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野の花社の方で、作業着を着替えると汚れるので、長屋の室内の作業場を、着替え室にも使うことにした。
2009.01.31
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2009.01.31
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2009.01.31
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タイトルのエイミー・ミンデルの本をこの数日読んでいる。まだ単なる頭の理解でしかないけど、とても触発されるものを感じる。ここでの妹や兄に対する私の関係のあり方を、多くの点で省みさせられるということもあるし、同じことから来る彼らとのかかわりをもっと気楽なものにさせてくれる点でも、すごく嬉しい。多くのことはすでにアーノルド・ミンデルの本を読んで感じてきたことだけど、それがこの本では余計にクリア-に私にも理解できる感じがするところがある。 この本の中に、こういう言葉がある。 「プロセスの信念は、プロセスはそれ自身の知性を内包しているということを教えてくれる。私たちが何かを起こそうとしてはいけない。反対に、私たちは、すでにそこにある自然のパターンを発見して、クライエントのためにそれを役立たせなければならないのである。」p130 私の妹や兄に対する関わり方の中には、私が何かを起こそうというところが、あらわに、あるいは微妙にある。だから妹などは、私が妹が自分を見つめるのに役立つと思われるような、ワークショップに出てみるように勧めるとき、どうしても受け入れられなくなる。彼女の内在的な欲求が育っていないのに勧めるから、むしろ反発心が起こってしまうのだ。 この本を読んでいて、妹のことに関し気づいたことがある。彼女はここにきたときから、よくキャッチボールや、卓球をやりたがった。広間に卓球台を置きー机などを寄せ集めて作ったりしたーしばらく夜になると妹と卓球をしていた時期がある。あるいは私が屋根拭きの仕事を学んでいたとき、彼女をその手元として使って仕事をしたことがある。瓦を運んだり、瓦の下におく赤土を運んだりする仕事は、かなり体力を必要とする仕事だけど、彼女は余り疲れたと言うこともなく、一生懸命働いていた。私はあの疲れやすい妹が良くやるなーと、以外にさえ思った。 こういう体験の意味していることを、私はとても大切なこととして自覚してはいなかった。確かに小さいころ過保護に育ち、運動などしないようにしつけられていた彼女にとって、そうしたことはとてもやりたいことだろうなと、少しは思う気持ちはあったが、そうしたことをするのがそれほど重要なこととは感じていなかったのだ。 この本を読んでいると、そうした妹の気持ち、欲求を大切にすることが、いかに大切なことかがとてもよくわかる。そのことに付いてもっと書きたいけど、今は止める。そのことに付いて妹と話し合ったり何かを試みた後に、またかけたら書きたい。両親との関係などでトラウマのようになっていることや、不整合になっている認知をどのように自覚し、そこから解き放たれていくかというように考えがちな私がいるけど、妹が今本当にしたいことに焦点をあて、そのことが育つのを見守るというか、ともにやってみることに力を注ぐというようなことは、あまりやってこなかったのだ。 理解しづらいこともかなりあるけど、これまで学んできた心理療法のようなものの中で、私にシックリ来るものにやっと出会えたという気がする。
2009.01.30
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枝打ちして落とした枝などを、燃やしている。今日は新ちゃんは疲れて、まだやすんんでいる。写真のコンクリートの出てるところは、もと牛小屋だったところ。積んである木は新が作った薪。
2009.01.30
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2009.01.27
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この2日間、夕食を追えた後、大阪からきた妹の友人を含めた5人、あるいは4人での長時間にわたる話し合いが続いた。この不況の中仕事がなくなり、そのことを契機に、自分の生き方を見つめ直し変えようとしてここに来る決意をした、Yさんと、ここに暮すことの困難、経済的な、人間関係上?の困難などに付いて、かなり徹底的に話し合った。 私自身はこれ以上私の負担が増えるようなことはしたくないことは明確にいい、ここにくればいろいろな困難に直面し、そのつどいろいろ真剣に考えなければ克服できないようなことが多いこと、そういうなかでも、というか中だからこそ本気で物事を考え直し、また学びなおさなければならないことが多いこと、そのことが私にここで生きる意味を与えてくれていること、また私自身はそういう中でも生きることに深い意味や喜びが感じられるような生き方をしたいこと、そうでなければ生きている意味がないと感じていることなども伝えた。YさんはYさんなりの仕方でだろうけど、そういう私の言い方生き方を理解した上で、ここに来ることを改めて決めてくれた。私自身はそういうう話し合いの中で、ある程度気持ちをすっきりさせて彼をここに受け入れることが出来る気がしてきた。
2009.01.26
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この写真を撮った後、その横の杉の樹も枝打ちし、随分綺麗になった。
2009.01.25
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先日ユンボなどで整地したうらの畑の西側に、枝のよく張った杉やヒノキが立っていて、それが畑に日差しが差し込むのをさえぎっている所があった。昼過ぎから夕方に掛けてだけど。 今日はその杉の樹などの枝打ちをやった。本当は細い樹などをチェンソウなどで切り倒して、間伐のようなことをやってからにしたかったけど、前に使っていたチェンソウのガソリンを抜いていなかったためか、エンジンがかからなくなっていたから、とりあえず枝打ちを大掛かりにすることで対処したのだ。 慣れた人がどういう方法でするかは分からないけど、上のほうにのぼり下がりながら枝を切り落とした。下に枝があったほうが安全だということがその理由だ。朝がかかる程度は枝を残した所が多く、お世辞にも綺麗な枝打ちにはならなかったけど、ともかくかなりの範囲の木の枝を落としたから、下にかなり光が差し込むようになった。 ともかく後1週間ほどかかるかもしれないけど、この畑を使えるようにして、とりあえず自分ところで食べる野菜などを作れるようにしたい。ただし猪や鹿が出るので、入らないように柵も作らなければならず、そのことは難しいけど。 写真は、枝打ちをしているとき、樹の上から撮ったもの。
2009.01.25
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前のは長方形で、かたちが野の花社のイメージにあわなかったのと、透き間から内部に虫などが入り、ケースの中が汚くなるので、これに変えた。ホームセンターでやすく買えたから。
2009.01.23
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ずーといい音楽を聞いていなかったこともあり、急に思い立って、名古屋にいるヨーコの篠笛というのかな、竹の笛で日本の童謡、民謡などをアレンジして演奏しているCDを買った。そして今夜聞いてみた。本当に良かった。赤とんぼ 竹田のこもりうた、ひえつき節 サクラサクラなどの曲が入っている。篠笛ひとつで、こんなに深くなにかを表現できるということが不思議だった。日本の童謡や民謡が、ヨーコの笛の音色によって、こんなにも深く、繊細に、表現されていることが不思議だった。というかそんなことは考えもしなかったのだけど、ともかく素晴らしかったのだ。久しぶりにこういう音色に触れたということもあるかもしれない。昨日はその他ヨーコ関係のを3枚、その他3枚、合計7枚ものCDを買った。
2009.01.22
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前回の講習の際のテストの結果で、動作の速さの項目か、5段階評価で最低の1になっていた。あとはまずまず。今日は実技講習もあり、これもなんとか無難にこなした。写真はそのコース。
2009.01.22
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野の花社のおも屋の裏の元茶畑だったところの、草刈り。笹の大きいようなのや、アケビのツルでいっぱい。
2009.01.21
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最近での2冊目のアーノルド・ミンデルの本を読んでいる。とても惹かれるというか、これまであまり本格的にはやったことがないワークのことが書かれていて、それは私が直面している限界などの超えていくために、とても多くの、というか深いヒントを与えてくれているような気がする。 ここに書かれていることは、部分的にはこれまでもさまざまなワークショップの中で体験したことのような気もするーチェア-テクニックとか、ライヒ系のボディワークのある種のものとか、野口整体の活元運動とかーが、ここに書かれているようなそのことに本格的な焦点をあて、そのことの意味を明確に語っているワークは私は体験したことがない気がする。もちろん読んだことがないのだが。4年程前だったかアビに紹介されてミンデルの本を1冊読みはした。とても惹かれるもの、これはいいなーと思いもしたけど、そのワークの基本的な内容?に関し、そのときはよく理解できていなかった気がする。というか別の面に惹かれていたというか。 ともあれ今回再びミンデルの本を読んで、ここに書かれているような方法で、自分を見つめてみたいし、他の人との関わり様にもここに書かれているようなことを、できる限り取り入れていきたいと思うようになった。プロセスワークのワークショップも体験したいし、それを本格的に体験的に学ぶことに、しばらくは出来るだけのエネルギーをつぎ込みたい。 簡単にいうとこんな感じだ。 繰り返し夢を見るとか、身体にある症状が出てきたとき、その感覚に注意を向け、もっと強く感じられるようにそれを増幅してはっきりさせると、その感覚から出てくる意味がわかり、そしてその感覚が消えてゆくことが起こる。一つの状態を変えるのではなく、その流れてゆくプロセスに気づき、その流れに添おう、その流れが行きたい方に行くことを援助しようとするのがプロセスワーク(訳者文の要約)。というようなことだ。 これだけ書けば簡単なようなことだけど、これは私にとっては私自身とその周りで起こっていることに関し、とても新鮮な対処方法を提示してくれているかに思える。もちろんこうした考え方とそれにもとづいた対処方法は、いわゆる心理療法とか精神療法などのあり方の、根本的な変革へ向かうものであるということなどからも、とても心動かされるものなのだが。 ともかく久しぶりにわくわくするようなワークに出会っている感じで嬉しい。もう随分前からこうしたワークが日本にも紹介され、実際にそのワークショップも行われてきていたのだということに、嬉しいような、むず痒いような感じも味わった。
2009.01.20
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妹の友だちがここのところの不況の影響で、会社の仕事が少なくなり、首を切られそうだということで、離職、退職して、ここに来て農業でもやりたいと、妹に相談をもち掛けてきたことを、この2,3日前から妹に聞いていた。昨日はそのことで妹と夕食後9時ころまで話し合い、その後やはり兄や新ちゃんとも話し合う必要を感じて、彼らも呼んでよる10時ころから1時間ほど話し合った。 妹の友だちもかなり切羽詰った感じになっているようで、基本的には受け入れるしかないように思う。しかし私自身はこれ以上私の負担が増えるようなことは、したくない気持ちも大きい。そのことと、ここに来ても農業で生活を立ててゆくことはほとんど不可能だこと(この辺の農家で農業収入だけで、生活を立てている人はほとんどいない)、私の仕事も都会育ちの人には楽ではない、ここで共同生活するのは住居の問題からしても困難があること、当面近くに住居を借りてすんでもらうことになるかもしれないこと、またここでの私たちとの関係を含めた人間関係が、うまくいくかどうかは楽観的にはなれず、とりあえず生活しながらお互い考えていくしかないことがあることなど、話合った。 ひょっとしたら私は楽になるかもしれないけど。
2009.01.20
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画面左の斜面にも低い花木を植えたいこともあり、そこに生えている竹や雑木、笹を切って燃やしている。竹の太いのは、竹炭をやいているひとにプレゼントするため、積んでいる。
2009.01.18
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ちょっとわからないてんに付いても思った。この本を読んでいると、人がそう状態になるのは、抗うつ剤(特に1980年代ころからか発売された?新しい抗うつ剤?、うろ覚え)の性みたいに思えてきてしまうところうがあるけど、精神医学の本などには確か随分以前から躁鬱病、今でいう両極性障害というのはあったものとして書かれているはずだ。もともとそのような診断名のついた、そううつ病は、どうして起こっていたのだろうと、ちょっと考えてしまった。 それと前の日記に書かなかったことで、そうかーとおもっつたことは、ちゃんと回復のプログラムに、有酸素運動を入れて、きちんとそれをやり遂げる人がうつを克服、改善するということもよくかかれていた。無気力な人がそうするのは難しいけど、明らかにそうしたほうがうつから回復する可能性が高いということは、ああそうかーという、ちょっと気が楽になる結論だった。およそ治療法というのが良く分からない中で、こういうことが薬に頼るよりもよほど再発力が低いということなど、とてもいいことを教えて貰った気がする。
2009.01.17
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借りたと言っても、持ち主の土建屋さんが来てくれて、整地してくれたので早くできた。3万円の支払い。ともあれ、気になっていたことができて良かった。
2009.01.17
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近くの友達の田んぼの整地に使われていた重機を借りて、藪になっていた裏の畑を整地した。やっと野菜や花木を植えるところができた。
2009.01.17
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以前の日記にかいたことだけど、私は兄がそう状態に入りかけるころは、元気が出てきて、体力も気力も回復してくるのを感じ、これはうつからの回復過程と考えたほうが良いのではないかと考えたりした。で、問題はもっとそう状態になり:エネルギーに満ちてきたときも自分を見つめる力をつけ、エネルギーに溢れた中でも、バランスのとれた判断力、認知の力を維持することができるようになることが大切なのではないかと考えたりした。 兄がそう状態になりかけると、精神科医はすぐそれは病気だから、相を抑える薬を出し、服用させようとしたが、兄はその薬がいかにも大きな苦痛を彼にもたらすので、嫌がり飲もうとしなかった。私はそれを当然のこととして兄を支持し、医師の方針には反対した。そのこともあり、前の病院からは治療拒否をされてしまったのだけど。 私の理解も間違っていたのだけど、精神科医の兄に対する薬の処方も、うつのときは抗うつ剤を処方し兄を次第にそう状態に導いてゆき、自分の処方で兄がそう状態に入り始めると、それも兄の病気だとして、今度は兄を苦痛にする抗そう剤を処方しようとする、という悪循環な対応をし、それをもって治療と称していたのだ。これでは兄が回復しようがない。兄はそのような治療の被害者なのだ。 今の下呂谷敷病院の兄の主治医は、抗うつ剤は患者をそう状態にする傾向があるので、兄にはなるべく抗うつ剤を処方しないといっていた。彼はどこから手に入れた考え方か知らないけど、そういう正しい考え方で兄に対処してくれていて、この1年半、兄が手の付けられないようなそう状態に入ることは防いでくれた。そのことには感謝したい。
2009.01.17
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昨日読了した上記タイトルの本から学んだ一番大きなことは、SSRIと呼ばれる抗うつ剤が、いわば覚せい剤と同じような働きをするものであり、それを服用した人を異常な興奮状態、そう状態にしたりするとか、逆にひどいうつ状態を引き起こすというようなことである。私の言い方は正確な言い方ではないから、興味のある人はこの本を読んでほしいが、これを読むことで私は兄のそう状態に対する不可解さに、やっと腑に落ちる回答を見つけた感じになった。 6年程前に刑務所を出てきていらい、兄の2度にわたるそう状態を体験してきたのだけど、どうしてそんな状態になるのか、まったく理解が出来なかった。ともかくそう状態になると、全能感に満ちた、自己正当化の言葉が連発され、とんでもない現実離れした計画で金儲けが出来ると信じ込み、犯罪的なことも正当化してしまい、しかもものすごくエネルギッシュになるから、周りにいるものは振り回されるし手の打ちようがなくなるのだ。 でも上記の薬が、結局覚せい剤と同じようなものだと考えると、凄く良く分かることだ。あれは薬の副作用で起こっていたことなのだと。兄がそのような状態になったのは、確かに29歳ぐらいにだったか共産党の県委員会の事務所で、県会議員高の秘書のような仕事をして働かされすぎ、燃え尽きるようにうつ状態になり、精神科に通いだして以後のことだ。もちろん一気にそういう状態になったのではなく、次第にそういう状態が出てくるようになったのだけど。で、そのことに加え、兄はもともと知能指数は高かったことなどから、また上昇志向の強い人でもあったから、SSRIはそういう兄の傾向を際立たせ、病院の医師などに対しても知的に対抗し、反論し、彼らの手におえない人物とみなされ、治療拒否されることが相次いだというようなことが起こったのだろう。(つづく)
2009.01.17
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モンジュに教えて貰った上記の本を12月末に購入、少しづつ読んでいたが、今日ほぼ読み終わる。兄用にも1冊買って、兄に渡しておいたけど、兄は兄の場合新しい抗うつ剤としてこの本で取り上げられているSSRI(プロザック、パキシルなど)の余り服用したことがないので、自分には当てはまらない、よく分からない、みたいに言って早々と読むのを止めてしまった。でもその後私が読みながら、兄にも関係ありそうなところを見せていたりしたから、少しは読んでいたみたいだけど、まあ本気では読んでいないみたいだった。やはり自分で自分の状態を改善したいという意欲を持ち、自分で探して購入して読むという風でないと、そういうことになるのかもしれない。 今日は最後の方に、著者が、運動もせず夜遅くまでテレビを見ているようなあり方が、体のほうに適切な疲れを生まず、頭の方ばかり興奮させて、眠りを浅くし、結局あまり深く眠られず、昼過ぎまで寝ているような、欝の典型的な悪循環を生むと書いている点を、夕方からテレビをみている兄に伝えた。おお、分かった、などと兄はその場ではうなずきはしたが、今日も今もまだテレビを見ている。どうしたら良いのだろうと思うけど、こういうことが過干渉なのかもしれない。あるいは本当は強くもうテレビは止めて寝るように言った方が良いのだろうか。 いろいろ妹が兄にもう少し自分のことは自分でやってくれるとうれしいということで、兄がやるようになったことはあり、また私がもう下呂の病院へ送るのはしんどいからやらない、といったことから兄がJRなどに乗って行くようになったとかいう、いい変化もあるのだけど。 アルコールも余り多く飲むことはなくなった、ときどきはあるけど。 関わることと離れること、そのバランス。 兄からはサプリメント代を月1万円貰っているし、下呂の病院へ送って行ってたときは、運転代、ガソリン代、として3000円と昼食代を出して貰っていた。野の花社での食事代も2万ほど出して貰ってはいる。これからは1日1000円は出してくれるようにってある。妹には3万ほどの給料を支払っているけど、これからはその中から車の保険代5000円と、携帯の代金を支払ってもらうことにもした。 現金収入のまったくない妹に対して、少しきついかなという思いもあるけど、自分で使うものなのだから自分で払うというのは当たり前のことなのだ。彼女へ給料として3万出すことが、どの程度合理性があるかは分からない。いろいろ彼女なりにやってくれている部分はあるのだから、何がしかは渡すのが当然だと思うけど。携帯は11月末に彼女用のものを作った。友達から貰った古い携帯で。妹が良く私の携帯に本電話から電話してくるので、それなら私がホーマーに買い替え、家族は無料になるサービスを使えば、同じくらいかなと思ったからだ。 もうひとつ、3台目の軽をこの夏に買った。家族4人で乗れる車が欲しかったからだ。妹用として買ったわけではなく、余り妹の荷物をいつも乗せておかないでくれといったけど、結局妹はそうしてしまった。いろいろ仕方ないと思うけど、それなら少なくとも維持費とか保険料は払って貰おうと考え、その旨伝えた。妹も了解してくれた。当然だけど。 新ちゃんにも、食費3万のほか、電気代も25パーセント払って貰うことにした。多分ガス代もそのくらい払って貰うつもり。ともかくこれからは出来る範囲で彼らにも負担すべきものは負担して貰う。そして私を楽にしたい。私の負担を楽にしてくれるよう、これまでも何度も何度も話して来ていることだから、そのようにしていけると思う。してゆきたい。
2009.01.16
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今日は『夫婦の関係を見て子は育つ』(信田さよ子著 木吾桐書院)を読む。もう2年程前、岐阜ダルクの彼女の講演会だったかに出かけ、その会場で妹が買ったもの。私も別の本を買い、それは読んだはずだけど、これは読んでなかった気がする。朝ご飯を食べたあと、食卓の後ろの棚に重ねてあったのを、何の気なしに手にとってちょっと読んでみるかと読み始めて、つい引き込まれて夕方までに読んでしまった。 アルコール依存症の男と、その男の面倒を見たりする形での妻の共依存的な関係などから始めて、もっと広く共依存の関係と、そこから自由になるなり方みたいなことを書いた本というか、そんなような本だ。 私が思わず引き込まれたのは、私の妹や兄、新ちゃんとのかかわりが、私が自分のやりたいことをやらずに、兄妹、新ちゃんの生活や、困難からの回復に力を貸そうとして、自分を犠牲にしていないか、またそのような関わり方が、善意ではあっても彼らに対する支配的なものになっていないか、そういう点に付いて、考えさせられる点がというか、なにか自分のあり様がそうなっているかなーということ、もっと自分のいきたいように生きたほうが、彼らにとってもいいかなーということを考えさせられるところがあったからだ。それはときどきそのように感じるところもありつつ、でも今の彼らとの関係で、私が彼らの生活を経済的に支えざるを得ないことは、簡単には今日依存の関係とはいえない、現実の要請みたいなもので、しばらくは耐えるしかないかなーと思ったりしていたことだ。 私は、そういうあり方の中で、かなりの頻度でそのようなことが私にとって苦しいこと、今のままでは私自身がつぶれてしまいそうだとか、彼らに伝えてはきた。私だけが夜遅くまで働き、朝早く仕事に出かけるようなここの生活のあり方は、どうしようもなく何か変な感じがすることも良く伝えてきた。だから彼らが私の負担を軽くしてくれるような方向で,その生活を出来たら変えてほしいとも。 こういう関係の中では、私のあり方はいわば余りにも優等生的で、正当化しやすく、一方彼らは私との関係ではなにか引け目や負い目を持たざるを得ない関係になっていて、そのことが彼らの自己非難、あるいは無力感を増幅するような関係になっていることは、どうしようもない事実だ。私はそのことを強く自慢したり、誇りに思ったりはしていないつもりだけど、自分をよくやっていると自己肯定的に語ることができるし、そう言って来たし、やはりそれは自分にとってはある種の快感であったとも思う。そういう関係から自己評価を高めるということは、その関係に私が逆に依存しているということになるのかもしれない。そういうことを指して信田さんは共依存といっているとも考えられる。 私はほかにやりたいことがある。もう少し余裕のある日程で仕事をしたいし、いろんなワークショップや、イベントに参加したり、読みたい本を読んだり、いい音楽を聴いたりもしたい。ずーとそうしたことに対する欲求を最小限にしか満たしてこなかった。女の人とも出会いたいし、もちろんいいセックスもしたい。ほんとうに自分がしたいこと、楽しいことをもっとしたい。山の仕事自体にそういう喜びや楽しさがあるにはあるのだけど、それだけでは十分ではないのだ。信田さんの言い方では、私がそのような方向で生きたほうが、彼らもまた自分で自分の道を歩み始める、彼らを支えようとしたりすることは止めた方がいい、彼らのことは彼らに任せ、彼らから手を離すようにというのだ。そうかもしれない。それに私の彼らに対する姿勢は、寄り添うとか、ともに生きるとか、同盟者としてともに道を歩むとかいうものになっていなくて、どこか高みから彼らにあれこれいう、アドバイスし、引き上げようとするようなものになっているとも思う。 どうしたら良いのか、まだ分からない。 ともかくこういうことを改めて考えさせてくれたことを、信田さんに感謝したい。しかしどうしたら良いのだろうと途方にくれるような自分もいる。本当にどうしたら良いのだろう。迷って良いし、途方にくれて良いし、どうなっても良いのだろうけど、本当にどうしたら良いのだろう。
2009.01.15
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今日行った御嶽は、在日コリアンの多い街。かっては亜炭生産で賑わった。私はその街の在日の土建屋で長く働いた。そして数年後、その近くの可児川のここから、逃亡を始めた。
2009.01.14
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今日はスピード違反の罰金払いに、御嶽裁判所へ。罰金は8万だった。予想では7万くらいかなと思ったが、少し高かった。
2009.01.14
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冬の昼間のやわらかい日差しのなか アスハルトの道を歩く私の その運動靴の下の 深い闇の底から 闇が私を照らす その暖かさに 包まれて 私は冬の昼間の街を歩む
2009.01.14
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今朝も雪。しかしいつもとちがって、雪で重くなった竹が道に垂れてきていない。昨秋こうならないように、竹藪の道側にビニールロープをはり、垂れてこないようにした。正解だった。
2009.01.12
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3年半ほど前に兄がそう状態になり、野の花社に帰ってきていて金遣いなどが荒くなり、言動も荒れてきて私たちの生活が成り立たず、精神病院へ強制入院させたことがあった。その際その後始末をするために、地域の人から30万のお金を借りた。その後そのお金を少しづつ返してきていたのだけど、今日調べたらあと7万ほどになっていた。少しホッとした。あと7万円は、この免停があけて、まだ貯金にある程度余裕があったら、全部支払おうと思う。この支払いが終わると、基本的に私の借金の支払いはすべて終わる。そう思うと少し気が軽くなる。
2009.01.12
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とても良い本だった。雪が降り少し積もって、あまり外に行く気にもならないので、ストーブをつけた食堂で、朝から読んでいた。
2009.01.12
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昨日あたりから、タイトルの本を読んでいる。読むだけでは分からないところがかなりあるが、私にとってはとても興味深くというか、とても新鮮な気持ちでそのなかに入って行かされるような、いい本だ。プロセスワークというものの、実際のわーくの場面が本に収録される形になっているのだけど、そのワークの進めかたが私には始めて知る、人の行動や身振り、言葉などを症状や障害、問題と見ないで、うまくいえないけど、あるプロセスの表現としてみて、それをさらに表現していくことで、そのプロセスをそれ自体の成り行きで展開、進行させてゆくことで、何かを進展させ、おのずから自覚化を進めるというようなことがとても新鮮に感じられたのだ。もともとどうしても、何かが原因でこうなっているから、その原因を明らかにし、情緒的な感覚を含んだものとして認識し、認知し、それを越えていくというような分析的な考え方になじんでいて、そうしがちな私にとって、とても目を見張るようなワークの展開の仕方があること、そのような観点からではなく、現在のプロセスそのものに添って、その展開自体の中で、物事の理解自覚が深まっていくというような方法は、とてもよいものに感じられた。それは私が妹などとの関係で、感じている私の対応の限界、問題なども浮き彫りにしてくれているものにも感じた。今年がどのような年になるかまだ未知数だけど、経済的な余裕が少しは出来そうだし、今年はこうしたプロセスワークなど本格的に学んでみたい、体験したい、と思う。岡部明美さんのワークもそうしたものを取り入れたようなもののようだし、アビらもそういうワークショップをやっているようだし、折を見てそういうものに参加してみたい。もともと出所して1年程してからか、アビと再び連絡取れて間もなくして、アビが読んでみるとよいと教えてくれた本がミンデルのプロセスワークに関する本だった。そのうちの1冊を読んでみていい内容の本だというか、そういう方向で物事を考えていきたいなーと思ったのだ。しかし、その後のまるで本も読まない生活の中で、そういう方向へ触手を伸ばさないできた。しかし久しぶりに、少し本を読む生活の中に入り、嬉しい。
2009.01.11
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30年ほど前は今の時刻は満員だったが。
2009.01.06
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免停講習、風邪を引いて体調は悪かったが、筆記試験は良い点がとれた気がする。
2009.01.06
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榊の枝を切ろうとして、榊の木に登ると、昨年使われていたらしい鳥の巣があった。
2009.01.03
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岡部さんの上記の本を、昨日の朝読み終わった。私にとっては親しみ易いないようだった。和尚のこととか、サニヤシンのこととかまったくでてこないこと、彼女の生きてきた道に沿ってその変化や、感じ方、考え方などがかかれているので、私には読みやすかった。こういう本なら私の身近な友人にも、読んでもらいやすい。ともあれ、私自身も深いところでは彼女のような仕事、ワークを出来るようになりたいと思っている。今はまた遠く離れた生活をしているけど、あの事件以後の変化の中で私が抱いた最も強い欲求がそういうものだった。その感覚自体は間違っていないと思う。でもそのためにもう一度、改めてもう少し自覚的な自己探求のワークをする必要を感じている。それはあの、自己探求の旅の初めの狂おしいようなものではなく、もう少し静かなものとなるだろう。もう1度始めるのだという、醒めた感覚。闇に中に根をおろし、そのことからけして離れることなく旅をすること、心にきしむものを抱えて、その意味を問いつつ旅すること。もう1つ、そのような方向へ歩むその初めにイトオテルミーのような温灸法を学んでみたいという気持ちになっている。3年程前だったろうか、一度敬子さんからやってもらったことがあるのだけど、温灸と言うのはとても見も心も温まる心地よいものだったことと、その運動の展開、あり方の、庶民性みたいなものもとても良いと思うこともあり、突然だけどやってみたくなった。それを習うに当たって、そう多くのお金を必要とはしないように思えることもいい。
2009.01.02
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今朝、元日の朝、久しぶりに仕事車、野の花号の掃除をする。きれいになった野の花号を見ながら、この一年頑張ってくれた野の花ごうに、お礼をいう。
2009.01.01
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