November 11, 2006
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カテゴリ: そのほか
今日はオフ。


ゆっくり起きて、テレビ見て、
それからフォーレのレクィエムのスコアを読み始める、、。
いくつかのCDを聴き、昔買ったLPを引っ張り出し、
アンセルメの演奏を聴く。
古い時代の演奏、合唱、オケ共にイントネーションに関してはおおらかだ。
映画「ミッション」に挿入されている南米現地人の合唱を思い出してしまった。
でも、自分が演奏にかかわっていなければ、これも味としてきっと楽しめるに違いない。


スゼーのいろんな歌がごっちゃになっていたのか、、。
昔、スゼーのレッスンを受けた事がある。
その姿や声、空気は忘れていないつもりだが、、どうなんだろう、、。
でも、今の僕は僕の心の中のスゼーの歌を追いかけてみよう、と決めた。

今の時代のラターの演奏、サマリーの演奏などはイントネーションは俄然美しく精緻だ。
特にサマリーの演奏は楽器のヴィブラート、フレージングなど細かな配慮が見えてきて頭が下がる、、。特に合唱団のマインドが一つになって聴こえるのは気のせいか、、?

LPのライナーノートに
『ベルリオーズ、ヴェルディのレクィエムに比べれば、
 フォーレのそれは自己主張が無く、ひっそりとたたずみ、
 自然な敬虔さで死者の安息を願う気持ちに誘う。』
 とあった。


ルネサンスの教会音楽に比べれば、
何と詩的で私的な情感に溢れている事か!

ルネサンスやバロックなら指揮した経験もまだ比較的あるが、
フォーレをこれだけの状態で指揮するのは初めてだ。

どういう表現をすれば良いのか?

ルネサンスの教会音楽にはこんなに「恐い」「悲しい」
が私的なまでに表現される事は無い。

バリトンソロを歌う時はさほど強く感じなかったが、
指揮する側に立ってみると、、、??
どうしても、嗚咽がきこえる、、。
どうしても、叫びがきこえる、、。
どうしても、恐れに打ち震える自分の姿が見える、、。

ルネサンスやバロックのような、司祭や聖書朗読、メッセンジャーの立場ではなく、
祈りを捧げる人の心の内側、にどうしても感じてしまう。

ロマンティック、、?

当日、どんな心の状態でいればいいの?模索中である、、。

フルオルガンと弦楽合奏が初めて一緒に音を出すのは本番当日のみである。
一体何が起こるのか当事者の誰にもまだ判っていない。

武者震い、、?

明日は枚方のいずみコーラスが合唱祭で歌う日。
とにかく歌う人聴く人に楽しんでもらえる事を考え、
明日はその事を楽しもう、、。





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Last updated  November 12, 2006 12:43:44 AM
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