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この五月の頭にバッハとヘンデルを歌います。是非お越し下さい。。バッハとヘンデル、、同じ歳に生まれた同じ盛期バロックの作曲家でありながら、歌う為に対処する方法はまるで違って来ます。体の中で楽器を持ち替えている様な作業を行いながら現在、練習に取り組んでいます。そして、最終的に心に訴えかけてくるものもまるで違います。どちらが是、どちらが非。とは決して言えませんが、取り組んでいる間はどちらの音楽にも魅かれます。ヘンデルは客席に喜怒哀楽を魅惑的な旋律で降り注ぎます。バッハはまず、内なる声に耳を傾け、その声をあるときは高らかに、厳かに、語りかけます。。今回のどちらの作曲家のどの曲も実に良い音楽です。。。-------------------------------------------------------------バッハクライス神戸 第4回定期演奏会-------------------------------------------------------------2010年05月02日(日) 16:00開演 <会場> 東灘区民センター うはらホール〒658-0052 兵庫県神戸市東灘区住吉東町5丁目1-16TEL(078)822-8333 FAX(078)822-8181<入場料>1000円<お問い合わせ>バッハクライス神戸<主催>バッハクライス神戸<後援>神戸バロックの会<出演>指揮:李善銘合唱:バッハクライス神戸管弦楽:バッハクライス神戸客演独唱:頃安利秀(テノール)、今泉仁志(バス)<プログラム>J.S.バッハ 教会カンタータカンタータBWV70 目を覚まして祈れ!"Wachet! betet! betet! wachet!"カンタータBWV78 イエス、汝わが魂を"Jesu, der du meine Seele"カンタータBWV133 われは汝にありて喜び"Ich freue mich in dir"カンタータBWV192 いざもろびと、神に感謝せよ"Nun danket alle Gott"-------------------------------------------------------------ピッコロ室内楽サロン 124劇的カンタータ「アポロとダフネ」~ヘンデルの知られざる名作~-------------------------------------------------------------2010年5月8日(土)18:30開演<会場>兵庫県立尼崎青少年創造劇場 ピッコロシアター 小ホール(〒661-0012 兵庫県尼崎市南塚口町3-17-8)TEL(06)6426-1940 FAX(06)6426-1943<入場料>一般2,000円・中高生1,500円 <主催>京都バロック楽器アンサンブル<後援>大阪音楽大学同窓会≪幸楽会≫、リコーダーJP、そう楽舎<出演>京都バロック楽器アンサンブル進元一美(ソプラノ)、今泉仁志(バス)森本英希(バロックフルート)、赤坂放笛・松本剛(バロックオーボエ)松原優子・中川敦史(バロックヴァイオリン)淡島宏枝(バロックファゴット)、亀井貴幸(リュート)、吉竹百合子(チェンバロ) <プログラム>ヘンデル ソプラノリコーダー協奏曲ト長調HWV314ヘンデル カンタータ「アポロとダフネ」HWV122ほか
April 12, 2010
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さて、支倉ーfaxicuraの"x"と"i"の発音が気になります。安土桃山時代も「ハセクラ」だとした場合、、でも、"se"では無く"xi"な訳です。母音の"i"の方は現代語でも良くある現象なのでわかります。日本語の「イ」が欧米語の"i"と全く別の母音だということは歌っていれば尚更ですが、日常でも頻繁に体験する事です。(会話には支障の無い範疇ですが。)さて、"x"が勉強不足の僕には良くわかりません。「ハ」音の子音もスペイン語の場合だと、ときには、、この"x"を用いても良いと思ったからです。「セ」音にその"x"が用いられている。。。僕が合理的に考えられるのは此処までです。。。ファンタジーで無責任に考えれば、、「ファシェクラ」なんて可能性も考えたりも出来ますし、、ハ行の子音が全て「ハ」音と同じ、、なんていう妄想も出来ますが、、。。これだと、安土桃山時代の日本語はバイキンマンの「ハッヒフッヘッホ~」みたいな発音になる訳ですが、、、。とにかく、、子音や母音といった音素に関しては日本はずっと表記文字を一切持たないまま、、現代に至るまで口伝や口承文化のみでやってきている訳です。そして現代もそのままな訳です。ですので、所謂日本での「一般的」な範疇では海外の発音に関しての「一般文化」に触れる事は一切不可能な訳です。。。増してや過去なら尚更です。。江戸期以前の日本文化、、何かそこには洋の東西の文化の混乱を紐解く、、日本文化の素直な姿?、源流?、何かがある様に思えるのです。。。これも今の段階ではファンタジーですが、、。むしろ、この支倉常長が太平洋を航海で横断していた事の方が大きな驚きでした。。江戸末期の黒船でさえそのリスクを避けて太平洋横断では無く、寄港を繰り返しながら最終的には香港からやって来ていましたし、安土桃山当時の宣教師達もマカオ、インド、アフリカ経由で日本と往復していましたから、、。追記)以上の結論を出すまでには、安土桃山当時の「日葡辞書」を一度手にして読み込む必要がありそうです。
April 11, 2010
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「フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』」の支倉常長の項目に以下の文章がありました。「資料の中に名をfaxikuraとつづった部分があり、当時ハ行を唇音で発音していた証拠となっている。」最初はこの文章を読んで安土桃山時代の日本語の発音はそうだったのか、、と一瞬すばらしい発見だ、、と驚きました。が、、もし、現代日本語と同じ「ハ」の発音を既に安土桃山時代からされていたとしたら、、現代使われている日本語の「ハ行」の中の「は」「ハ」の子音は発音自体ヨーロッパ言語には存在しないものですし、ですので当然「ハ」の子音を表記する文字はアルファベットには存在していないのです。。ヨーロッパに渡った支倉常長の名字の「ハ」の音は、アルファベットでは"Ha"か"Fa"の表記が考えられます。しかし、ドイツ語圏でも英語圏でも無かった訳です。イタリア語もそうですがスペイン語の場合特に、現代でも"Ha"を用いれば「あせくら」になる訳で、その理由から"Fa"になるのは欧州側の言語の都合上当然の事でしょう。。スペイン語だと「ハ」に"Ja"を用いた可能性も考えられます。ということは、支倉ーfaxicura、という「ハ」を"Fa"としたローマでの表記は、全く現代でも同じ現象が考えられます。よって、安土桃山時代の日本語が「ハ」を"Fa"「ハ行を唇音で発音していた証拠」という断定はこの「支倉ーfaxicura」からは一切出来ません。「ハ」音だけを取り上げ、このように考えればむしろ、ヘボン式ローマ字に慣れ親しんだ現代の日本人からすれば、ローマのローマ字表記が物珍しい、、という現象と考えた方が理にかなっているとも考えられます。「支倉ーfaxicura? その2」へ続く、、、。
April 11, 2010
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「森のくまさん」という歌はおそらくみんな知っていると思われる。。アメリカ民謡だという事だが、アメリカ人がこの歌をどれほど知っているのかは、アメリカ人への聞き取り調査も行っていないし、アメリカ人ではないので良くわからない。。。。さて、少なくとも日本では以下の歌詞で有名である。。-----------------------------------------------------------------------------------------------------「森のくまさん」(作詞:馬場祥弘)ある日森の中 くまさんに 出会った花咲く森の道 くまさんに 出会ったくまさんの 言うことにゃ お嬢さん おにげなさいスタコラ サッササノサ スタコラ サッササノサところが くまさんが あとから ついてくるトコトコ トコトコと トコトコ トコトコとお嬢さん お待ちなさい ちょっと 落とし物白い貝がらの 小さな イヤリングあら くまさん ありがとう お礼に うたいましょうラララ ララララ ラララ ララララ-----------------------------------------------------------------------------------------------------先ずは聴いてみよう。見てみよう。「森のくまさん」しかし、この歌詞の意味をどれだけの人が真摯に考えた事があったであろうか?くまさん自らが「逃げろ」と、言い。。くまさんの言いなりに逃げる娘。。くまさんが落とし物を届けに追いかけて来たにもかかわらず、くまさんに向かって歌を歌い初めてしまう娘。どう考えても不条理でしかない。。これまで、一体どれだけの人がこの、不条理、矛盾と娘のバカさに気づきながら、無責任に、人任せにしてこの歌を放置し続けて来たのだろう?現代の日本社会の軽佻浮薄さはこの歌にしかけられた何者かのプロパガンダによるものだったかもしれないのだ、、。そう考えると音楽家として自責の念にかられてしまう。そう、、この「くま」とは、何者か?娘は一体どういう育ちをしているのか?それらの謎にあらゆるリスクを顧みずに果敢に挑み、そして、ついに解き明かした男(多分)が居た。これは快挙である。森のくまさんの謎(プロパガンダでは無かった事で「ほっ」としている。。)そして、何とその挑戦は、「やぎさんゆうびん」から始まり「おおブレネリ」へと至っていたのだ。そして、このHPの筆者は人生と生きる事についてもある境地に既に達している事がこのページからも良くわかる。。人生、人間、世の中、、まだまだ奥深い。。。。捨てたものでは無い、、。こういった人の偉業を目の当たりにし、、己の未熟さを思い知る今日この頃であった。。
April 6, 2010
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今日、一青窈さんのハナミズキのビデオを講座で生徒さん達と鑑賞。。バックは弦一徹のメンバーと武部聡志さんのピアノ。あれ、これってビートルズやん。。え~っと、ビートルズの曲って誰のアレンジだろう?ビートルズの四人のメンバーにそんなアレンジは出来ない様に思うし、、。サー・ジョージ・ヘンリー・マーティンという人のアレンジでした。一青窈さんには武部聡志さんというプロデューサーが居る様に、ビートルズには五人目のビートルズといわれる、プロデューサーのジョージ・マーティンさんが居ました。英国のプロデューサーから日本のプロデューサーへ、、。先日の日記の映画の話の様にオマージュは連鎖して行きますね。その内、作っている側も、それとは意識しないものになって行く。様式とはこういうものなのかもしれません。表に出る「歌姫」以上に技術と才能を持った裏方が必ず居ます。以前に夏川りみさんのコンサートを聴きに行ったときです。りみさんの歌は歌い手としての実力も高く、もちろんすごく素晴らしかったのです。が、、バックのギターには本当に参りました。吉川忠英さん。この人と一緒に歌いたい!こんな音楽をしたい!そう思ってしまいました。帰って手持ちの色んなCDを見ると、何度も繰り返し聴く程大好きなフォークルの「新結成記念 解散音楽會」にも吉川忠英さんの名前がありました。さて、明日は受難礼拝です。
April 1, 2010
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