January 29, 2004
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カテゴリ: そのほか
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先日5人の歌い手とワークショップの打ち合わせを行いました。
それを終えて、企画書的なものの叩き台の中から、
掲載しても良いかな、と思われるものを少し載せて行きます。
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●主旨(あくまでも叩き台です)

 明治の近代化以降、日本で音楽といえば西洋音楽を指し、公教育も含めオフィシャルな場合の音楽はクラシック音楽を指すようになりました。それに伴い専門家のみならず一般的な人々の間における歌の基本と考えられるテクニックも西洋音楽、中でもクラシック音楽が模範的、とされるようになりました。
 音楽の規範とされている感すらある西洋音楽の一つであるクラシック音楽。その音楽をどれだけの人が実際に他の音楽と比較しながら生で体験しその「普遍性」を確かめる機会を持っているでしょうか。それ以外の日本の音楽やアジアの音楽は本当に特殊な偏った音楽なのでしょうか。そのあたりをどれだけの人が多くの実体験出来ているのでしょうか。

 明治の人が初めて西洋のクラシックのソプラノ歌手の歌声を聴いたとき、日本の聴衆から笑いが起こったという記録は一体何を意味するのでしょうか。


 日本語で話し、読み、書くという中で暮らす私たちの毎日の環境。世界的にも希な音節文字であるカタカナ・ひらがな。建築、食事、衣服、、様々な文化や文明は変化しても、万葉の頃からの流れを汲む伝統の文字を使い続けています。そして、その言葉と声の中で生活しているという事実があります。その声の響き、抑揚やリズムで暮らしながら、一方では西洋言語で西洋音楽の歌を専門家以外の愛好家も歌っています。日本のオフィシャルな音楽、西洋音楽の名曲を歌っています。
 その日本の中で昔ながらの様々な日本の伝統の歌を歌う。日本以外のアジアの歌を歌う。オフィシャルではないクラシック音楽以外の西洋音楽を歌う。これらは一体それぞれどういう行為なのでしょうか。

 今回これらの疑問は大事にしながらも、それらの結論を性急に求めることはしないで置こうと考えています。5人の異なるジャンルの声を操る演者が作り出す声と歌、そしてその音楽のワークショップに一般の参加者も演者も加わっていただきます。回を追う毎に果たしていくつかの答えは見いだせるのだろうか、新たな発見はあるのだろうか、、という探求を目的とした企画です。

 5人の演者、参加者、それぞれの交流を通じて互いの間で何が起こるのか、互いに何が体験できるのか。何をどう感じられるのか。それぞれに異なる声・ことば・歌、そして音楽を通じての試みを六回シリーズで行います。また、会場も阪神間の街の中でそれぞれの声に相応しい機能と様式をそなえた空間を選ぶように心がけました。





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Last updated  March 13, 2006 01:10:35 AM
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