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数か月前の雨の日のことだった。 仕事を終え、社屋を出て帰路についていると、駐車場に4~5人ほど人が集まっていた。 車のボンネットを囲んでいる。 その車が課長の新田のものであること、本人も車を囲って立っているので、葵は首をかしげた。 新田は葵より先に社を出たはず。何かあったのかと思いつつ、駅に向かう道の途中でもあったので、新田に声をかけると、戸惑いの表情を浮かべつつ、事情を話してくれた。 猫が車の下にいるらしいという。 声に気付いた他の社員が気になってその場にとどまり、後で来た新田に猫の存在の可能性を伝えた。 姿は見ていないが、声が聞こえたのだそうだ。 新田が来てからは聞こえていないが、二人の社員が確かに猫の声を聞いていた。 それも子猫の声を。 車の下を覗きこんだが、姿はなく。 新田自身は声を聞いていないので、もうどこか他に行ったのではないかと話しているところへ葵が来た状況だった。 エンジン側にもぐりこんでいるかもと、ボンネットも開けてみたがいないようだという。 葵は少し気になって、新田の了承を得て数度、ボンネットを叩いてみた。 一度叩いて、少し間をおいて、再度叩いて。 二度目叩いた時に、か細いながら子猫の鳴き声が聞こえた。 その場にいた者、誰もが驚きつつ、再度、ボンネットを開けてみると、エンジンの上に薄汚れた子猫が一匹、体を小さくして震えていた。 先ほど見たときはいなかったという。 すきまに隠れていたのが上がってきたのだろうと判断しつつ、見つけたはいいが、どう見ても野良猫らしき子猫をどうしたものかと誰もが困った。 その場の誰も引き取れる状況でないのは明らかで。 とりあえず、葵は課長に頼んでなじみの動物病院に車で送ってもらった。 葵の実家では猫を二匹、飼っている。 扱いには慣れていたし、猫好きであった葵は、子猫をそのままにしておくことはどうしてもできなかった。 それがリクを拾った経緯だった。 保護した当初のリクは、その姿も健康状態もひどいものだった。 体はやせ細り、毛並みは泥と雨にまみれて固まり、ごわごわしていて。 目は目やにが大量に出て、左目は目ヤニが固まって上下の瞼が固まり、目を開けられない状態だった。 なじみの動物病院は、実家の猫がお世話になっている。 葵が着いたときには、運よく、来院者も動物もいなかった。 事情を説明して、子猫を洗ってもらい、健康状態を確認する。 幸い、栄養失調以外の症状はなく、目やにも大丈夫だろうが、一応目薬をもらうこととなった。
2017年01月09日
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◇◇ ◇◇「ただいま~」 定時に仕事を切り上げる。 それがここ数カ月の葵のライフスタイルだった。 残業を快く思わない、かと言って就業終了時刻キッチリに帰宅すると「ヒマなのか?」と見られる(→気をつけなければ、課の人員削減要因となるので、気配り必要)――なんとも面映ゆい環境だ。 葵もこれまで、就業終了時刻より、少しだけ余分に残っていたが(意味もなくでなく、きりのいいところまで済ませたり、翌日の準備をしたりなどしていた)、ここ数カ月は定時あがりを公言し、実行している。 仕事の分量は変わっていない。 今までかかっていた時間を短縮に心がけていると知ってもらうために――意図したわけではないが、結果的に、周囲を巻き込むこととなった。 自分の仕事を手際よくこなすことはもちろんのこと、上司の決裁が必要な時は、これまではデスクに置いて決裁を待ち、その間、他の仕事をこなしていたが、最近は上司の机の前で書類を提示し、決裁が下りるまで待つようになった。 もちろん、詳細を読み解いて決裁を判断する書類はこれまでどおりの手順だ。葵がざっと概要を説明して上司の決裁をもらうだけの書類は、葵自ら書類を提示し、上司の席前で決裁を待つようにした。 同僚に資料の提供を頼む場合も、これまで以上に事細かに必要な書類を伝えた。おおざっぱな概要を伝えて「この書類か」「いやそれでなく、翌年の書類じゃないのか」……などのやりとりを減らし、時間短縮を図った。 とにかく。 葵がせかせか動くことで結果、周囲も動く状況になっていたのだ。 そして葵が仕事終了後、すぐに帰宅する理由も課内で知られている。 しばらくは仕方ないとの認識もあった。 課長も理解を示してくれていた――というより、事の発端は課長の新田(にった)に由来する。
2017年01月09日
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「いまのとこ大丈夫だし……。 何とかなるかな~。 ――って……」「いまは大丈夫かもしれないけど。 いつまでもそうとは限らないじゃない。 たまたま周りが気づいてないだけで、いつバレるかわからないし。 猫ってやたら鳴く時期あるでしょ? そうなってから引き取り手探しても間に合わないわよ」 猫の恋の季節になると、頻繁に鳴き声を上げるとユリも知識で知っていた。 野良猫(おそらく)が普段聞いたこともない声で鳴く声を耳にしたこともある。 不快に感じるほど鳴き続けるのだから、葵の猫がそうなってからでは隠しようもないだろう。 ユリの懸念をよそに、葵は至って平然としていた。「ん~。でもうちのリクはあまり鳴かないから。 声、出そうとするんだけど、口だけ開いて声は出ずに空気が漏れるって感じなんだよね」「今はそうかもしれないけど、ずっとそうとは限らないじゃない」「大丈夫、大丈夫」 のんきに笑う葵に、ユリは口をつぐんで眉根を寄せた。 これ以上、苦言を呈しても馬の耳に念仏だと判断したのだ。 考えても自分だけがやきもきするので、ユリは葵の猫の件に関しては思考から追い出すことにした。 自分が心配しても、当の本人が無関心では手の打ちようもないのだから。 ため息を落とすユリに気付かないまま、葵は昼食の満足感をかみしめたまま午後の業務へと戻ったのだった。
2017年01月08日
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昼食を終え、二人は勤務先である「品村商事」へと足を向ける。 今回のように昼食を共にすることもあるが、基本、二人ともお弁当で互いの所属部署の休憩室で、同じ課の同僚と食べていた。「いや~~。とんこつメインのはずなのに、しょうゆベースもあれだけおいしいんだから。 やっぱすごいわ、みじま」 満足満足。と、上機嫌の葵。 その点にはユリも同意見なので相槌を打つにとどめたが、別件で気になっていたことがあったので「ねぇ」と切り出した。「引き取り手。まだ見つかってないの?」 幸福の笑みをたたえていた葵は、ユリの言葉にぴしりと表情を固めた。 顔は「幸福の笑み」なのだが、負の感情がそこはかとなく漏れ出ている。「ああ~~……。まぁ……ちょっとねぇ……」 返答も歯切れが悪く、「幸福の笑み」は「幸福感」が薄れ、愛想笑いの域に達していた。 葵との付き合いが長いユリは、彼女の反応を見て、すぐさま状況を察した。「もしかして……探してないの?」 びくりっ! ――と、大きく体を震わす葵に、ユリは自分のカンが当たったと確信した。 同時に、ちりりと胸の奥が焦げる苛立ちを感じた。 目の前の同僚は、気も合って性格も裏表なく、快活で気心の知れる友人なのだが……。 時折「ま。どうにかなるでしょ」的な無責任行為をしでかす。 はたから見ればどう見ても「いや、どうにもならないし」レベルなのに、どうにかなるとタカをくくって失敗し、上司から大目玉をくらうこと、両の手の指でも足りないくらいだ。 その彼女が、また状況を軽く考えすぎていることに、母親が幼い子の聞き分けのなさにいらだつと同レベルの、理不尽さ、かつ、論破は無理。との結論に達していた。 説得するのは無理。 だったら問答無用。「ダメなものはダメっ!!」 と、つっぱねるのみだ。「あん――った、何考えてるの。 ペット禁止でしょ? ばれたらどうするの!?」 ユリの言葉に、葵は「あ……あはは」とひきつった笑みを浮かべながら、こう答えた。
2017年01月05日
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◇◇ ◇◇「――ってふうに! 毎朝起こしてくれんのよ、うちのコはっ! もう~~~~っ! かわいいったらないわっ! そう思わない!?」 れんげ片手にバンバンバンとカウンター席を叩く山川葵に、同僚である久保 由梨(くぼ ゆり)は「別に」と平静に答える。 いささかテンションがおかしい葵の言動は、ともすれば気でもふれたかと思われてもしかたない域に達していたのだが、ユリにとってはよくある日常の一コマに過ぎなかった。 ゆえに動じることなく、おびえおののくことなく、平常通りに対応できる。 というより、平常仕様でじゅうぶんだ。 葵に同調すれば無駄な気力を使ってしまう。 まだ仕事中だ。今は午前の部を終え昼食休憩中だが、午後の部が残っている。 葵が呈示した「ラーメンみじま」のクーポン券(特典:待ち時間なし)につられて、念願の平日ランチ限定「みじま特性しょうゆラーメン」を食し、至福の時に酔いしれつつ。ユリは葵の対応もそつなくこなした。「猫より犬派だし。」「っ! 裏切り者~っ!」「ってか、知ってるでしょ」 ため息を落としつつ、ユリは「ほかの人に迷惑だから、食べるのに集中しなさい」と葵を促した。 当人は不服そうに口を曲げていたが、込み合う店内の状況も理解しているので、しぶしぶながら食を進め――。 渋面は口にしたひとすくいのスープ、ひとすすりの麺で恍惚とした表情に変化する。 箸を進める葵と同様、ユリも箸を進めた。(ラーメンが食べたかったんだか、わが猫自慢がしたかったのか……) 行列必死、食べるの困難(昼食休憩中)と巷でも話題のラーメン店。 葵もユリも、休み時間と地理的観点から、平日休みを取る以外、平日ランチ限定ラーメンは食べれないものと思っていた。 それを葵がどういうツテか、入手困難と言われているクーポンを二枚用意して、今日の昼食をさそったのだ。 葵とユリは共にラーメン好きというところから仲がよくなった。 今は所属部署は違うが、こうして食事をともにしたり外出もときどき共にする。 そうした付き合いの中から見えてきた彼女――葵の好み。 ラーメンと猫をこよなく愛す。 どちらの好みも知っているユリに、葵は時折、はじけたようにそれらに関して話てくる。(……どっちも、かな) 思いながらスープをすすり「ごちそうさま」と顔の前で両手をあわせるユリの隣で。 スープを飲み干した葵が「はぁ~~~~っ」と満足げな息をついたところだった。 ちなみにユリの器にはスープは残っていた。
2017年01月04日
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彼の朝は気まぐれに始まる。 目が覚めた時が一日の始まりであり、同時に空腹を感じた証しでもある。 目覚めてしばらくは、寝起きの霞がかった意識が鮮明さを持つまでぼんやりと状況に任せ時を過ごし。 次第にクリアになる意識をやがて自身のものと確立し。 はっきりと目覚めた眼と思考をもって周囲を見渡し、状況を把握する。 周囲はいまだ薄闇に包まれている。 時を知らせるデジタル式の目覚まし時計は5:23を示し、それを枕元に置く家主は、健やかな寝息をたてている。 山川 葵(やまかわ あおい)。二十二歳。独身女性。 睡眠を満喫する、すこぶる気持ちよさそうな寝顔だ。 いい夢を見ているのだろう。 口元も目元も緩やかな弧を描き、頬はほんわりと紅に染まっている。 「ふふ……」とわずかながら笑い声も漏らしていた。 幸福な夢なら、途中で目覚めるのはもったいない。 いい夢を見ているのなら、起こすのは忍びない。 常人なら自然と胸に湧き出る感情だったが、あいにく彼は普通の人ではなかった。 空腹。 生存にかかわる欲と、生存に何ら影響のない思考。 どちらに重きがあるか、思慮するまでもなかった。 彼は迷うことなく、彼女の顔に手を置いた。 声をかけつつ、起きるよう、てしてしと何度か手を置く。「う……ん……」 幸せそうな寝顔から一転、山川 葵は眉をひそめ、寝がえりをうった。 自分に背を向ける家主に、彼はあきらめることなく、寝がえりをうったさきに回り込んで、今度は顔もとに体を滑り込ませた。 彼女の顔のそばで、目を覚ますよう声をかけ続ける。 閉じた瞼に力を込めてギュッと目をつぶったり、「ん~~~~……」と声を上げたりと、反応はある。 もうひと押し。 これまでの経験から彼は彼女の鼻先をなめたり、自身の体を顔に寄り添わせたりして、目覚めを促しつづけた。 そのかいあってか、やがて家主は閉じた瞼をゆっくりと開けて、とろんとした眼差しで彼を見る。 寝ぼけ眼の意識の中、彼を認識すると、ふにゃりと情けない笑みを浮かべた。「……おはよう。……リク……」 ピピ、ピピ、ピピ……。 くしくも目覚まし時計の電子音が鳴り始めたのは、家主が目覚めたすぐあとのことだった。
2017年01月03日
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