらいが適切な行動だっただろうと思います。だけど十数人で兄を引き倒して馬乗りになり、手足もつかんで身動きも出来ないようにしたりしたのは、看護士らが日ごろそうした患者に対して行っているやり方を出した、いわば地の行動であると思われます。兎も角それは明らかな過剰防衛的な暴力の行使であり、違法行為であることは明らかです。警察官らが駆けつけたとき、彼らはその状態を視認しているのですから、それは兄が暴力をふるっているというよりは、兄に対して病院側が暴力をふるっている現場そのものであり、警察側も病院側により厳しく対応したようです。普通なら兄を取り押さえていた人々らこそ、暴行という犯罪を犯している現行犯として逮捕されるべきことなのですから。要するに病院側の人権感覚が著しく欠如しており、日常的のそうしたことが当たり前のように行われていることを、こうしたことは示しています。今回はとりあえずここまででやめます。付け加えると、こうした病院ガのあり方を私が信頼できるはずがありません
2007.09.22
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2007.09.21
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今日はこのタイトルだけか。今日もあまり寝ていない。朝の0時半ころ岐阜の警察から電話があり、市場に出すものを持って、車で岐阜に出かけ、警察で兄の身柄を引き取り、市場に荷物ーツヤドウダンをだし、野の花社まで帰った後、朝飯を食い、下呂の屋敷病院に行く。そこにいい先生がいるということで。結局、岐阜の病院は出入り禁止、あるいは治療拒否、前にDDDで書き込みした人は、岐阜病院の精神科医ではないかと思います。昨日兄は儀ぐ病院を訪ね、病棟に入り知り合いの人と話をしようとすると、退去を命ぜられる形で連れ出されたりして、暴力をふるうからとして10人前後の看護師に組み伏せられたりした。丁度その現場に警察が駆けつけたりしたとかもう眠いので今日はこれでやめます
2007.09.21
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兄のアバートで洗濯機のバルブが緩んで、しぶきがとび、濡れてしまった布団を乾燥しているところ。
2007.09.20
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2007.09.20
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2007.09.20
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野の花社の庭で
2007.09.19
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森の中では、ときどきこうした、獣工的な水溜まりに出会う。
2007.09.19
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2007.09.18
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もうしわけないが、命はいただきます。
2007.09.18
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2007.09.18
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2007.09.18
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黒く太いのは、私のすねのあたりから、血をすったもの。二カ所血が止まらないところがあった。
2007.09.18
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どんぐりさんという人が、私の過去の武装闘争を高く評価し、私が東本願寺に謝罪に行ったことを誤りだと批判し、その後いくつかのコメントのような文を寄せてくれています。そのことに関してですが、私はその暴力的な手段が謝りだと感じ、考え、加害者として被害を与えた人たちに対してその点に関し謝罪する責任を感じ謝罪の行動をとりました。それはあのような暴力に対する、私の直接的な、本能的なというか、嫌悪感みたいなものがその基礎にあります。たとえば私は私の事件に関する裁判で、私が傷つけた神社本庁の事務員だった若い女性が証言台に立ち、そのとき何が起こったかを語ってくれる場面にいたことがあります。もちろん私は思想的には神社本庁のあり方、考え方などに深い批判を持つものです。しかし私はその証言台に立って当時のことを語る若い女性の生の姿に接しいたたまれない気持ちになりました。彼女がどのような思想性を持っているにせよ、現在の私は彼女の柔らかな肉体を傷つけ、恐怖にいたらせるような何事も私にとっては本能的、直感的に嫌悪すべき行動でしかない感じでした。かっての私は彼女のような存在に対し、反革命的な存在であるという観念を通して対しており、生身の、ありのままの彼女を直接的に感じ取ろうとはしていなかったことがありありと感じられました。1つはそういうことです、私が当時の私の武闘を誤りだと感じる理由は。もう1つは武闘を戦っているころの私は、ありのままの私が感じていることを抑圧していましたし、感じ取ろうとしていませんでした。未来の革命のために、今ここでの生を犠牲にし、禁欲的に生きていました。それは同時に、私が私の仲間、友人たちに向けた態度でもありました。そうすると、そういう中では自分と仲間たちの間に、心を開いて話し合い、触れ合っていくような関係、出会いが生まれず、革命のためと言いつつ、私たち自身の関係が、とても貧しくお互いを疎外しあうような、劣悪なものになってゆきました。私に身近にいた女性は心身ともに衰弱してゆきました。しかし私は戦いを優先し、彼女の苦しみに直面しようとはしませんでした。私が過去の武闘を謝りだと感じ考えるのは、そういうこともあります。どんぐりさんにお聞きしたいことがあります。あなたは、周りの人々、あなたが親しい女性とか仲間との間で、心から話し合えるような、開かれた、よろこびにあふれるようなにんげんかんけいをもっておられるのでしょうか。革命や武装闘争に関する観念的な論争などより、私はそうしたことに関心があります。革命を志す人々が、その活動の中で真に開かれた、豊かな、深みのある、喜びの感じられる関係を作り出していくことが出来なければ、革命など出来ないのだと今の私は感じ、考えています。私のこのような考え方は間違っているのでしょうか。
2007.09.17
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このブログを、兄が入院していた病院の医師らが見ている可能性もあり、参考にして貰うため、私の手元にある分子整合栄養療法に関する本を紹介しておきます。『統合失調症を治す』(A・ホッファー著 第三文明社)『「私」に還る処方箋』(溝口徹著 文芸社)『食事で治す心の病』(大沢博著 第三文明社)『食事で治す心の病』(大沢博 第三文明社)ところで私が現在兄に勧めて摂ってもらっているサプリメントはビタミン・ミネラル・ハーブなどの入った総合的、基礎的な栄養剤と、そう状態の沈静化に役立つ可能性がいわれているタウリン(1日3回、1回1000ミリグラム以上)、そう状態になると高くなり有害な影響を及ぼすとされているバナジウムを無化するために、ビタミンC(1日3回、1日分で1500ミリグラム)です。これだけでお金にすれば1ヶ月5000円くらいになります。
2007.09.17
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2007.09.17
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