水晶の舟のアルバムの在庫が切れると、生悦住さんは時折私達の喫茶店にやって来た。
いつもヘッドホン姿で「やあ」と言って。
生悦住さんはブラジル珈琲が大好きだった。
私がモダーンミュージックに行くようになったのは、水晶の舟を始めてからだった。
「ぴらこの歌はあと10年だな」と言われた事を今でもはっきり覚えている。
そんな事を言われても、その頃の私はそれがすべてなのだからどうする訳にもいかない。
「あと10年ってどういうことですか?」と聞くと、「枯れたら良さが出てくる」と。
「??」会話が続かない、、そんなへんてこな会話の繰り返しだったような気がする。
生悦住さんがお酒を飲むようになってからは、ぐんと話しやすくなった事を覚えている。それでも私は大抵は聞き役であったが。
水晶の舟のライブはよく観に来てくれた。
ショーボートのライブのサウンドチェックにも度々駆けつけてくれた。
ある時「水晶の舟は普通のロックじゃないから」とPAさんを怒鳴りつけた時は冷や汗ものだった。
なぜなら私はそのPAさんの音響を気に入っていたからだ。
私は板ばさみになって非常に困ってしまった。
そんな事もあり、ライブの時はいろんな意味でいつもどきどきしていた。
心で真剣に音楽を聴く生悦住さんの姿勢は頑然たるものがありました。
そうやってお付き合いしていくうちに、アンダーグラウンドの精神とは何ぞやと考えさせられたし、育てて頂いたような思いがしてならない。
何よりも私自身、生悦住さんがいつも熱心に水晶の舟を聴いてくれたことが心から嬉しかった。
水晶の舟の良き理解者でもありました。
生悦住さん、本当にありがとうございました。
紅ぴらこ