June 13, 2007
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カテゴリ: そのほか
「タリス・スコラーズ」と「ラ・ヴェネシアーナ」

6月3日は川西で THE TALLIS SCHOLARS「タリス・スコラーズ」
6月11日には堂島のフェニックスホールで LA VENEXIANA「ラ・ヴェネシアーナ」
二つの声楽アンサンブルを聴いた。

ありきたりの事だが、生で聴くのとCDやDVDなどのメディアで聴くのとはまるで情報量が違う。メディアは確かに事実の記録ではあるが、ヴァーチャルでしかない。

さて、このふたつのグループを近い時期に比較して聴けてとてもおもしろかった。

まず、タリス・スコラーズはいつもバスが大きな音量で歌い全体を支える。
sopranoは真っ直ぐでいて柔らかな声。内声も透明で真っ直ぐ柔らかな声。
今回はバスをRobert Macdonald(大柄な男で、まるで"Highland laddie"ってこんな感じ?!)が歌っていた。彼はひと際大きな声であった。


バスやテナーはエモーションが高まり音量を増すとき、ヴィヴラートがかかる。
しかし、それは音楽を損ねる訳では無く、計算内でありディレクターの意図する所だと思う。




一方のラ・ヴェネシアーナはタリス・スコラーズの様にルネサンスでは無く
バロックのプログラムなので、ハープを一本、通奏低音につけている。
そして、タリス・スコラーズとのバランスは男女正反対。
ラ・ヴェネシアーナの男声はカウンターテナー、テナー、バス全て端正な声。
音量もあまり大きくは無い。
イタリア人のステレオイメージとはかけ離れていてとても丁寧にハーモニーを作っている。
二人のsopranoの女声もアンサンブルの力は確実なものを持っている、、、、
が、その一人Emanuel Galliは音楽が高まるとすっごいヴィヴラートがかかる。
タリス・スコラーズのsopranoとは全然違う。全くの別物。

「いつもヴィヴラートがかかる。」
のでは無く、表現の一手段として使っている。

Roberta Mameliは息の良く混ざった真っ直ぐな声、
だがスコラーズのsopranoよりも肉厚な感じ、
でもヴィヴラートはかなり少なく透明感や清涼感はある。

むちゃくちゃ色っぽい!!。
カークビーの歌うninfaともまるで違う!!
(でも、この艶のある歌い方、日本人に向いてないんじゃ?という思いもある。このまんま真似したらいやらしくなってしまうかも、、。)

男三人のコーラスが何か下男ぽくて良い。
ラ・ヴェネシアーナのお姫様方、、旋律はとにかく歌う!!
でも、ポリフォニーはきっちりと決めてくれる!!かっこいい!!
とにかくふたつのグループ、まるで違う。


バランスや音楽の組み立てに固定されたセオリーだけがあるのでは無く、
それぞれに方法があるという事を見せてもらった。
しかし、一方で多声音楽を歌うときにやらなければならない事も、
ふたつを聴き比べる事でよりはっきりと見える様に思った。

タリス・スコラーズやラ・ヴェネシアーナ、
どちらか一方のバランスや音楽の構築の方法を絶対視し
コピーだけを到達目標にする事はとても愚かな事なんだな、とも思える。

が、しかし、ヨーロッパの、ルネサンスの、バロックの、イングランドの、ヴェネチアの、、、等々、、、様式感を無視した音楽の表現などは決してあり得ないという事も改めて実感出来た。





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Last updated  June 13, 2007 06:55:17 PM
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