野の花・野の豚の自己研究に根ざす、社会的な共生の道を探求する発言・2015年7月1日から

野の花・野の豚の自己研究に根ざす、社会的な共生の道を探求する発言・2015年7月1日から

2009.08.10
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カテゴリ: 自分研究
 以下に掲載するものは、私が昨年帯広の東本願寺のお寺でさせてもらった、自分研究報告のようなもの、引用というか、その話をテープ起ししてパンフレットの記載したものの、全面的な転載というべき物です。引用、転載に関しては、その会の主催者の許可を得てあります。もっと早い時期に転載したかったのですが、ついつい延び延びにしていました。なお、改行の仕方とか、誤字の訂正とか、多少の手直しはしてあります。

2008・5/20
公開フォーラム「北海道開教を問う」~大師堂爆破事件を通して~
                           加藤 三郎 氏


 ただいまご紹介された加藤三郎です。私がここへ来て、今日お話をすることは、多分今日のテーマとは違ったことになるかもしれないと思います。ただ、もちろんそれと関連はなっていくと思いますけれども、私がああいう戦いを行なってどういうところに誤りがあったか。どういうふうに自分を見つめてきたか、ということを基本的にお話をして、そのうえで今、東本願寺の方々とか、そういうことをしてどういう思いを持っているか、ってなことを話したいと思っています。
 ああいう戦いを戦って以後、アイヌの人たちのこととか、北海道の開教の意味とかについて正直言って、研究したり考えたりしてきてないので、そういうことについては殆ど、具体的には語る資格はない、と。ただ、そういうところじゃないところで話はできると思いますので宜しくお願いします。

生い立ち

 私は先程もご紹介ありましたように、戦後すぐに、天理教の教会で生まれました。父が非常に怒りっぽい人で、いつも私にとっては、その頃優しかった母を非常に苦痛な目にあわせていた、ということがいっぱいあって、非常に暗い家庭で育ったんです。
 だけども天理教の教祖の中山みきの教えとかにもやっぱり接して、幼い頃からそういう何て言うか、陽気暮らしとか、他人や貧しい人に対して施したりとか、そういう生き方には共感して、そういう生き方にあこがれるようなところもあったわけですが。

 ただ、わりと優しかった母も、私たちに対しては父から受ける苦しみをともかくしょっちゅう話して涙流しているような人で。中学生ぐらいになった頃には「何でそんな父と一緒に暮らしているんだろう」っていうような疑問を持ったりということもあったし。

 小学校五、六年生ぐらいのときだったと思うけど、私の天理教教会に寝泊りしていた女の人と母と私と山へ行って薪を背負って帰ってくるところで母が、その人に対して松の木の下で「私はもう、本当にこの松の木の枝で首をくくって死んでしまいたかった。だけど子供達のことを思うと死んでしまえなかった」と涙ながらに話をして私もそれを聞いていたんです。何か世界が変わってしまうようなすごい悲しみと、何かしら、そんなことを話さないで欲しい、すごく重苦しくて仕方がなかった。

社会問題への芽生え

 そんな思いをしながら成長してきて、高校ぐらいになってきてから、ちょうどそういう時代でもあったものですから、反戦運動みたいなもの、何かこの社会がおかしい、この社会が変えられるべきである、っていうような思いから、ベトナム反戦運動みたいなものに参加して、その中で生きていこうとしたんですが。
 ただ、私は事務系の高校卒業してから、大学は行かなかったですけれども、金がなく貧しかったというのもあり、私自身すごく大学に行きたいという欲もなかったものですから。
 最初に働いたところが在日朝鮮人のホルモン屋さんで、そこの人が土木建築業(の斡旋)をやっていて、ずうっとそれから数年、在日朝鮮人の中で土方をして働いてきた。土木作業をやりながら、反戦運動をやっていく中で、だんだん日本の侵略史、朝鮮に対する侵略、植民地支配、中国への侵略ということが問題になってきて、学生運動の方から提起されて、だんだん考えるようになっていったんですけれど。私自身はそういう在日朝鮮人と共に暮らしていた。共に生活、あるいは共に働いて、殆ど近いところにいる人たちだったから。よく、飯を食いにも行ったし。
 そうすると、在日朝鮮人のおかれている日常生活が、いろんな問題にされる。日本人あるいは日本国家から権利を奪われた生活をしていることが見えてきて。
 例えば、国民健康保険を受けるのに、その近くの町では、七年以上在住し、町長が適当として認めた者に限り、その在日朝鮮人は国民健康保険を受けることができる、そういう条例があったんですけれど。何かすごくおかしなことだ。本当に侵略の、あるいは植民地支配の責任を取るなら、むしろそういう人たちに対しては、優先的に国民健康保険を与えるのは当然じゃないか、ということを思ったりして、そういうのを変える運動をしてきたんですけれども。
 学生運動なんかがある時期すごく盛り上がってきて、その人らが問題提起されるようなかたちで、日本の侵略とか差別の問題なんかが言われてきて、こっちはそれを受け止めて。で、一生懸命そういう運動をしだした頃には、学生運動は退潮していって、みんな就職してそういう問題に関わらなくなる。そういう中で何か取り残されたような感じにもなり、ああ、学生運動っていうのは何だったのだろう。あの人らは本当にやる気あったんだろうかっていうような気持ちにもなり、何か持続してやっていかなきゃいけない、ということでだんだん孤立していく中で、侵略史ということの根本に、一つはアイヌの人たちに対する侵略があったし、天皇制っていうものの成立の根本からして「蝦夷(エゾ)」とか、原住民に対する侵略の歴史があったんじゃないか、ということを考えるようになって。そういう歴史の根本から見直さない限り、日本の社会っていうのは変わりようがない。だんだんそういう発想を持つようになって、それから、同時にオーストラリアのアボリジニーとか、アメリカのインディアンの人たちも、そこに元々住んでいた人たちで、白人がそこへ侵略して大地を奪ってしまった、そういう世界が反省的に捉えられずに、何ら問題のないようにされているこの世界のありようっていうのが、道徳的に、いいようがなく汚れている。醜悪であって、そういうところを根本的に問題にしない限りこの世界は変わりようがないんじゃないか、っていうふうに考えてしまったんですね。
 そういう中で、北海道にも来てアイヌの人たちと交わったりもしましたけども。ともかく孤立していても自分一人でとりあえず、その頃は友人達もそれなりにいたけども、ともかく、もし何かしていくなら一人で何かをやっていく、ってなことで。本当に自分の命を賭けていかなぁあかん、ということで爆弾闘争に入っていったんですけど。

武装闘争


 それが、身近にOさんという女性がいて、私とは一緒にやっていなかったけど、彼女は私がそういう闘いをやっていくことでだんだん不安になっていって、精神的にもおかしくなり身体的にも衰弱していくような状況があって、どうしても彼女を支えなきゃならないから、私も酒を飲んでおられない、ということでだんだん強くなっていく中で、一人で五、六件、七件と武装闘争をやっていく中で今度は、あんだけ自分を駄目な人間だと思っていたのに、自分のような革命的な戦士はない、たった一人で連続的な武装闘争をやってきたんだ、という思いを抱くようになって、自分を英雄視しだして、そういう中で東本願寺の闘いもやったわけです。
 だけど、一九七七年の後半ぐらいには、そういう孤立感のなかで今度は、それまでは人をできるだけ殺すとかはしない、できるだけ人を傷つけないようにしよう、ということを思ってやっていたんですが。孤立感のなかで来年からはともかく人を殺さなああかん、ともかく大量にでも人を殺して、殺さなあ日本人なんか変わらへん、とそこまで思うようになって、そういう闘いまで計画していました。一九七八年頃にはそういう闘いを、これからやろう、と。
 ところが、ちょうど一九七八年の四月の一日に、明治神宮を、それは小さな爆弾だったんですけど、爆破しようとして、一緒にいたOさんっていう人があんまりにも衰弱していったから、自分と一緒にやることでその人も闘いを担う、一緒に明治神宮なんか行って、やろうとしたんですけどやっぱり弱くって、とても一緒にやるわけにはいかない、って帰ってきて。彼女をアパートに置いてその上でもう一回行こうと思って爆弾を点検し直していたんです。だけど、もし私が一人で行くとなると彼女が余計落ち込むだろう、そういうことで何か精神的にすごく葛藤が起こって。その爆弾を繋ぎ直しているときに、繋いではいけないところを繋いで、爆発させてしまって。幸い小さな爆弾だったから、彼女も布団の中で気付かなかったし、私はこの辺を火傷しただけで逃げることになったんですけど。
 そのことで爆弾闘争から足を洗う生活に入っていったわけですが、ただし闘うことにとりつかれていて、それから逃げながらも何とか戦いの生活を取り戻そうとしたんですが、半年ぐらいするうちに、Oさんが身体的にものすごく衰弱していき、一年間ぐらいは月経もなかったし、手も足も本当に黄疸状態のように黄色くなって。そして、五分も歩くと疲れてしまうし、異様な音でゴロゴロいっているし、何かとんでもないことがこの人に起こっているっていう、どうしてもこの人の健康状態を改善しない限り私自身の闘いが続けていかれない。






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Last updated  2009.08.10 03:19:22
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