毎日の生活で感じたこと

毎日の生活で感じたこと

2018.12.07
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カテゴリ: 旅行
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​今日は、西南学院公開講座で聴いたお話を紹介します。

​​​世界はおもったよりもず~っと広い、とっておきのオトナの旅教室​​​
        (株)スカイスターツアーズ 代表取締役 高井英子氏

​​ 「第二回 世界を通じて見た日本編」 ​​

話しを始める前に、近くにいる人との共通点を探し、書き出してみましょう。
この問題、子供はどんどん書いていきます。

​子供は見たものすべてを答えます。​
「髪の毛がある」「骨がある」「歯がある」・・・

​オトナはついつい頭で考えます。​
「旅行が好き」「好奇心がある」「新しいことを知りたい」・・・

​知らず知らずに、素直に物事を見ることを忘れていることに気がつきました。​




世界各地で、個人・企業・日本政府が支援を行っていることを知ります。
また現地の方が、日本人だと知ると、その場所に案内してくれます。

スライドの写真は、ギルバート諸島のキリバス。
島を結ぶ幹線道路が、日本の支援により完成しました。
そのためこの道路は、「ニッポン・コースウェイ」と呼ばれています。
国会議事堂も。日本が建設しました。

​アフリカ・ザンビア共和国でも、日本が道路建設を支援。​

アフリカ・ソマリランド共和国では、10月15日は「手洗いの日」
2011年から手洗いレッスンを日本が支援。
また、街中で走る車の99%は日本の中古車でした。

​モルディブでは、日本がソーラー発電の技術協力を支援。​


​世界で最初に沈むと言われている太平洋のツバルでは、漁港整備を日本が支援。​

その理由は、海水が栄養豊富で世界一おいしいからだそうです。

2015年に呼称を変更したジョージア(旧グルジア)
ここは柔道人口がとても多く、柔道試合が描かれた切手を見かけました。

アフリカアンゴラ共和国では、砂浜で柔道の練習をする風景を見かけました

前回お話した、 ​バリ島の助産院へは、日本企業も支援を行っています。​
グリーンスクールに参加した日本の子供たちも、寄付を行ってました。

​ナウル共和国で、よく見かける貯水タンク。
日本の支援によってつくられたもので、ソーラーパネルがついてます。​

雨水をため、ソーラー発電で浄水するシステムです。

前回お話した、 戦時中激戦地になったソロモン諸島。
戦後日本はさまざまな支援を行っています。
現在日本兵の遺骨収集を今も行っているのは、現地のソロモン人たち。
当時日本人をにくいと思っていたが、今は支援をありがたいと感じているそうです。


ここで体操&質問コーナー
首や肩まわりを回し、体をほぐします。

生のワニ肉や泥で煮た料理の話に、ビックリ!
エチオピアで食べた「酸っぱいクレープ」は、生乾きの雑巾の味だったとか・・・

キリバスへは、いったんブリンスベンまで行き、そこから飛行機で行けます。



6700の群島・住人65人のフィンランド領オーランド諸島。
​第一次大戦後にロシアから独立したフィンランドとスウェーデン間で、帰属紛争が勃発しました。​
この問題を解決したのは、なんと日本人!
​2004年まで5千円札の肖像画だった、 新渡戸稲造(にとべいなぞう) です。​

当時国連事務次官だった新渡戸稲造は、「新渡戸裁定」を提案。
この提案を両国と常任理事国が受け入れたのです。

『オーランド諸島は、フィンランドが統治。
  言葉や文化はスウェーデン式のままで。
   そしてフィンランドの軍隊は置かず、非武装地帯とし、自治権はオーランドに。』

「武士道の究極の理想は平和である」 と名言を残した、新渡戸稲造らしいですね。

この解決法を参考にしようと、各国から領土問題で悩む国々が訪問してます。
新渡戸稲造氏は、現地で買った絵葉書にも載ってました。



オークランドでぜひ見ていただきたいのは、 ​ ​4本マストで完全体のポマーン号。​​

現在博物館になっていて、船内を見学できます。



​スーパーで、お侍さんの絵が描かれた「わさび」を見かけました。​



​ ​有名女性チョコレートパティシエの、「メルセデス・ショコラティエ」​​
私が日本人だとわかると、メルセデスさんから「お願いがあります」
以前取材に来た日本人女性に、自分の作ったチョコを渡してほしいとのこと。
なんとその方は、私が情報収集のために読んでいたブロガーでした。
帰国後フェイスブックで探し、無事渡すことができました。
※メルセデスさんは、バレンタインシーズンによく来日されます。


そしてぜひ皆さんに知ってもらいたいお話があります。
​​南アフリカ・ギニア共和国で日本人測量士が「地図をゼロから作ったこと」​​

1958年にフランスに対し、一方的に独立宣言したギニア共和国。
反発したフランスは公共施設を破壊・・・
​重要資料や、国造りの要「国土基本図(地図)」までも持ち去りました。​

​地図がなければ、道路・鉄道・農地開発など、インフラ整備ができません。​
そのためギニア共和国は、世界最貧国に転落したのです。

1977年日本政府は、ODAとして異例の10億円を提供。
ギニア国土基本図作成のため、腕利きの測量士を派遣しました。

気温40℃超、かげろうで正確な測量が困難な自然環境・・・
刺されると中枢神経がやられる吸血バエが、昼夜かまわず襲ってくるの恐怖・・・
悪魔が澄むと恐れられ、現地の人も足を踏み入れない場所での測量・・・
外国人を警戒する地元少数民族による宿舎への放火やデマ・・・

しかし彼らは、少しずつその問題を克服していきます。
​現地に溶け込もうと宿舎を解放し、地図のより何ができるかを子供たちに伝えます。​
​そして、5年以上かけて地図を完成。​
この様子は、ユーチューブで見ることができます。(下のリンクをクリック)
​ 地図のない国 周年の測量1500日 ​


今まで、こんな言葉を耳にしました。

カメルーン在住27年、現地で結婚しタイル日本人男性。
​「家族を殺す、子供を殺すなんてありえない。日本のほうが怖い」​

モザンビークで14人家族(子供10人)と暮らす、日本人。
「年老いて日本で誰み見てくれる人がいなかったら、モザにおいで。
               ナジャの家族が介護してくれるよ!」

インド人の友人
「日本になぜこんなに老人施設が多いか、理解できない。
            驚きだ。みんな不思議に思っている」

欧露、中東、アフリカに詳しい元毎日新聞特派員で
   京都大学アフリカ地域研究センター准教授白戸氏によると
「この世にいじめがない国や地域があるとは思えないが、
  アフリカではいじめによる自殺はきいたことがない。
   アフリカの人々の暮らしを鏡として、日本全体のあり方を見直すことが多い」


アフリカの人たちに、こんな質問をしてみました。
「日本では、いじめによる子供の自殺が多発してますが、アフリカではどうですか?」

質問を聞いたすべての人が、まず驚きの表情をし、こういいます。
​​「なぜ、そんな悲惨なことが日本で起こるの?​」​

​ ​
「僕は学校は勉強する授業の場と、割り切ってました。
    どうしても嫌なら、行かなければいいだけのこと。
      家に帰れば、親戚の子や違う学校に通う子と遊べるから。
コンゴでは、家庭の事情で進級が遅れるのは普通のこと。
       だから6年生でも、年齢は12~14歳と違うんだ。
          その中で年上の子が、年下の子を叱ったりする
​               ​日本人は、逃げ場がないのかな。​ 」​


​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​
盛りだくさんのお話で、「え?もう終わり?と感じるほど、あっという間でした。
今回考えさせられる話もあるだけに、「堅苦しくならないように・・・」
そんな先生の気使いも感じられました。

次回は、「本当に日本人が知らない珍国編」・・・今からワクワクです。





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最終更新日  2018.12.07 20:04:54
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